ウイルスろ過(ナノフィルトレーション)とは?
ウイルスろ過(ナノフィルトレーション)は、抗体などのタンパク質を通し、それより小さなウイルス粒子を膜の孔で物理的にせき止める単位操作です。抗体分子はおよそ10nm前後、除去したいパルボウイルスは20nm前後と、両者の大きさが一桁の中で近接しているため、この操作はサイズの差だけを頼りに両者を分ける、繊細なふるい分けになります。
ウイルスろ過が担うのは「不活化」ではなく「除去」です。低pH処理のようにウイルスを壊すのではなく、膜を通さないことで下流に持ち込ませません。ウイルスの種類や物理化学的性質にほとんど左右されず、頑健なパルボウイルスにも安定して効くのが強みで、抗体精製のウイルス安全性を支える主要ステップのひとつになっています。
この記事では、ウイルスろ過の分離原理、グレード(20nm級とレトロ級)の違い、除去性能を表す対数除去価、通液性と目詰まりの実務、そして使用後に必ず行う完全性試験を整理し、ウイルスクリアランス全体の中でこの工程がどこに位置するのかを見ていきます。
サイズ排除でウイルスを分ける原理
ウイルスろ過の分離原理は、孔径によるサイズ排除(サイズ・エクスクルージョン)です。膜の孔よりも大きい粒子は通り抜けられず、小さい分子は通過します。抗体(約10nm)を透過させつつ、それより大きなウイルスを保持する——この寸法の窓を精密に設計した膜が、ウイルス除去フィルターです。
孔径のわずかな差が結果を左右するため、膜は単一の孔径で薄くつくるのではなく、非対称な多層構造や厚みのある構造で、複数の孔がウイルスを段階的に捕捉するよう設計されています。ウイルスが一枚の孔をすり抜けても、次の層で捕まる確率を積み上げることで、高い除去性能と再現性を確保する考え方です。
ウイルスろ過は化学的に壊すのではなく「通さない」除去です。ウイルスの種類・脂質膜の有無・耐性に依存しにくく、頑健なパルボウイルスにも一貫して効く点が、不活化工程との相補性を生みます。
グレード:20nm級とレトロ級
ウイルス除去フィルターは、除去対象の大きさで大きく二つのグレードに分かれます。
- 20nm級のパルボウイルスろ過は、非エンベロープの小型ウイルスであるパルボウイルス(直径18〜26nm程度)まで除去する、最も孔径の小さいグレードです。より大きなウイルスは当然この膜でも保持されるため、「最小のウイルスまで除ければ大きいものも除ける」という位置づけになります。抗体医薬では、この20nm級を選ぶのが一般的です。
- レトロ級は、レトロウイルス様粒子(約80〜100nm)を主対象とする、やや孔径の大きいグレードです。パルボウイルスは通してしまう一方、通液性は高く、目詰まりしにくいという特性があります。
抗体は動物細胞(CHOなど)でつくられ、内在性のレトロウイルス様粒子だけでなく、極めて頑健なパルボウイルスの迷入も想定に入れる必要があります。このため、抗体精製では20nm級を置いて「最小サイズまでカバーする」設計が主流です。孔径が小さいほど除去性能は高い一方、通液性は下がるという、性能と処理速度のトレードオフがここにあります。
除去性能の指標:対数除去価(LRV)
ウイルスろ過の性能は、対数除去価(LRV=Log Reduction Value、対数で表した除去の程度)で表します。膜に入る前と通過後でウイルス量が何桁減ったかを示す値で、LRVが4なら1万分の1、6なら100万分の1に減ったことを意味します。
20nm級のウイルスろ過は、パルボウイルスに対して高いLRVを示すことが各社の公表値(自己申告)で知られています。ただし実際に確保できるLRVは、膜そのものの性能だけでなく、通液する液のタンパク質濃度・不純物・流量・膜にかかる圧力といった運転条件にも左右されます。カタログ値をそのまま使うのではなく、自社の工程を縮小再現したスケールダウンモデルにウイルスを添加(スパイク)し、実際のLRVをデータで取得することが前提になります。
LRVは工程ごとに積み上げて評価します。ウイルスろ過が単独で高いLRVを示しても、ウイルスクリアランスは複数工程の合算で語られます。ろ過はその中で「除去」を担う一本の柱です。
通液性・目詰まりの実務
孔径が小さい20nm級ほど、通液の途中で流量が落ちていく目詰まり(ファウリング)が起きやすくなります。孔をふさぐのはウイルスではなく、抗体の凝集体や微粒子、上流工程で取り切れなかった不純物です。処理量が計画に届かなかったり、想定以上の膜面積が必要になったりする原因は、多くがこの目詰まりにあります。
このため、ウイルスろ過の直前にはプレフィルターを置き、凝集体や微粒子をあらかじめ取り除いて本フィルターの負荷を下げる構成がよく採られます。また、通液は一定流量または一定圧力のどちらで運転するかを設計し、処理量(スループット)が確保できる膜面積を、スケールダウン試験のデータから見積もります。液の濃度が高いほど粘度が上がって通液性が下がるため、高濃度化が進む抗体医薬では、この工程の設計余裕がとくに問われます。
つまりウイルスろ過は、膜単体の性能だけでなく、上流でどれだけ液を「きれいにしておくか」に成否が左右される工程です。目詰まりの主因を上流で断つ設計が、安定した処理量と再現性のあるLRVを両立させます。
使用後の完全性試験
ウイルスろ過で最後に欠かせないのが、完全性試験(インテグリティ試験)です。膜にピンホールや欠陥があれば、そこをウイルスがすり抜けてLRVが崩れます。しかも欠陥は目に見えず、通液中は正常に流れているように見えることがあります。そこで、フィルターが設計どおりの孔径を保っているかを間接的に確認する物理試験を行います。
無菌ろ過(除菌フィルター)の完全性試験がバブルポイントや拡散流で「0.22µmの孔が保たれているか」を見るのと同様に、ウイルス除去フィルターにも各膜に対応した完全性試験法が定められています。重要なのは、使用後に試験を行い、通液を経てもなお膜が健全だったことを確認する点です。ろ過の途中で欠陥が生じていれば使用後試験で検出され、そのバッチのウイルス除去を保証しないという判断につながります。試験に合格して初めて、その運転でLRVが確保されたと見なせます。
ウイルスクリアランス全体での位置づけ
ウイルスろ過は単独で完結する工程ではなく、ウイルスクリアランスという安全性設計の一部です。抗体精製では、性質の異なる複数の工程を組み合わせて総合的な安全性を担保します。
- 不活化の工程は、低pHウイルス不活化やS/D(界面活性剤)処理で、エンベロープウイルスの感染性を壊します。
- 除去の工程は、ウイルスろ過(サイズ排除)や、プロテインAをはじめとするクロマトグラフィーで、ウイルスを物理的に取り除きます。
この設計の要点は、機序の異なる工程を重ねることにあります。低pH不活化は脂質膜を持つウイルスに強い一方、膜のない頑健なパルボウイルスには効きにくいという弱点があります。そこを、ウイルスの性質に依存しないサイズ排除のウイルスろ過が補います。互いの弱点を埋め合わせることで、想定しうるウイルスの全体を取りこぼしなくカバーする——これが複数工程を積む理由です。各工程のLRVを合算し、ICH Q5A(R2)の枠組みに沿って全体のウイルス安全性を示すのが、抗体精製の基本設計になります。
ウイルスろ過を選び、置き所を決め、膜面積とプレフィルターを設計する作業は、この全体像の中で「除去の柱をどこにどれだけ立てるか」を決める作業でもあります。
関連する工程は、ウイルスクリアランス、低pHウイルス不活化、無菌ろ過(除菌ろ過)で個別に整理しています。フィルター選定の全体的な考え方はろ過選定ガイドも参照してください。
参考文献
- ICH Q5A(R2), Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin
- FDA, Guidance for Industry: Q5A Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin
- USP General Chapter <1050>, Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin
- EMA, Guideline on Virus Safety Evaluation of Biotechnological Investigational Medicinal Products
- PDA, Technical Report No. 41: Virus Filtration