プレフィルドシリンジ由来の凝集:タングステン残渣とシリコーンオイルが誘発するサブビジブル粒子
プレフィルドシリンジ(PFS)は、投与の手間を減らし、投与量の取り違えを起こしにくくする一次容器です。一方で、バイアルにはない固有のリスクをタンパク質製剤に持ち込みます。代表的なのが、容器そのものに由来する凝集とサブビジブル粒子の発生です。
原因は大きく二つに分かれます。ガラスバレルを成形する工程で残るタングステン残渣と、プランジャーを滑らかに動かすために塗布するシリコーンオイルです。どちらも製剤の直接の成分ではありませんが、抗体などのタンパク質と接すると凝集の起点になり得ます。

本稿では、この二つの機序を整理し、低タングステン品や架橋シリコーンといった容器側の対策、そして抽出物・浸出物(E&L)評価と粒子評価をどう組み立てるかを見ていきます。粒子は最終的に注射液の品質規格に直結するため、開発の早い段階で容器と製剤を一体で見ておく価値があります。
タングステン残渣が凝集を誘発する仕組み
ガラス製シリンジのバレルは、先端に針を通す流路(ニードルホール)を高温でタングステン製のピンを使って成形します。このとき、高温下でピンとガラスが接触することでピンが摩耗し、タングステン残渣や酸化タングステンがガラス表面に残ることがあります。
問題になるのは、この残渣が溶液中で可溶性のタングステン種、とくにポリオキソタングステン酸(タングステン酸のポリアニオン)を生じる点です。これが負電荷を帯びたクラスターとしてタンパク質と相互作用し、部分的なアンフォールディングや架橋を促して凝集を誘発します。実際に、エポエチンアルファの臨床用ロットで観察された高い凝集レベルの根本原因が、可溶性タングステンにあったと報告されています。
この相互作用は溶液のpHに依存し、報告例では pH 4程度の弱酸性で顕著に見られています。ポリオキソタングステン酸の形成が酸性側で進みやすいことと整合します。 タングステン誘発凝集は残渣量とpHの両方に依存する条件依存の現象 です。
タングステン残渣は「量」だけでなく「溶液条件」で効き方が変わります。同じ容器でも、製剤のpHや緩衝系によって凝集リスクは大きく異なり得ます。
シリコーンオイルとサブビジブル粒子
もう一つの主因がシリコーンオイルです。ガラスバレルの内壁には、プランジャーを一定の力で滑らかに動かすためにシリコーンオイル(ジメチコン系)が塗布されます。これは可動性を確保するうえで欠かせませんが、保存中や輸送中にオイルが製剤側へ移行(マイグレーション)します。
移行したシリコーンオイルは、微小な油滴として溶液中に分散します。この油滴は疎水性の界面を提供し、タンパク質が界面に吸着して構造をほどき、凝集する足場になります。撹拌や振動が加わると、内壁からシリコーンが剥離してサブミクロン〜数マイクロメートルの粒子が生じることも報告されています。輸送時の落下衝撃(ドロップショック)でシリコーン油滴とタンパク質由来の粒子が増える挙動も観察されています。
ここで生じる粒子はサブビジブル粒子、すなわち肉眼では見えない大きさの粒子として計測されます。シリコーン由来の油滴とタンパク質凝集体は屈折率や形状が異なるため、測定法によって見え方が変わる点も実務では重要です。 シリコーン由来の粒子は界面現象であり、界面活性剤や機械的ストレスの影響を強く受けます 。
なお、ポリソルベートなどの非イオン界面活性剤はタンパク質を界面から守る一方、シリコーン油滴の分散挙動そのものにも関わります。処方の界面活性剤設計は、シリコーン由来粒子の発生と表裏の関係にあります。
容器側の対策:低タングステンと架橋シリコーン
リスクを製剤の処方だけで抑えるのは難しいため、容器側の選択が重要になります。二つの主因それぞれに対策があります。
- 低タングステン品:タングステン残渣を減らした「低タングステン」シリンジが各サプライヤーから供給されています。一般に、タングステン含量が500 ppb未満のものを低タングステン品と呼ぶ整理が用いられます。成形工程の見直しにより、残渣そのものを抑える考え方です。
- タングステンフリー成形:ピン材質の変更などにより、タングステンを使わない成形方式も提案されています。残渣を根本から避ける方向です。
- 架橋シリコーン・ベイクドオン:シリコーンを内壁に焼き付け(ベイクドオン)たり架橋させたりして、移行しにくい潤滑層を作る技術です。移行量と剥離を抑えつつ、必要な滑走性を保つことが狙いです。報告では、適切なベイクドオン量に管理することで、機能性を損なわずにシリコーン移行を抑えられるとされています。
- シリコーンオイルフリー:ポリマー製シリンジなど、シリコーンオイルに頼らない容器も選択肢に挙がります。
どの対策にも一長一短があります。低タングステン品でも残渣がゼロになるわけではなく、架橋シリコーンでも滑走性と移行抑制のバランス調整が要ります。 単一の対策で万能な容器はなく、製剤ごとに容器と処方を組み合わせて評価する必要があります 。
| 主因 | 主な機序 | 容器側の対策 |
|---|---|---|
| タングステン残渣 | 可溶性タングステン酸によるタンパク質凝集 | 低タングステン品/タングステンフリー成形 |
| シリコーンオイル | 油滴界面への吸着・剥離による粒子形成 | 架橋・ベイクドオン/シリコーンフリー容器 |
E&L評価と粒子評価をどう組むか
容器由来のリスクは、抽出物・浸出物(E&L)評価と粒子評価の二本立てで確認します。目的が違うため、両方を組み合わせて初めて全体像が見えます。
E&Lは、容器から溶出し得る化学種を評価する枠組みです。過酷条件で溶出し得る成分を洗い出す抽出物試験(USP <1663>)と、通常の保存・使用条件で実際に製剤へ移行する浸出物試験(USP <1664>)で構成されます。タングステンやシリコーン関連成分、エラストマー由来成分などが対象になります。生物製剤ではポリソルベートなどの界面活性剤が共存し、微量成分の検出を難しくする点にも注意が要ります。
粒子評価は、凝集体とサブビジブル粒子を数える枠組みです。注射剤の不溶性微粒子は光遮蔽法などで規定され(USP <788>)、小容量注射剤では10 µm以上が容器あたり6000個以下、25 µm以上が600個以下といった限度が用いられます。タンパク質製剤にはより特化した章(USP <787>)があり、光遮蔽法の限界を踏まえて、フローイメージング法や顕微鏡法の併用が促されています。シリコーン油滴とタンパク質凝集体を見分けるうえで、複数手法の併用は実務上の勘どころになります。
これらは投与しやすさとも関わります。シリコーンは滑走性を担うため、移行を抑えつつ機能性を保つ設計はプレフィルドシリンジの注射しやすさ(injectability)の議論と地続きです。また、ここで数える粒子の意味と評価法の全体像は、サブビジブル粒子の観点から押さえておくと理解が深まります。
E&Lは「何が溶け出すか」、粒子評価は「どんな粒子がどれだけ出るか」を見ます。容器選定は、この二つを製剤の処方・保存条件と合わせて早期に回すのが近道です。
まとめ
プレフィルドシリンジ由来の凝集は、ガラス成形時のタングステン残渣と、潤滑用シリコーンオイルという二つの主因に整理できます。タングステンは可溶性のタングステン酸としてタンパク質と相互作用し、pHや残渣量に依存して凝集を誘発します。シリコーンオイルは油滴界面や剥離を通じてサブビジブル粒子を生みます。
対策は容器側にも処方側にもあり、低タングステン品やタングステンフリー成形、架橋・ベイクドオンシリコーンやシリコーンフリー容器などが選択肢になります。ただし万能の一手はなく、製剤ごとに容器と処方を組み合わせ、E&Lと粒子評価で確かめていく地道な作業になります。開発の早い段階から容器を評価対象に含めておくことが、後工程での品質問題を減らす一番の近道です。
参考文献
- USP, <787> Subvisible Particulate Matter in Therapeutic Protein Injections
- USP, <788> Particulate Matter in Injections
- USP, <1663> Assessment of Extractables Associated with Pharmaceutical Packaging/Delivery Systems
- USP, <1664> Assessment of Drug Product Leachables Associated with Pharmaceutical Packaging/Delivery Systems
- FDA, Guidance for Industry: Container Closure Systems for Packaging Human Drugs and Biologics
- EMA, Guideline on the requirements for quality documentation concerning biological investigational medicinal products