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低分子基礎知識・製造工程シリーズ低分子原薬をどう作るか(合成とGMP)5/7実務

生体触媒とは?低分子原薬の製造で酵素を使うと、何が変わるのか

Proglenth 編集部公開 2026-09-13更新 2026-10-23約5分で読めます
生体触媒とは?低分子原薬の製造で酵素を使うと、何が変わるのか

生体触媒(バイオカタリシス)とは、低分子の原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →を作る化学反応の触媒に、金属などの代わりに酵素を使うことです。プロセス開発で合成の道筋を決める人だけでなく、酵素を買う購買や、供給元を管理する品質保証の仕事にも関わります。

一方で、⁠酵素は入れれば済む試薬ではありません。 多くは反応ごとに作り込む必要があり、買い続ける原材料として、作り方の変更や原薬への残り方まで管理する必要があります。

この記事では、生体触媒が化学合成の何を置き換えるのか、手に入る酵素だけでは工程にならない理由、酵素の選び方と使う形、原材料としての管理、自分の工程で何から確かめるかを順に説明します。

この記事の要点
  • 生体触媒とは⁠:酵素を触媒に使う方法で、片方の鏡像体だけを作り分けるのが得意です。金属触媒だけでなく、金属の除去などの前後の工程もまとめて置き換えます。
  • なぜ酵素を入れるだけでは済まないのか⁠:自然の酵素は医薬品の中間体に合わないことが多く、反応ごとに改良が要ります。規模を上げると、失活や阻害で反応が止まることもあります。
  • 何を管理するのか⁠:酵素は原材料の一つです。供給元や製法が変わると反応と精製が変わり、原薬に残るタンパク質は不純物として除いたことを示します。

この記事の前提

初めての方は、先にこちらを読むと、この記事に出てくる言葉の意味が分かります。

  • 製品由来・工程由来の不純物とは?数字が小さければ安心か工程由来不純物約4分
  • HCP(宿主細胞タンパク質)とは?総量が合格でも残る問題宿主細胞タンパク質(HCP)約5分

1. 生体触媒とは何か、化学合成の何を置き換えるのか

生体触媒は、酵素の働きで反応を進める方法です。片方の鏡像体(右手と左手のように、重ねられない2つの形)だけを作り分けるのが得意で、金属触媒とその前後の工程をまとめて置き換えられることがあります。

鏡像体を持つ医薬品では、多くの場合どちらか一方を薬として作ります。化学合成でこれを作り分けるには、保護基化学合成中に反応させたくない官能基を一時的にマスクする化学基で、目的の反応後に除去されてもとの官能基が露出する。詳しく →(反応させたくない部分をふさぐ目印)を付けて外すか、片方の形を作りやすくする貴金属の触媒(不斉触媒)を使い、残った金属を後ろの工程で落とします。どちらも工程が伸び、収率が下がります。

シタグリプチンの例

糖尿病薬シタグリプチンの従来の製法は、ロジウムの触媒と高圧の水素で不斉水素化をかける方法でした。立体の純度が足りない分は結晶化で補い、製品に入り込んだロジウムは後段の精製で除く必要がありました。

新しい製法では、トランスアミナーゼという酵素がケトンにアミノ基を一段で付けます。⁠片方の鏡像体だけができ、鏡像体過剰率は99.95%を超えました。 鏡像体過剰率は、目的の形がもう一方をどれだけ上回るかを示す割合です。 2010年の Science 論文では、全体の収率が10〜13%高まり、金属も高圧の水素の設備も要らなくなったと報告されています。

上下2段の比較。上の段は従来の化学合成で、ロジウム触媒と高圧の水素で不斉水素化し、立体の純度を結晶化で上げ、残った金属を精製で除いてから原薬になる。結論は、工程が増え、金属の管理と高圧の設備が要ること。下の段は生体触媒で、トランスアミナーゼがアミノ基を一段で付け、片方の鏡像体だけができて原薬になる。結論は、金属の除去と高圧の設備が要らず、収率が10〜13%上がったこと
酵素は、金属触媒だけでなく、その前後の工程もまとめて置き換える(シタグリプチンの例をもとにした概念図)
図をダウンロード(会員・無料)

何段もの反応をまとめる例

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染症に使うイスラトラビルでは、さらに大きな置き換えが報告されています。2019年の Science 論文の製法は、9つの酵素(うち5つは改良したもの)を一つの水溶液に入れ、3段階の反応を通します。従来の化学合成は12〜18工程とされ、新法は途中の中間体を取り出さずに、全体の収率は51%でした。

また、反応の条件が穏やかなことも実務に効きます。水系で、常温常圧、中性付近で回せるため、意図して加える金属や有機溶媒が減り、残留溶媒や金属不純物として管理する対象が少なくなります。

つまり、生体触媒を検討するときは、触媒の値段より先に、どの工程と管理が消えるのかを数えます。では、酵素を買ってきて入れれば、その効果は得られるのでしょうか。

2. なぜ、手に入る酵素を入れるだけでは工程にならないのか

自然の酵素は本来の反応に合わせてできており、医薬品の中間体のような人工的な分子には合わないことが多いためです。

基質(酵素が反応させる相手の分子)の形が合わなければ反応は進みません。有機溶媒や高温、極端なpHでは、酵素の形が崩れて働かなくなります(失活)。高濃度の基質そのものが酵素を壊すこともあります。

酵素を作り込む

そこで、市販の酵素の一覧から当たりを探し、足りなければ酵素の改良に進みます。改良には、変異を入れて選抜を繰り返す指向性進化突然変異・選択を繰り返す人工的な進化プロセスにより、目的の性質を持つタンパク質や遺伝子を創出する手法。詳しく →や、立体構造の情報と機械学習を組み合わせた設計(de novo のタンパク質設計と同じ流れ)が使われます。

シタグリプチンでもイスラトラビルでも、使われたのはこうして改良を重ねた酵素でした。⁠改良には時間と費用がかかり、その分だけ工程の開発期間が延びます。

規模を上げると止まる

小スケールで回った反応が、規模を上げると止まることもあります。主に見る変数は、次の4つです。

  • 失活⁠:反応時間が延びるほど、働かなくなる酵素が増えます。終盤で転化率が伸びなければ、まず疑う先です。
  • 阻害⁠:基質の濃度が高すぎたり、生成物が溜まったりすると、反応が遅くなります。基質を少しずつ足す設計(フェドバッチ)で濃度を抑えられます(酵素阻害)。
  • 溶けにくさ⁠:水系で回す以上、基質が溶けなければ反応しません。共溶媒を足せば溶けますが、酵素は失活しやすくなります。
  • 平衡⁠:トランスアミナーゼの反応は、原料と生成物の釣り合いが生成物の側に傾きにくい性質があります。アミノ基を渡す相手を大過剰に入れる、副生する小さな分子を抜くといった工夫で傾けます。

どれも小スケールでは見えにくい変数です。このように、生体触媒の工程は、酵素の性能だけでなく反応の条件ごと組み立てる必要があります。では、その酵素はどう手に入れ、どの形で使うのでしょうか。

3. 酵素は何を基準に選び、どの形で使うのか

最初に決めるのは、手に入る酵素で足りるのか、この反応専用に作り込むのかです。 作り込めば反応は合いますが、供給元への依存が生まれます。

  • 手に入る酵素⁠:代わりの供給元を探しやすい一方、反応に合わせた性能は出にくくなります。
  • 作り込んだ酵素⁠:反応に合わせられますが、改良した酵素の製法と権利が改良した側に残る契約もあり、その場合は供給元が1つに絞られます。

もう一つは、酵素を使う形です。

  • 発酵型⁠:細胞ごと使います。補酵素(NAD(P)H のように、反応で消費される補助の分子)の再生を細胞に任せられる一方、細胞の代謝が副生物を作り、精製が面倒になることがあります。
  • 無細胞生きた細胞を使わず、試験管内の酵素反応だけで目的物を合成・増幅する方式。詳しく →型⁠:酵素だけを取り出して使います。細胞の都合に縛られず設計の自由度が高い代わりに、補酵素を外から入れるか、再生の仕組みを別に組みます(無細胞タンパク質合成と同じ発想です)。
  • 固定化⁠:酵素を担体に固定し、ろ過で回収して繰り返し使います。製品に酵素が混ざりにくく原価も下げられますが、固定化で活性が落ちる品目もあります。

形によって、移管先に要る設備も変わります。無細胞型では酵素の発酵、反応、精製の3つをそろえる必要があり、この3つを並べて検証する移管の例もあります(無細胞型の製造の移管)。発酵型で規模を上げるときは、通気とせん断の条件も変わります。

つまり、酵素の選び方と使う形は、反応の性能だけでなく、誰から買い続けるか、どこで作れるかまで決めます。ここから先は、その酵素を工程に入れたあとの管理の話です。

4. 酵素を原材料として、何を管理するのか

生体触媒を使う工程では、酵素は原材料の一つとして、触媒や試薬と同じく買って、受け入れ、管理します。 GMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく → をどの段階から当てるかは、ICH Q7の枠組みで考えます。

供給元と製法の変更

酵素の製法や供給元が変わると、比活性タンパク質の量あたりの生物活性の強さです(活性の単位をタンパク質の質量で割った値)。同じ量でどれだけ働くかを表し、精製の進み具合や製品の品質の指標に使います。詳しく →(単位量あたりの反応を進める力)が変わり、同じ量を入れても反応の進み方が変わります。混ざっている夾雑物の顔ぶれも変わり、精製で落とす相手が変わります。

酵素を作る側の管理は組換え酵素の微生物生産に、供給元を選ぶ側の確認は供給者管理にまとめています。

POINT

酵素の供給元や製法の変更は、価格ではなく、反応の進み方と精製の負荷が変わる話です。変更を事前に知らせてもらう取り決めがあるかを、契約の段階で確かめておきます。

原薬に残るタンパク質

酵素はタンパク質なので、低分子の原薬に混ざる不純物になりえます。 粗い酵素液や菌体の破砕液を使う場合は、酵素を作らせた菌のタンパク質まで入ります。これを宿主細胞タンパク質(HCP)と呼びます。

Merck の研究チームは、大腸菌の破砕液を触媒に使って作った原薬(MK-1454)の評価をプレプリントで報告しています。残ったタンパク質の許容量は一律には決まらず、不純物の顔ぶれ、用量、剤形、投与経路から品目ごとに決め、複数の分析法と免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →の予測を組み合わせて精製を設計したと述べています。

実務では、低分子の原薬とタンパク質の大きさが大きく違うことを使い、限外ろ過などで落とします。そのうえで、抗体を使ってタンパク質を測る ELISA抗原と抗体の結合を酵素反応による発色などで検出し、目的の物質の有無や量を測る手法です。不純物や力価の測定に広く使われます。詳しく →(酵素結合免疫吸着法)などで、残っていないことを示します。このように、酵素の管理は、受け入れの段階と、原薬の精製と試験の段階の両方にかかります。

5. 自分の工程では、何から確かめるのか

最初に確かめるのは、その酵素を誰から買い続けられるかです。 反応がうまくいっても、酵素が手に入らなくなれば工程は止まります。次の順に確かめます。

  1. 酵素の供給元を確かめる⁠:何社から買えるか、改良した酵素なら製法と権利が誰にあり、止まったときの代わりがあるかを見ます。
  2. 変更の知らせを取り決める⁠:酵素の製法、供給元、保管条件の変更を、事前に知らせてもらう取り決めを結びます。
  3. スケールの実績をそろえる⁠:基質に対する酵素の量、反応時間、転化率が、小スケールと大スケールでそろっているかを見ます。
  4. 止まる原因を見分ける⁠:転化率が途中で止まるとき、時間を追って転化率を測り、失活か阻害かを見分けます。
  5. 補酵素と副原料を手当てする⁠:補酵素や副原料の調達と、再生の仕組みを誰が持つかを決めます。
  6. 残ったタンパク質を示す⁠:原薬から酵素のタンパク質(宿主細胞タンパク質を含む)が消えていることを、どの段階で、どの方法で示すかを決めます。
  7. 移管先の設備を見る⁠:無細胞型なら、移管先に酵素の発酵と精製の設備があるかを確かめます。

購買や営業の人は、酵素の単価だけでなく、基質1 kg あたりに使う酵素の量と供給の継続性を並べて比べると、原価を正しく見積もれます。

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  • 4. 酵素を原材料として、何を管理するのか
  • 5. 自分の工程では、何から確かめるのか

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参考文献

  • Savile CK, Janey JM, Mundorff EC, et al. Biocatalytic asymmetric synthesis of chiral amines from ketones applied to sitagliptin manufacture. Science. 2010;329(5989):305-309. Science
  • Huffman MA, Fryszkowska A, et al. Design of an in vitro生きた動物の体外で、試験管やシャーレなどを用いて細胞・組織・分子レベルで行う実験を指す用語。詳しく → biocatalytic cascade for the manufacture of islatravir. Science. 2019. DOI: 10.1126/science.aay8484(9つの酵素、3段階、従来法12〜18工程)
  • US EPA, Presidential Green Chemistry Challenge: 2010 Greener Reaction Conditions Award(Merck と Codexis のシタグリプチン製造法)
  • Merck Research Laboratories の研究チーム, Holistic Analytical Characterization and Risk Assessment of Residual Host Cell Protein Impurities in an Active Pharmaceutical Ingredient (API) Synthesized by Biocatalysts(プレプリント。大腸菌の細胞破砕液を使って作った MK-1454 の例。許容量は品目ごとに決める、分析法と免疫原性予測の組み合わせ)
  • PharmaSource, eXoZymes partners with Curia for NCT technology transfer and scale-up(無細胞型の NCT の製造を、2026年第4四半期に移管し、2027年の大規模生産につなげる計画)
  • ICH Q11原薬の開発・製造を扱い、原薬側の管理戦略の作り込みを示すICHのガイドライン。詳しく →, Development and Manufacture of Drug Substances
  • FDA, Q7 Good Manufacturing Practice Guidance for Active Pharmaceutical Ingredients, Guidance for Industry
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この記事の目次
  1. 1. 生体触媒とは何か、化学合成の何を置き換えるのか→
  2. 2. なぜ、手に入る酵素を入れるだけでは工程にならないのか→
  3. 3. 酵素は何を基準に選び、どの形で使うのか→
  4. 4. 酵素を原材料として、何を管理するのか→
  5. 5. 自分の工程では、何から確かめるのか→
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  1. 1. 生体触媒とは何か、化学合成の何を置き換えるのか→
  2. 2. なぜ、手に入る酵素を入れるだけでは工程にならないのか→
  3. 3. 酵素は何を基準に選び、どの形で使うのか→
  4. 4. 酵素を原材料として、何を管理するのか→
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