ウイルスろ過とは?抗体精製の膜・目詰まり・プレフィルター
抗体とパルボウイルス——サイズにして10nmと20nm前後、一桁の中に収まる二者を膜一枚で分け切る。これがウイルスろ過(ナノフィルトレーション細菌より小さいウイルスを膜の微細な孔でふるい分けて取り除き、製剤の安全性を高めるためのろ過フィルターです。詳しく →)という工程の本質です。抗体などのタンパク質は通し、それより大きなウイルス粒子は孔で物理的にせき止める単位操作製造プロセスを構成する個々の機能的な処理ステップ(分離・洗浄・培養など)のこと。であり、サイズのわずかな差だけを頼りにする繊細なふるい分けでもあります。

この工程が担うのは「不活化」ではなく「除去」だ。低pH処理のようにウイルスを壊すのではなく、膜を通さないことで下流へ持ち込ませません。ウイルスの種類や物理化学的性質にほとんど左右されず、頑健なパルボウイルスにも安定して効く——この頑健さこそが、抗体精製のウイルス安全性製造工程がウイルスをどれだけ除去・不活化できるかを評価し、製品の安全性を確保する取り組みです。各工程の低減能力を対数の値で示します。詳しく →を支える主要ステップのひとつに位置づけられる理由です。
この工程を理解するには、五つの要素をつなげて考える必要があります。分離原理、グレード(20nm級とレトロ級)の違い、除去性能を表す対数除去価、通液性と目詰まりの実務、そして使用後に必ず行う完全性試験除菌フィルターに欠陥がなく所定の孔径を保っているかを確認する試験。無菌ろ過の信頼性を裏づける。。ウイルスクリアランス全体のなかでこの工程がどこに立つのかは、これらの要素がひとつながりになったところで初めて見えてきます。
- ウイルスろ過は、抗体を通しより小さなウイルスを孔で物理的にせき止める「除去」の工程です。
- 抗体医薬では最小のパルボウイルスまで除く20nm級を選び、除去性能は対数除去価(LRV)で表します。
- 目詰まりをプレフィルターで抑え、使用後の完全性試験で膜の健全性を確認して初めてLRVを保証します。
サイズ排除でウイルスを分ける原理
分離の原理はシンプルだ。孔径によるサイズ排除分子の大きさの差で分けるクロマトグラフィー。(サイズ・エクスクルージョン)——膜の孔より大きい粒子は通り抜けられず、小さい分子は通過します。抗体(約10nm)を透過させつつ、それより大きなウイルスを保持する、この寸法の窓を精密に設計した膜がウイルス除去フィルターです。
ただし、孔径フィルター膜に存在する細孔の公称上の大きさを示す値で、保持できる粒子・微生物の最小サイズの目安となる指標(ただし実際の保持性能はバクテリアチャレンジ試験で実証される)。のわずかな差が結果を左右するため、膜の設計はより周到です。単一の孔径で薄くつくるのではなく、非対称な多層構造や厚みのある構造を採用し、複数の孔がウイルスを段階的に捕捉するよう設計されています。ウイルスが一枚の孔をすり抜けても次の層で捕まる確率を積み上げることで、高い除去性能と再現性を確保する——そういう考え方です。
化学的に壊すのではなく「通さない」除去である点が、この工程の強みです。ウイルスの種類・脂質膜の有無・耐性に依存しにくく、頑健なパルボウイルスにも一貫して効く。だからこそ不活化工程との相補性が生まれます。
グレード:20nm級とレトロ級
ウイルス除去フィルターは、除去対象の大きさで大きく二つのグレードに分かれます。
- 20nm級直径20nm前後の小型パルボウイルスまで除けるよう孔径を小さくした、ウイルス除去フィルターのグレード。のパルボウイルスエンベロープを持たない極めて頑健な小型ウイルス。化学処理に強く、除去はサイズ排除のろ過が有効。ろ過は、非エンベロープ脂質膜(エンベロープ)を持つウイルス。低pHや界面活性剤で不活化しやすく、持たないものは頑健。の小型ウイルスであるパルボウイルス(直径18〜26nm程度)まで除去する、最も孔径の小さいグレードです。より大きなウイルスは当然この膜でも保持されるため、「最小のウイルスまで除ければ大きいものも除ける」という位置づけになります。抗体医薬では、この20nm級を選ぶのが一般的です。
- レトロ級レトロウイルス様粒子(約80〜100nm)を主対象とする、やや孔径の大きいウイルス除去フィルターのグレード。は、レトロウイルス様粒子CHO細胞などが内在的に持ちうる、レトロウイルスに似た粒子。ウイルス安全性評価の主要な対象になる。(約80〜100nm)を主対象とする、やや孔径の大きいグレードです。パルボウイルスは通してしまう一方、通液性は高く、目詰まり微粒子や凝集体、タンパク層が膜の孔を塞いでろ過が落ちる現象。プレフィルターでの前段保護が効く。しにくいという特性があります。
抗体は動物細胞(CHO抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →など)でつくられ、内在性のレトロウイルス様粒子だけでなく、極めて頑健なパルボウイルスの迷入も想定に入れなければなりません。このため、抗体精製では20nm級を置いて「最小サイズまでカバーする」設計が主流です。孔径が小さいほど除去性能は高い一方、通液性は下がる——性能と処理速度のトレードオフが、グレード選定の核心にあります。
除去性能の指標:対数除去価(LRV)
ウイルスろ過の性能は、対数除去価(LRV=Log Reduction Value負荷側と透過側のウイルス力価の比を常用対数で表した、除去性能を示す指標。)で表します。膜に入る前と通過後でウイルス量が何桁減ったかを示す値であり、LRVが4なら1万分の1、6なら100万分の1まで減ったことを意味します。
20nm級のウイルスろ過はパルボウイルスに対して高いLRVを示すことが各社の公表値(自己申告)で知られていますが、実際に確保できるLRVは膜そのものの性能だけでは決まりません。通液する液のタンパク質濃度・不純物・流量・膜にかかる圧力といった運転条件も直接影響します。カタログ値をそのまま設計根拠に使うのではなく、自社の工程を縮小再現したスケールダウンモデル大スケールで起こる勾配やストレスを小さな槽で再現し、事前にリスクを評価する実験系。にウイルスを添加(スパイク既知量の基準物質を試料に添加すること。質量分析のシグナルを濃度に結びつけてHCPを定量するために行う。)して実際のLRVをデータで取得すること——これが前提です。
LRVは工程ごとに積み上げて評価するものです。ウイルスろ過が単独で高いLRVを示しても、ウイルスクリアランスは複数工程の合算で語られます。ろ過はその中で「除去」を担う一本の柱に過ぎず、全体設計の中で位置づけることが求められます。
通液性・目詰まりの実務
孔径が小さい20nm級ほど、通液の途中で流量が落ちていく目詰まり(ファウリング細胞や破片、製品成分が膜面や細孔に溜まって透過抵抗が上がる現象。回収率低下を招く。)が起きやすい。孔をふさぐのはウイルスではなく、抗体の凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →や微粒子、上流工程で取り切れなかった不純物です。処理量が計画に届かない、想定以上の膜面積が必要になる——そうした現場のトラブルの多くは、このファウリングに起因しています。
対策として、ウイルスろ過の直前にプレフィルターを置き、凝集体や微粒子をあらかじめ取り除いて本フィルターの負荷を下げる構成がよく採られます。通液は一定流量または一定圧力のどちらで運転するかを設計し、処理量(スループット)が確保できる膜面積をスケールダウン試験実生産スケールの工程を縮小した模型で実施する試験で、ウイルスクリアランス評価など実機では実施困難な試験の代替として用いる。のデータから見積もります。液の濃度が高いほど粘度液体の流れにくさを表す物理的性質で、タンパク質濃度の上昇に伴い非線形に増大する。が上がって通液性が下がるため、高濃度化が進む抗体医薬の開発では、この工程の設計余裕がとくに問われます。
つまりウイルスろ過目の細かい膜で物理的にウイルスを除く精製工程。ウイルス安全性を担保する工程の一つ。は、膜単体の性能だけでなく、上流でどれだけ液を「きれいにしておくか」に成否が左右される工程です。目詰まりの主因を上流で断つ設計が、安定した処理量と再現性のあるLRVを両立させます。
使用後の完全性試験
通液を終えたあと、もう一つの関門があります。完全性試験(インテグリティ分子が分解・途切れなく全長で揃っている度合いで、mRNAでは翻訳効率を左右する一次CQA。試験)です。膜にピンホールや欠陥があれば、そこをウイルスがすり抜けてLRVが崩れます。欠陥は目に見えず、通液中は正常に流れているように見えることがある——だからこそ、フィルターが設計どおりの孔径を保っているかを間接的に確認する物理試験が不可欠です。
無菌ろ過(除菌フィルター0.2µm前後の細かい孔で液を通し、細菌などの微生物を捕らえて無菌のろ液を得るための除菌用フィルターです。詳しく →)の完全性試験がバブルポイント湿った膜の孔から気体が押し出され始める圧力。完全性試験で孔径や欠陥の有無を測る指標になる。や拡散流で「0.22µmの孔が保たれているか」を見るのと同様に、ウイルス除去フィルターにも各膜に対応した完全性試験法が定められています。重要なのは、使用後に試験を行い、通液を経てもなお膜が健全だったことを確認する点です。ろ過の途中で欠陥が生じていれば使用後試験で検出され、そのバッチのウイルス除去を保証しないという判断につながります。試験に合格して初めて、その運転でLRVが確保されたと見なせます。
ウイルスクリアランス全体での位置づけ
ウイルスろ過は単独で完結する工程ではなく、ウイルスクリアランスという安全性設計の一部に組み込まれています。抗体精製では、性質の異なる複数の工程を組み合わせて総合的な安全性を担保します。
- 不活化ウイルスの感染性を失わせること。低pH保持や溶媒/界面活性剤処理で、エンベロープウイルスに効きやすい。の工程は、低pHウイルス不活化精製の途中で液を一定時間低いpHにさらし、混入しうるエンベロープウイルスを不活化するウイルス安全対策です。詳しく →やS/D(界面活性剤)処理で、エンベロープウイルス脂質膜(エンベロープ)を持つウイルス。低pHや界面活性剤で不活化しやすく、持たないものは頑健。の感染性を壊します。
- 除去の工程は、ウイルスろ過(サイズ排除)や、プロテインAをはじめとするクロマトグラフィー固定相と移動相の間での物質の相互作用(分配・吸着・イオン交換など)の差を利用して、混合物中の成分を分離・精製する操作の総称。で、ウイルスを物理的に取り除きます。
この設計の要点は、機序の異なる工程を重ねることにあります。低pH不活化は脂質膜を持つウイルスに強い一方、膜のない頑健なパルボウイルスには効きにくい弱点があります。そこを、ウイルスの性質に依存しないサイズ排除のウイルスろ過が補う。互いの弱点を埋め合わせることで、想定しうるウイルスの全体を取りこぼしなくカバーする——これが複数工程を積む理由です。各工程のLRVを合算し、ICH Q5A(R2)細胞株由来のバイオ医薬品について、ウイルス安全性評価の枠組みを示すICHガイドライン。の枠組みに沿って全体のウイルス安全性を示すのが、抗体精製の基本設計になります。
ウイルスろ過を選び、置き所を決め、膜面積とプレフィルター本ろ過の手前に置き、粗い粒子をあらかじめ取り除いて後段フィルターの目詰まりを防ぎ、寿命を延ばすためのフィルターです。詳しく →を設計する作業は、この全体像の中で「除去の柱をどこにどれだけ立てるか」を決める作業でもあります。
関連する工程は、ウイルスクリアランス、低pHウイルス不活化、無菌ろ過(除菌ろ過)で個別に整理しています。フィルター選定の全体的な考え方はろ過選定ガイドも参照してください。
参考文献
- ICH Q5A(R2), Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin
- FDA, Guidance for Industry: Q5A Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin
- USP General Chapter <1050>, Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin
- EMA, Guideline on Virus Safety Evaluation of Biotechnological Investigational Medicinal Products
- PDA, Technical Report No. 41: Virus Filtration
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