News-Medical の報道によれば、Deliverome と呼ばれる計画が動き出した。報道および計画側の説明によれば、内容は次のとおりである。
- 新薬が効くためには、必要とされる正確な細胞種に到達し、多くの場合は細胞内に入る必要がある
- Deliverome は、ヒト細胞の表面に存在するタンパク質と、そのうちどれが荷物を細胞内部へ運び込めるかを、大規模かつオープンアクセスで地図化することを目指す
- 質量分析とゲノミクスを組み合わせ、細胞種ごとに表面タンパク質の存在量を測るとともに、各タンパク質が分子を細胞表面から内部へ運べるかを測定する
- Astera Institute から500万ドルのシード資金を得ている。Flagship Research Organization(FRO)として、約5年かけてデータを継続的に「マイクロ出版」の形で公開する方針としている
- データセットは機械学習で使いやすい形に設計するとしている
「標的は分かっているが、届けられない」——この問題を、標的探索とは別の地図として扱おうとしている点が新しい。
「結合する」と「入る」は別の性質
細胞表面のタンパク質を狙う医薬品は多い。しかし、そこで求められる性質は用途で異なる。
- 抗体医薬:表面に結合し、シグナルを止めるか、エフェクター機能で細胞を排除する。細胞内に入る必要はない
- 抗体薬物複合体(ADC):結合した後に取り込まれ、リソソームで薬物が遊離する必要がある。取り込みの有無と速度が効力を決める
- 核酸医薬:siRNA やアンチセンスは、細胞内に入って初めて働く
つまり ADC や核酸医薬では、発現量が多い標的が良い標的とは限らない。発現量が多くても取り込まれないタンパク質は、運び屋としては使えない。
GalNAc–siRNA が肝臓で成功したのは、アシアロ糖タンパク質受容体が高発現かつ取り込み活性が高いという、両方の条件を満たす例外的な組み合わせがあったためである。他の臓器で同じものが見つかっていないことが、肝臓以外への送達が進まない理由の一つになっている。
「取り込めるか」を系統的に測るという発想
表面タンパク質の一覧(サーフェイソーム)を作る試みは以前からある。質量分析で膜画分を測れば、何がどれだけあるかは分かる。
Deliverome が加えようとしているのは、そのタンパク質が分子を内部へ運べるかという機能の軸である。これを測るには、結合だけでなく取り込みを検出する系が要る。
系統的に測ることの意味は、次の点にある。
- 細胞種ごとの差が見える。標的の選定では、標的細胞と正常細胞の差が治療域を決める
- ネガティブなデータが残る。取り込まれなかったタンパク質の情報は論文になりにくいが、実務では「試して駄目だった」ことこそ知りたい
- 横断的な比較ができる。個別の論文は測定条件が揃わないため、比べられない
データの出し方が設計されていること
計画側が「マイクロ出版」の形で継続的に公開するとしている点は、この種の資源の性質に合っている。
大規模な測定データは、論文としてまとまるのを待つと数年が経つ。その間、データは使われない。一方で、機械学習で使うことを前提にすると、まとまった量と一貫した形式が要る。
- 測定条件が揃っていること
- 陰性の結果も含まれること
- 形式が機械可読であること
in silico の抗体設計で示されたように、計算手法の性能は学習に使えるデータの質と量に強く依存する。送達の予測についても、事情は同じと考えられる。
製造の側から見ると
送達の選択肢が増えることは、モダリティの選択の幅が広がることを意味する。そして選ぶモダリティが変われば、必要な製造技術が変わる。
- リガンド結合型の核酸医薬なら、固相合成と結合工程
- 抗体オリゴヌクレオチド複合体(AOC)なら、抗体製造と核酸製造の両方、加えて部位特異的結合
- LNPに標的化リガンドを載せるなら、粒子径とリガンド密度の管理
いずれも、標的が決まってから工程を組むのではなく、標的の性質が工程の形を決める。生体内分布の評価で見るべき項目も、送達機構によって変わる。
肝臓以外へ届く経路が見つかるかどうかは、この分野の当面の分水嶺になっている。地図を作る、という地味な作業がそこに効くという見立ては、順序として妥当といえる。
※ 本ページは公開情報(News-Medical の報道および計画側の公開情報)をもとにしたProglenth編集部による整理です。資金規模・実施体制・公開方針の詳細は一次情報および計画の公式発表をご確認ください。本文中の解説は薬物送達一般の構造に関する説明であり、当該計画の具体的な手法や成果を示すものではありません。