生体触媒とは?低分子原薬の製造で酵素を使うと、何が変わるのか

生体触媒(バイオカタリシス)とは、低分子の原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →を作る化学反応の触媒に、金属などの代わりに酵素を使うことです。プロセス開発で合成の道筋を決める人だけでなく、酵素を買う購買や、供給元を管理する品質保証の仕事にも関わります。
一方で、酵素は入れれば済む試薬ではありません。 多くは反応ごとに作り込む必要があり、買い続ける原材料として、作り方の変更や原薬への残り方まで管理する必要があります。
この記事では、生体触媒が化学合成の何を置き換えるのか、手に入る酵素だけでは工程にならない理由、酵素の選び方と使う形、原材料としての管理、自分の工程で何から確かめるかを順に説明します。
- 生体触媒とは:酵素を触媒に使う方法で、片方の鏡像体だけを作り分けるのが得意です。金属触媒だけでなく、金属の除去などの前後の工程もまとめて置き換えます。
- なぜ酵素を入れるだけでは済まないのか:自然の酵素は医薬品の中間体に合わないことが多く、反応ごとに改良が要ります。規模を上げると、失活や阻害で反応が止まることもあります。
- 何を管理するのか:酵素は原材料の一つです。供給元や製法が変わると反応と精製が変わり、原薬に残るタンパク質は不純物として除いたことを示します。
1. 生体触媒とは何か、化学合成の何を置き換えるのか
生体触媒は、酵素の働きで反応を進める方法です。片方の鏡像体(右手と左手のように、重ねられない2つの形)だけを作り分けるのが得意で、金属触媒とその前後の工程をまとめて置き換えられることがあります。
鏡像体を持つ医薬品では、多くの場合どちらか一方を薬として作ります。化学合成でこれを作り分けるには、保護基化学合成中に反応させたくない官能基を一時的にマスクする化学基で、目的の反応後に除去されてもとの官能基が露出する。詳しく →(反応させたくない部分をふさぐ目印)を付けて外すか、片方の形を作りやすくする貴金属の触媒(不斉触媒)を使い、残った金属を後ろの工程で落とします。どちらも工程が伸び、収率が下がります。
シタグリプチンの例
糖尿病薬シタグリプチンの従来の製法は、ロジウムの触媒と高圧の水素で不斉水素化をかける方法でした。立体の純度が足りない分は結晶化で補い、製品に入り込んだロジウムは後段の精製で除く必要がありました。
新しい製法では、トランスアミナーゼという酵素がケトンにアミノ基を一段で付けます。片方の鏡像体だけができ、鏡像体過剰率は99.95%を超えました。 鏡像体過剰率は、目的の形がもう一方をどれだけ上回るかを示す割合です。 2010年の Science 論文では、全体の収率が10〜13%高まり、金属も高圧の水素の設備も要らなくなったと報告されています。

何段もの反応をまとめる例
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染症に使うイスラトラビルでは、さらに大きな置き換えが報告されています。2019年の Science 論文の製法は、9つの酵素(うち5つは改良したもの)を一つの水溶液に入れ、3段階の反応を通します。従来の化学合成は12〜18工程とされ、新法は途中の中間体を取り出さずに、全体の収率は51%でした。
また、反応の条件が穏やかなことも実務に効きます。水系で、常温常圧、中性付近で回せるため、意図して加える金属や有機溶媒が減り、残留溶媒や金属不純物として管理する対象が少なくなります。
つまり、生体触媒を検討するときは、触媒の値段より先に、どの工程と管理が消えるのかを数えます。では、酵素を買ってきて入れれば、その効果は得られるのでしょうか。
2. なぜ、手に入る酵素を入れるだけでは工程にならないのか
自然の酵素は本来の反応に合わせてできており、医薬品の中間体のような人工的な分子には合わないことが多いためです。
基質(酵素が反応させる相手の分子)の形が合わなければ反応は進みません。有機溶媒や高温、極端なpHでは、酵素の形が崩れて働かなくなります(失活)。高濃度の基質そのものが酵素を壊すこともあります。
酵素を作り込む
そこで、市販の酵素の一覧から当たりを探し、足りなければ酵素の改良に進みます。改良には、変異を入れて選抜を繰り返す指向性進化突然変異・選択を繰り返す人工的な進化プロセスにより、目的の性質を持つタンパク質や遺伝子を創出する手法。詳しく →や、立体構造の情報と機械学習を組み合わせた設計(de novo のタンパク質設計と同じ流れ)が使われます。
シタグリプチンでもイスラトラビルでも、使われたのはこうして改良を重ねた酵素でした。改良には時間と費用がかかり、その分だけ工程の開発期間が延びます。
規模を上げると止まる
小スケールで回った反応が、規模を上げると止まることもあります。主に見る変数は、次の4つです。
- 失活:反応時間が延びるほど、働かなくなる酵素が増えます。終盤で転化率が伸びなければ、まず疑う先です。
- 阻害:基質の濃度が高すぎたり、生成物が溜まったりすると、反応が遅くなります。基質を少しずつ足す設計(フェドバッチ)で濃度を抑えられます(酵素阻害)。
- 溶けにくさ:水系で回す以上、基質が溶けなければ反応しません。共溶媒を足せば溶けますが、酵素は失活しやすくなります。
- 平衡:トランスアミナーゼの反応は、原料と生成物の釣り合いが生成物の側に傾きにくい性質があります。アミノ基を渡す相手を大過剰に入れる、副生する小さな分子を抜くといった工夫で傾けます。
どれも小スケールでは見えにくい変数です。このように、生体触媒の工程は、酵素の性能だけでなく反応の条件ごと組み立てる必要があります。では、その酵素はどう手に入れ、どの形で使うのでしょうか。
3. 酵素は何を基準に選び、どの形で使うのか
最初に決めるのは、手に入る酵素で足りるのか、この反応専用に作り込むのかです。 作り込めば反応は合いますが、供給元への依存が生まれます。
- 手に入る酵素:代わりの供給元を探しやすい一方、反応に合わせた性能は出にくくなります。
- 作り込んだ酵素:反応に合わせられますが、改良した酵素の製法と権利が改良した側に残る契約もあり、その場合は供給元が1つに絞られます。
もう一つは、酵素を使う形です。
- 発酵型:細胞ごと使います。補酵素(NAD(P)H のように、反応で消費される補助の分子)の再生を細胞に任せられる一方、細胞の代謝が副生物を作り、精製が面倒になることがあります。
- 無細胞生きた細胞を使わず、試験管内の酵素反応だけで目的物を合成・増幅する方式。詳しく →型:酵素だけを取り出して使います。細胞の都合に縛られず設計の自由度が高い代わりに、補酵素を外から入れるか、再生の仕組みを別に組みます(無細胞タンパク質合成と同じ発想です)。
- 固定化:酵素を担体に固定し、ろ過で回収して繰り返し使います。製品に酵素が混ざりにくく原価も下げられますが、固定化で活性が落ちる品目もあります。
形によって、移管先に要る設備も変わります。無細胞型では酵素の発酵、反応、精製の3つをそろえる必要があり、この3つを並べて検証する移管の例もあります(無細胞型の製造の移管)。発酵型で規模を上げるときは、通気とせん断の条件も変わります。
つまり、酵素の選び方と使う形は、反応の性能だけでなく、誰から買い続けるか、どこで作れるかまで決めます。ここから先は、その酵素を工程に入れたあとの管理の話です。
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- 4. 酵素を原材料として、何を管理するのか
- 5. 自分の工程では、何から確かめるのか
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ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- Savile CK, Janey JM, Mundorff EC, et al. Biocatalytic asymmetric synthesis of chiral amines from ketones applied to sitagliptin manufacture. Science. 2010;329(5989):305-309. Science
- Huffman MA, Fryszkowska A, et al. Design of an in vitro生きた動物の体外で、試験管やシャーレなどを用いて細胞・組織・分子レベルで行う実験を指す用語。詳しく → biocatalytic cascade for the manufacture of islatravir. Science. 2019. DOI: 10.1126/science.aay8484(9つの酵素、3段階、従来法12〜18工程)
- US EPA, Presidential Green Chemistry Challenge: 2010 Greener Reaction Conditions Award(Merck と Codexis のシタグリプチン製造法)
- Merck Research Laboratories の研究チーム, Holistic Analytical Characterization and Risk Assessment of Residual Host Cell Protein Impurities in an Active Pharmaceutical Ingredient (API) Synthesized by Biocatalysts(プレプリント。大腸菌の細胞破砕液を使って作った MK-1454 の例。許容量は品目ごとに決める、分析法と免疫原性予測の組み合わせ)
- PharmaSource, eXoZymes partners with Curia for NCT technology transfer and scale-up(無細胞型の NCT の製造を、2026年第4四半期に移管し、2027年の大規模生産につなげる計画)
- ICH Q11原薬の開発・製造を扱い、原薬側の管理戦略の作り込みを示すICHのガイドライン。詳しく →, Development and Manufacture of Drug Substances
- FDA, Q7 Good Manufacturing Practice Guidance for Active Pharmaceutical Ingredients, Guidance for Industry
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/biocatalysis-small-molecule-manufacturing