組換え酵素の微生物生産とは?比活性だけで選べない理由

比活性タンパク質の量あたりの生物活性の強さです(活性の単位をタンパク質の質量で割った値)。同じ量でどれだけ働くかを表し、精製の進み具合や製品の品質の指標に使います。詳しく →が同じ数字の酵素が2本あれば、同じように使えるでしょうか。実際には、使えないことがあります。比活性は「タンパク質1 mgあたりの働き」を表す数字ですが、その働きをどんな条件で測ったかは製品ごとに違います。しかも、望んだ働きの隣に混ざった「望まない働き」は、この数字のどこにも出てきません。
酵素は、分子があること自体ではなく、触媒としての働きを買う製品です。行き先も広く、治療薬にも、医薬品製造の原材料にも、研究用の試薬にもなります。同じ大腸菌や酵母で作った酵素でも、行き先が変われば、合格の意味が変わります。
どの宿主で作るかは大腸菌・酵母・糸状菌の選び方にまとめてあります。ここでは、作ったあとに残る問い、つまり酵素という製品では何をもって合格とするのかを扱います。
- 酵素は量ではなく働きを買う製品で、治療薬・製造の原材料・研究用のどれかによって、規格の中心が違います。
- 比活性に表れないのは、混ざった別の働き(夾雑活性)と、ユニットという単位の定義です。
- 製造に加える酵素は、買うときは活性で数え、出荷するときは残っていないことまで示す対象です。
行き先で変わる合格の意味 ― 治療薬・製造の原材料・研究用
酵素は、基質を特定の反応へ導く働きそのものが製品です。抗体医薬が「分子が入っていること」に価値があるのと、ここが違います。
治療薬になる酵素は、体に足りない働きを補います。糖鎖が要らない形の酵素なら、微生物で作れます。硝子体黄斑接着の治療薬として承認されたオクリプラスミンは、ヒトのプラスミンの断片を酵母(Pichia pastorisメタノールを炭素源にできる酵母。強力なAOX1誘導と分泌生産に向き、高密度培養で組換えタンパク質を作る。詳しく →)で作ったものです。痛風の治療薬ペグロティカーゼは、大腸菌で作った尿酸分解酵素にPEG(ポリエチレングリコール)を結合させています。
製造の原材料になる酵素は、最終製品には入りません。ウイルスベクター治療用の遺伝子を細胞へ運ぶために改変したウイルス。AAVやレンチウイルスが代表で、遺伝子・細胞治療に使う。詳しく →の製造で宿主の核酸を分解するヌクレアーゼ核酸を分解する酵素です。製造では培養由来の残存DNA/RNAを分解・除去して製品の純度を高める目的で使い、ベンゾナーゼが代表例です。詳しく →や、mRNAの鋳型になるプラスミド大腸菌の中で複製・増幅させる環状DNA。核酸医薬やベクター製造の伝統的な出発材料。詳しく →を線状に切る制限酵素DNAの特定の塩基配列を認識して切る酵素です。クローニングやベクター作製でDNAを狙った位置で切るために使います。詳しく →が代表です。研究用や工業用の酵素は、制限酵素やポリメラーゼのように反応そのものが使い道で、洗剤や食品の加工に使う酵素もあります。
同じ酵素でも、治療薬なら「効くこと」、原材料なら「余計なことをせず、残らないこと」、研究用なら「条件が読めること」が、合格の中心です。
比活性に表れないこと ― 混ざった別の働きとユニットの定義
比活性は、働きの強さを測る数字です。強さは測れても、働きの純度とものさしは測れません。
一つ目は夾雑活性です。大腸菌には、もともとヌクレアーゼ(核酸を切る酵素)、プロテアーゼ(タンパク質を切る酵素)、ホスファターゼ(リン酸を外す酵素)があります。目的の酵素にこれらが微量でも混ざると、電気泳動でバンドが1本に見える純度でも、反応の中で鋳型や産物が削られます。見えないほどの量でも働くことは、タンパク質調製の品質管理原料・資材・中間体・製品を規格に照らして試験し、使ってよいか、出荷してよいかの合否を決める仕事です。GMPでは製造部門から独立させます。詳しく →の一般論として指摘されています。DNAポリメラーゼやリガーゼにヌクレアーゼが混ざれば、増やしたいDNAを自分で壊します。
だから核酸用の酵素では、総タンパクの純度とは別に、別の働きが無いことを調べる試験が規格に並びます。方法は、わざと厳しい条件で探すことです。制限酵素の純度試験の例として、NEBの検定では、酵素を10倍量などの過剰量で働かせて切ったDNA断片の95%超が、つなぎ直せることを確かめます。末端が削られていれば、つなぎ直せないからです。
回収の工程でも、酵素は傷みます。菌体を破砕した瞬間に宿主のプロテアーゼタンパク質を分解する酵素。破砕で放出され目的物を分解するため低温や阻害剤で抑える。詳しく →が一斉に出て、目的の酵素をゆっくり切ります。温度やpH、強い撹拌も立体構造を壊して働きを落とすので、低温で手早く処理し、破砕から捕捉までの時間を詰めます。精製の組み立ては微生物由来タンパク質の精製に、宿主由来タンパク質の扱いはHCPの管理にあります。
二つ目はユニットです。酵素の量は、質量ではなく「ユニット」という活性の単位で売られます。このユニットは、メーカーと酵素ごとの約束事です。NEBの制限酵素の多くは、1ユニットを「λファージDNA 1 µgを37℃・1時間・反応液50 µLで完全に切る量」と決めています。ポリメラーゼなら取り込んだ塩基の量、ヌクレアーゼなら分解したDNAの量というように、測る反応そのものが酵素ごとに違います。
しかも条件込みの数字です。NEBのPpuMIは、推奨の緩衝液溶液のpHを一定範囲に保つために使用される弱酸と共役塩基の混合溶液。詳しく →(rCutSmart)では100%の活性が出ますが、NEBuffer r1.1・r2.1・r3.1では10%未満です。メーカーを替えるとき、ユニット数をそのまま読み替えて発注するのは危険です。比活性(ユニット/mg)も、ユニットの約束が違えば比べられません。
比活性を比べる前に、「何の働きを、どんな条件で、どう測ったユニットか」と、「別の働きが無いことを示す試験があるか」を確かめます。
電気泳動で1本に見える純度と、働きの純度は別です。核酸用の酵素を選ぶときは、総タンパクの純度より、エンドヌクレアーゼやRNaseなど、自社の反応で困る働きが「検出されない」と書かれた試験を探します。
製造に加える酵素 ― 使ったあとに残さない
原材料として加えた酵素は、役目を終えたら、取り除いたことまで示す対象です。
代表例が、ウイルスベクターなどの製造で宿主の核酸を分解するために加えるBenzonaseです。セラチア菌(Serratia marcescens)由来のエンドヌクレアーゼで、DNAもRNAも、二本鎖でも一本鎖でも、2〜5塩基ほどの短い断片まで分解します。ところが、核酸を切る役目を終えた酵素自身も、最終製品に残れば工程由来の不純物です。そのため、ロットの試験で、市販のELISAキット抗原と抗体の結合を酵素反応による発色などで検出し、目的の物質の有無や量を測る手法です。不純物や力価の測定に広く使われます。詳しく →(MerckのBenzonase Endonuclease ELISA Kit IIなど)を使って、残存量を測ります。
ここで見落としやすいのは、単位の切り替わりです。買うときの単位はユニットなのに、残りを測るELISAの結果は質量濃度(ng/mL)で出ます。ELISAは抗体で酵素タンパク質を数えるので、働きを失った酵素が残っていても拾います。加えた量の管理と、残った量の管理は、別の物差しで行います。作用と除去の考え方はエンドヌクレアーゼ処理に、測定の実際は残存ヌクレアーゼのELISA測定にあります。
もう一つの落とし穴が、研究用の酵素をそのまま製造に持ち込むことです。研究用のグレードでは、動物由来成分の有無、エンドトキシングラム陰性菌の外膜由来の発熱性物質(LPS)で、注射剤では厳しく管理し、LAL試験などで測定します。詳しく →、ロット間のトレーサビリティ、仕様を変えるときの通知が、製造の原材料として足りないことがあります。製造補助原材料の適格性評価はUSP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく →〈1043〉が扱っています。いつ、どこまで切り替えるかは研究用試薬からGMPグレードへにまとめてあります。
加える酵素は、買うときは活性で、出荷するときは残量で数えます。
治療用酵素 ― 糖鎖の要否で決まる宿主
治療用酵素で最初に決めるのは、その酵素に糖鎖が要るかどうかです。
要らない酵素は、冒頭の2例のように微生物で作れます。事情が変わるのは、リソソーム蓄積症の酵素補充療法(ERT)で使う酵素です。体内で足りない分解酵素を点滴で補うので、投与された酵素は細胞に取り込まれ、リソソームまで届いて初めて働きます。多くのリソソーム酵素は、糖鎖の末端に付いたマンノース-6-リン酸(M6P)を目印にして、細胞表面のM6P受容体に取り込まれます。ファブリー病のアガルシダーゼ ベータなどが哺乳類細胞(CHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →)で作られてきたのは、この目印を付けられるからです。大腸菌は糖鎖を付けられず、酵母は付けてもヒトと形が違います。
酵母の糖鎖をヒト型に作り替え、M6Pまで付けようとする研究は進んでいます。考え方と現状は酵母のヒト型糖鎖工学にあります。
治療用酵素は、活性が高いだけでは足りません。体内で目的の場所に届く糖鎖かどうかまでが、宿主を選ぶ条件です。
明日から確かめられること ― 成績書と仕様書の見方
酵素を購入するときや、メーカーを切り替えるときは、成績書(COA)と仕様書の次の点を確かめます。
- ユニットの定義:基質、温度、時間、緩衝液が書かれているか。メーカーを替えるなら、自社の反応で同じ条件の比較をしたか
- 夾雑活性の試験:エンドヌクレアーゼ、エキソヌクレアーゼ、RNase、ホスファターゼなど、自社の用途で困る働きが項目にあるか。何倍量を何時間置いて試験したか
- グレード:動物由来成分の有無、エンドトキシン、ロット間のトレーサビリティ、仕様変更の通知が、研究用か製造用かに合っているか
- 残存の試験法:製造に加える酵素なら、最終製品で残りを測る方法(ELISAなど)が用意されているか
- 治療用なら、糖鎖が効き目に関わるかを先に決め、宿主はそのあとに選ぶ
製品を探すときは、ヌクレアーゼ(ベンゾナーゼ等)、IVT用酵素・試薬、残存ヌクレアーゼの製品ページから、グレードと供給者を引けます。酵素を触媒に使って低分子医薬を作る側の話は、酵素で低分子をつくる生体触媒プロセスが続きです。
参考文献
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q6B: 生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の規格及び試験方法の設定(1999年3月)。比活性・純度・糖鎖など品質特性の設定の考え方
- USP 〈1043〉 Ancillary Materials for Cell, Gene, and Tissue-Engineered Products。製造補助原材料としての酵素の適格性評価
- Ph. Eur.欧州医薬品品質局(EDQM)が発行する、医薬品の品質基準を定めた公定書で、署名国・加盟国の規制に法的効力を持つ。詳しく → 5.2.12 Raw materials of biological origin for the production of cell-based and gene therapy medicinal products。生物由来原材料の品質・由来管理
- Merck, Benzonase Endonuclease ELISA Kit II(製品資料)。加えたエンドヌクレアーゼの残存量を、質量濃度で測る方法
- Assessment of E. coli Expression System for Overexpression of Active Recombinant Ocriplasmin. Adv Pharm Bull. 2021。オクリプラスミンが酵母で作られること、糖鎖を持たないこと
- KRYSTEXXA(pegloticase)Prescribing Information, FDA。ペグロティカーゼが大腸菌で作られること
- New England Biolabs, 制限酵素の製品ページ。ユニットの定義、緩衝液ごとの活性の記載
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