酵素で低分子をつくる——生体触媒プロセスの実際
生体触媒(バイオカタリシス)とは、化学反応の触媒として酵素を使うやり方です。低分子原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。の合成で、金属触媒や強い条件を使っていた工程を、酵素に置き換える動きが広がっています。
- 酵素が強いのは選択性です。狙った位置、狙った立体だけを作り分けられます。
- 弱点は基質の幅と安定性で、そこを酵素の改良で埋めるのが現在の設計です。
- 反応の形は、細胞ごと使う発酵型と、酵素だけ取り出す無細胞型に分かれます。
- 量産で効くのは、酵素の失活速度と、基質・生成物による阻害です。
- 酵素そのものが原材料になるため、製法の変更が工程の変更になります。
何が置き換わるのか
有機合成で立体を作り分けようとすると、たいてい面倒なことになります。保護基化学合成中に反応させたくない官能基を一時的にマスクする化学基で、目的の反応後に除去されてもとの官能基が露出する。を付けて、反応させて、外す。あるいは不斉触媒に貴金属を使い、微量の残留を後段で落とす。工程が伸び、収率が落ちます。
酵素は、ここを一段で通せることがあります。選択性目的物と不純物を、溶出位置をどれだけ離して分けられるかの度合い。分離の分解能を左右する。が高いためです。同じ分子の中に似た官能基が複数あっても、狙った1か所だけに作用させられる。立体についても、片方の鏡像体だけを作れます。保護と脱保護合成した核酸を担体から切り出し、保護基を外して純粋な鎖にする工程。が要らなくなれば、その分だけ工程が短くなります。
条件も穏やかです。水系、常温常圧、中性付近。反応の監視や設備の要求が下がり、溶媒の使用量も減ります。ICH Q3C の残留溶媒や金属不純物の管理が軽くなるのも、実務では効きます。
弱点と、その埋め方
いいことばかりではありません。酵素には基質の幅が狭いという性質があります。自然界で担っていた反応に最適化されているので、医薬品の中間体ゲノムを途中までしか積んでいないAAVカプシド。空でも実でもない中間的な粒子で、測定時にどちらへ数えるかで比率が動く。のような人工的な分子には、そのままでは効きません。
もう一つが安定性です。有機溶媒、高温、極端な pH で失活します。高濃度の基質そのものが酵素を壊すこともあります。
この2つを埋めるのが、酵素の改良です。指向性進化突然変異・選択を繰り返す人工的な進化プロセスにより、目的の性質を持つタンパク質や遺伝子を創出する手法。や、構造情報と機械学習を組み合わせた設計で、目的の基質に効く変異体を探します。ここ数年で当たりを引く速さが上がり、「この反応に効く酵素を作る」ことが現実的な選択肢になったのが、生体触媒が広がっている理由です。de novo のタンパク質設計と同じ技術系統が、触媒の側にも入ってきています。
細胞ごと使うか、酵素だけ使うか
反応の形は大きく2つに分かれます。
発酵型は、酵素を作る細胞をそのまま反応に使います。補酵素の再生を細胞に任せられるので、NAD(P)H を消費する反応では有利です。ただし、細胞の代謝が副生物を作り、精製が面倒になることがあります。
無細胞生きた細胞を使わず、試験管内の酵素反応だけで目的物を合成・増幅する方式。型は、酵素を取り出して反応系を組みます。無細胞タンパク質合成と同じ発想で、細胞の都合に縛られないぶん設計の自由度が高い。補酵素を外から供給するか、再生系を別に組む必要があります。
移管の観点では、この違いが効きます。無細胞型は、酵素の発酵・反応・精製という3段構えになり、移す対象がそれぞれ独立します。無細胞法の量産移管を受託先へ出す事例で、発酵・反応・精製を並べて検証すると書かれているのは、この構造によるものです。
量産で効いてくる変数
小スケールで回った反応が、規模を上げると止まる。よくあることです。効いてくるのは、たいてい次のあたりです。
- 酵素の失活速度。反応時間が延びるほど、途中で失活した分が効きます。回分の終盤で転化率主に低分子製造で、化学反応の進み具合(転化率など)を製造中にその場で追跡する手法です。こうしたリアルタイム測定・制御の技術はPATと呼ばれます。詳しく →が伸びないときは、ここを疑います
- 基質阻害と生成物阻害。濃度を上げると反応が遅くなる現象です。逐次添加(フェドバッチ種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →)で濃度を抑える設計が要ります
- 溶解度。水系で回す以上、基質が溶けなければ反応しません。共溶媒を入れれば酵素が失活しやすくなります
- 混合と酸素移動。発酵型では、規模を上げると通気と剪断の条件が変わります
いずれも、小スケールでは見えにくい変数です。技術移管で条件を引き継ぐときに、何を固定して何を動かしてよいかを決めておく必要があります。
規制上の扱い
生体触媒を使った工程で、酵素は原材料製造の起点となる原料で、その品質や持ち込む不純物が最終製品の品質に影響しうるため、規格管理が重視される物質。として扱われます。つまり、酵素の製法が変われば、工程の変更になりうるということです。
組換え酵素の製造がどこで行われ、どんな管理のもとにあるかは、供給者管理の対象になります。比活性製剤の単位質量または単位容量あたりの生物学的活性の高さを示す指標で、高いほど少量での効果が期待できる。が変われば反応の進み方が変わり、夾雑物のプロファイルが変われば精製の負荷が変わる。安くなることと、既存の管理がそのまま通ることは別です。
残留については、酵素はタンパク質なので、精製工程で落ちることを示す必要があります。ICH Q7の枠組みで、どの段階から GMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく → を適用するかを含めて整理します。
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