加圧式定量吸入器(pMDI)とは?噴射剤を替えると何をやり直すのか

吸入薬の缶の中身の大半は、薬ではなく噴射剤です。その噴射剤を替えると、製剤をほぼ作り直さなければなりません。なぜでしょうか。
加圧式定量吸入器(pMDI:pressurized Metered Dose Inhaler)は、液化した噴射剤に薬を溶かすか浮かせておき、バルブを押すたびに決まった量を霧にして吸わせる器具です。喘息やCOPDの治療で長く使われてきました。噴射剤は、薬の溶媒であり、霧を作る動力であり、粒の大きさを決める要素でもあります。三つの役を一つの物質が兼ねているので、一つだけを変えることができません。
そのpMDIで、いま噴射剤の切り替えが実際に動いています。従来のHFA-134aは二酸化炭素の千倍を超える温室効果を持つため、より温室効果の小さい噴射剤への置き換えが進み、英国ではすでに承認された製品が出ています。品質、薬事、購買のどこにとっても、切り替えは他人事ではありません。
噴射剤が兼ねる三つの役 ― 溶媒・動力・粒子径
缶の中で、噴射剤は液体です。バルブを押すと圧力が下がり、一瞬で気化して、薬を外へ運び出します。
溶媒としては、薬が噴射剤に溶けるかどうかで製剤の形が決まります。溶ければ溶液型、溶けなければ懸濁型です。動力としては、気化するときの膨張が霧を作る力で、蒸気圧が高いほど勢いよく出ます。粒の大きさについては、飛び出した液滴から噴射剤が蒸発して薬の粒が残るので、蒸発の速さが最終の粒の大きさを左右します。
| 懸濁型 | 溶液型 | |
|---|---|---|
| 薬の状態 | 微粉砕した粒が噴射剤に浮く | 噴射剤(と補助溶媒)に溶けている |
| 粒の大きさを決めるもの | 粉砕の段階 | 噴射剤が蒸発する速さと、溶け込んだ不揮発分の量 |
| 使う前に振る | 要る | 要らない |
| 気をつける点 | 沈降、凝集、粒の成長、バルブの詰まり | 薬の溶解度と化学的な安定性 |
懸濁型では、粒が時間とともに大きくなるオストワルド熟成が安定性の論点です。溶液型では、エタノールなどの補助溶媒を加えることが多くなります。どちらを選ぶかは、薬の性質と狙う粒の大きさで決まります。
噴射剤は、溶かす、飛ばす、粒を作る、の三つを同時に担うので、処方の自由度がほかの剤形より小さい剤形です。
肺に届く粒の大きさ ― 評価は「どこに届いたか」
吸入器の性能は、出た量ではなく、どこに届いたかで評価します。目安として、5µmより大きい粒は口や喉に落ち、1〜5µm程度の粒が気道から肺の深部に届き、0.5µm以下の粒は吐く息とともに出ていきます。
評価には、粒を大きさ別に段ごとに集めるカスケードインパクターという装置を使い、空気力学的な粒子径の分布と、肺に届く大きさの粒の量(微粒子量、FPD)を求めます。同じ薬でも分布が違えば効き方が変わるため、噴射剤や容器を変えたときは生物学的同等性が問われます。
噴射剤で粒の行き先が変わる例があります。溶液型の製剤を使った2025年の試験管内の比較では、HFA-152aの製剤は、吸入器の口に当てる部品(アクチュエーター)と喉の模型に付く薬が増えました。HFO-1234zeの製剤は、HFA-134aとほぼ同じ粒子径の分布を示しています。試験管内の結果で患者での効果を直接示すものではありませんが、噴射剤の違いが粒の行き先に出ることはわかります。
缶とバルブも製品の一部
pMDIでは、缶とバルブが製剤の性能を直接決めます。定量バルブは1回あたりの量を決め、摺動部(こすれ合う部分)の材質と寸法が、噴射量の再現性に効きます。薬が缶の壁に吸着すると含量が下がるので、アルミの内面をコーティングすることがあります。ガスケット(ゴムの封じ部品)は、噴射剤を吸って膨らんだり、成分が溶け出したりするため、抽出物・浸出物の評価の対象です。噴射剤が抜ければ圧力も残量も変わるので、容器の完全性も欠かせません。
処方だけを決めても製品にはならず、容器、バルブ、処方の組み合わせで性能が定義される剤形です。
噴射剤の切り替え ― 進み方と、やり直す範囲
噴射剤は、これまでにも一度替わっています。フロン(CFC)はオゾン層保護のために使えなくなり、HFA(HFA-134a、HFA-227ea)へ移りました。そのHFAが温室効果の大きいガスとして問題になり、次に使われ始めているのがHFA-152aとHFO-1234zeです。HFA-134aの温室効果が二酸化炭素の千倍を超えるのに対し、HFA-152aはその約10分の1、HFO-1234zeはほぼゼロの水準です。
進み方は製品ごとに違います。英国のMHRAは、AstraZenecaのCOPD用吸入器Trixeo Aerosphere(米国などではBreztri)について、噴射剤をHFA-134aからHFO-1234zeに替えた版を承認し、世界初の低炭素版として発表しました。現行版と同じように安全で有効だと説明しており、発表の時点では、英国での供給は2025年下半期からとされていました。
GSKは、サルブタモールの吸入器(Ventolin)をHFA-152aに替えた版で、現行版との治療的な同等性と、同程度の安全性を示す第III相試験の結果を公表し、その後、欧州で規制当局への申請を出しています。Chiesiは、Fostair と Trimbow のHFA-152a版について欧州で申請を進めていて、当局の審査が始まっています(詳細)。欧州医薬品庁(EMA)は、低温室効果の噴射剤に替えるときに必要なデータについて、Q&Aの形で見解を公表しています。
「ガスの差し替え」に見えますが、やり直す範囲は広く、薬が溶けるか浮くかの見直しから始まります。蒸気圧が違うため、噴射の速さと粒子径の分布を取り直します。缶、バルブ、ゴム部品の適合性と溶出物を評価し直し、安定性試験もやり直します。規制上は大きな変更として扱われ、同等性を示すことが前提です(変更管理、ICH Q12)。さらに、HFA-152aには可燃性があります。従来の噴射剤になかった性質なので、充填設備の防爆対応が要り、製造ラインそのものを変えなければなりません。切り替えに時間がかかるのは、このためです。
環境の面だけを見れば、噴射剤を使わないドライパウダー吸入器(DPI)に移る手もあります。ただ、DPIは患者が息を吸う力で粉を飛ばす器具で、吸気の流速が足りない患者には届きません。ネブライザーは携帯できません。患者によって使える剤形が違うので、pMDIをなくすことはできず、噴射剤の置き換えが現実的な選択肢として進んでいます。剤形の選択は、製造の都合だけでは決まらないという例です。
噴射剤の切り替えは、ガスの変更ではなく、製剤、容器、設備、申請をまとめて動かす案件です。
明日から確かめられること
自社の製品や、取引先の吸入剤について、次の点を確かめてください。
- 使っている噴射剤は何か。切り替えの計画と時期があるか
- 懸濁型か溶液型か。噴射剤が変わると薬の溶け方が変わりうるので、型ごとに取り直す試験を確かめる
- 切り替えるとき、粒子径の分布(微粒子量)、安定性、缶・バルブ・ゴム部品の溶出物、充填設備の可燃性対応を、誰がいつやるか
- 申請の区分と、同等性の示し方が、当局の資料(EMAのQ&Aなど)と突き合わせてあるか
- 缶、バルブ、噴射剤の調達先が変わるとき、供給に空白が出ないか
参考文献
- MHRA, MHRA approves world's first low carbon version of COPD inhaler Trixeo Aerosphere
- EMA, Questions and answers on data requirements when transitioning to low global warming potential (LGWP) propellants in oral pressurised metered dose inhalers
- In-vitro Evaluation of Solution Pressurised Metered Dose Inhaler Sprays with Low-GWP Propellants(2025)
- The Fly (TipRanks), GSK announces Phase III data from program to develop Ventolin
- GSK, GSK files regulatory submission in the EU for a next generation lower carbon version of Ventolin metered dose inhaler
- Manufacturing Chemist, Chiesi low carbon inhaler transition: European Fostair and Trimbow
- FDA, Metered Dose Inhaler (MDI) and Dry Powder Inhaler (DPI) Drug Products: Quality Considerations(2018年4月、ドラフトガイダンス)
- ICH Q8医薬品開発とQbDの考え方を示すICHガイドライン。重要品質特性(CQA)を定義している。詳しく →(R2), Pharmaceutical Development
- USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく → General Chapter 〈601〉 Inhalation and Nasal Drug Products: Aerosols, Sprays, and Powders: Performance Quality Tests(本文は有償の USP-NF に収載)
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