遊離チオールとジスルフィド結合の分析:結果の読み方と読み違い

ロットごとに凝集体の量が揺れる。安定性試験出荷時から有効期限まで品質特性が規格内にとどまることを確認する試験。詳しく →で、保存中に断片が増えていく。アミノ酸の並びはまったく同じなのに、そんなことが起きます。疑う候補の一つが、システイン同士の「つなぎ方」です。
抗体は、システインというアミノ酸の硫黄どうしを結んだジスルフィド結合システイン残基どうしが作るS-S結合。タンパク質の立体構造を留める橋になる。詳しく →(S-S結合)で、折りたたみと鎖の組み合わせを留めています。IgG1では鎖の内側に12本、鎖と鎖のあいだに4本、あわせて16本です。相手が見つからずに余ったシステインが遊離チオール(未対合システイン、free thiol)で、結ぶ相手が本来とは別のシステインにかけ替わる現象がジスルフィドスクランブリングです。
測る方法は、余りの総量を見るEllman法(エルマン法)と、誰と誰が結ばれているかを見る非還元ペプチドマッピングタンパク質を断片に切り分け、どこがどれだけ化学変化したかを調べる分析。詳しく →の二本立てです。答える問いが違うので、片方の結果だけでは見落とします。
ジスルフィド結合が乱れると何が起きるか ― 凝集・断片・活性
ジスルフィド結合は、折りたたみを固定する共有結合の留め具です。
鎖の内側の結合は、抗体を構成する各ドメインの形を保ちます。鎖と鎖のあいだの結合は、重鎖抗体を構成する2種類のポリペプチド鎖のうち分子量が大きい方で、抗体の基本骨格と主要な機能領域を担う。詳しく →と軽鎖抗体を構成する2種類のポリペプチド鎖のうち分子量が小さい方で、重鎖と対になって抗原結合部位を形成する。詳しく →、そしてヒンジ部の重鎖どうしをつないで、4本の鎖を1つの分子にまとめます。留め具が外れれば断片になり、かけ替われば周囲の折りたたみが変わります。変わった場所が抗原への結合やエフェクター機能に近ければ、活性が落ちることもあります。
遊離チオールの厄介さは、反応性の高さにあります。表面に出ている遊離チオールは「相手のいない手」のようなもので、近くにある別の分子のチオールやジスルフィドと反応して、分子どうしを架橋してしまいます。こうしてできた共有結合性の凝集体は、還元剤を加えないと元に戻りません。同じ遊離チオールが、結合のかけ替え(チオール・ジスルフィド交換)の起点にもなります。一方、分子の内側に埋もれた遊離チオールは反応しにくく、害は小さい側です。
サブクラスヒトIgGのIgG1〜IgG4という分類。エフェクター機能や補体活性化の強弱がそれぞれ異なる。詳しく →によっても、乱れ方は違います。IgG2は鎖間の組み方が異なる複数のジスルフィド異性体(アイソフォーム)を取りうることが知られ、IgG4はヒンジのシステインが鎖内で結合しやすく、半抗体(half-antibody)ができやすい性質があります。
遊離チオールは凝集とかけ替えの両方の起点として働くので、量だけでなく、どこにあるチオールかまで見る必要があります。
製造の途中で結合がほどけた実例 ― 収穫工程での抗体の還元
ジスルフィド結合が乱れるのは、精製を終えた後とは限りません。培養で抗体を作る工程の途中で、切れてしまうことがあります。
2010年に、Biotechnology and Bioengineering 誌に2本の報告が出ました。培養をスケールアップした収穫の工程で、抗体の鎖間ジスルフィド結合抗体の重鎖と軽鎖などをつなぐS-S結合。部分還元でチオール基を作り、ADCの結合点に利用する。が還元され、製品が失われた事例です。細胞が強い機械的なせん断で壊されると、細胞の中にあるチオレドキシン系の酵素が培養液へ漏れ出し、それが抗体の結合を還元したと考えられています。防ぐ手段としては、収穫した液への空気の吹き込み、EDTA・シスチン・銅塩の添加、pHを下げる操作などが検討されました。
実務でこの話が効くのは、収穫や清澄化の条件を変えたときです。遠心のように細胞に強いせん断がかかる操作を変えたあと、非還元のサイズ分析で断片が増えたなら、鎖間ジスルフィドの還元を疑う価値があります。還元された結合は遊離チオールとして現れるので、Ellman法の値も一緒に動きます。非還元CE-SDSSDSで処理したタンパク質をキャピラリー電気泳動で分離し、抗体などの純度や分子サイズ分布(断片・凝集)を評価する手法です。詳しく →の見方はCE-SDSの記事に、収穫の工程は清澄化の記事にあります。
精製と製剤でも、同じ考え方が働きます。低pHでのウイルス不活化ウイルスの感染性を失わせること。低pH保持や溶媒/界面活性剤処理で、エンベロープウイルスに効きやすい。詳しく →のような酸性の工程は、一般にかけ替えを抑える側に働き、塩基性側に振れる工程や金属の混入は、交換反応を進めかねません。製剤では、pH、微量金属、容器上部の空間(ヘッドスペース)の酸素が、チオールの酸化やかけ替えを左右します。低pHウイルス不活化と凝集の経路と製剤での抑制の記事で扱っています。
ジスルフィド結合の品質は、測る前に工程で決まる部分が大きく、収穫から保存まで各段で守る対象です。
総量と位置を別々に測る ― Ellman法と非還元ペプチドマッピング
知りたいのは、余った遊離チオールが全部でどれだけあるかと、結合が正しい相手と組まれているかの2つです。
| 方法 | 答える問い | 分からないこと |
|---|---|---|
| Ellman法 | 遊離チオールは抗体1分子あたり平均いくつか | どのシステインか。結合のかけ替え |
| 非還元ペプチドマッピング(LC-MS液体クロマトグラフで成分を分離したうえで質量分析計にかけ、分子量を測って物質の同定や定量を行う手法です。詳しく →) | どのシステインがどれと結ばれているか。非天然の結合はあるか | 調製中にできた偽の結合との区別は、調製条件で保証する必要がある |
Ellman法は、試薬が遊離チオールと反応して黄色い物質を出すことを使い、色の濃さから抗体1分子あたりのチオールの数を求めます。吸光度を読む測定なので、紫外可視分光光度計やプレートリーダーがあれば自社でも測れます。簡便で定量的な反面、出てくるのは平均値で、どのシステインが余っているかは分かりません。含量が低いと、感度が課題になることもあります。
測り方で数字の意味が変わる点にも注意してください。天然の状態のまま測ると、表面に出ていて反応しやすいチオールだけが応答します。変性剤でほどいてから測ると、内側に埋もれていた分も加わって総量が分かり、2つの差から反応しやすいチオールの量を推し量れます。
非還元ペプチドマッピングは、ジスルフィドを切らないまま酵素で刻み、結合でつながったペプチドの対を質量分析(LC-MS/MS液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせ、断片を一つずつ読んで配列や修飾部位を特定する手法。詳しく →)で同定する方法です。還元してから刻んだ試料と見比べれば、どのペプチドどうしがつながっていたかが読めます。結合の位置を決めるには、ジスルフィドを直接切る方式のフラグメンテーション(ETDなど)が有利です。ペプチドマッピングそのものの考え方はペプチドマッピングの記事にまとめています。
位置を詰める前に全体を眺めたいときは、全長の質量を測るインタクト重鎖2本・軽鎖2本がつながった完全長の抗体分子。CE-SDSで主ピークとして純度を評価する。詳しく →質量の分析が向きます。硫黄が1個多いトリスフィド、1個少ないチオエーテル、半抗体は、質量や大きさの違いとして見えるからです。トリスフィドは培養中にできる硫化水素に由来すると考えられ、多くの抗体で観察されます。異常とは限らず、分子固有のプロファイルとして把握し、工程変更の前後で一定かを見ます。ただし、かけ替わった結合は質量が同じなので、全長の質量では見分けにくく、位置を決める非還元ペプチドマッピングの出番です。インタクト質量分析の記事で詳しく解説しています。
総量はEllman法、位置は非還元ペプチドマッピングが答えるので、片方の結果でもう片方の問いに答えたことにはなりません。
よくある読み違い
いちばん多いのは「遊離チオールがほとんどないから、結合は正しい」という読み方です。かけ替わった結合は、相手が変わっただけで、遊離チオールを増やしません。Ellman法の値が低くても、かけ替えは見えないのです。しかも出てくるのは平均なので、特定の1か所の乱れは薄まって見えなくなります。
2つ目は「遊離チオールが減ったから、品質が良くなった」という読み方です。保存中に値が下がったとき、行き先が正しい結合とは限りません。別の分子と架橋して凝集体に取り込まれた場合も、値は下がります。減った分がどこへ行ったかを、凝集体の分析の結果と並べて確かめます。
3つ目は「非天然の結合が見つかったから、製品にもともとあった」という読み方です。ペプチドマッピングの試料調製の最中に、偽の結合ができることがあります。塩基性の条件はチオール・ジスルフィド交換を加速し、金属イオンの混入も交換を促します。そのため、消化は弱酸性から中性で行い、遊離チオールをNEM(N-エチルマレイミド)やヨードアセトアミドであらかじめ塞ぎ(キャップ)、金属を避けるのが基本です。ここが甘い報告書は、調製中にできた結合を分子本来の姿と取り違えている恐れがあります。
4つ目は「遊離チオールがある抗体は不良」という思い込みです。システイン結合抗体の鎖間ジスルフィドを部分還元して生じるチオール基に薬物を結合させる方式。偶数のDAR分布になりやすい。詳しく →型のADCは、鎖間ジスルフィドを穏やかに還元して遊離チオールを出し、そこに薬物リンカーADCで抗体とペイロードをつなぐ部分。両者の結合や体内での薬物放出の性質を左右する。詳しく →をつなぎます。この場合のチオールは設計どおりで、むしろ過不足が品質を決めます。詳しくはADCのDARの記事に、還元剤の製品はADCの還元試薬のページにあります。
値の低さや、結合が見つかったかどうかだけで判断せず、その数字が何を見逃す方法で出たかを添えて読みます。
報告書と受託先で確かめること
ICH Q6Bは、構造の特性解析の項目としてジスルフィド架橋と遊離SH基を挙げています。重要品質特性(CQA)製品の品質・安全性・有効性を保証するため規格内に収めるべき重要な品質特性。に位置づけるかは分子ごとの影響評価で決め、工程を変えたときは、変更の前後で保たれているかを比較可能性(ICH Q5E)の資料に入れます。
受託先に頼むとき、価格より先に聞きたいのは数字の出し方です。Ellman法の結果は抗体1分子あたりの数で出るので、分母になるタンパク質濃度の測り方が数字を左右します。システインのようにチオール基システイン残基が持つ-SH基。ジスルフィド結合の還元で生じ、マレイミドなどと結合する反応点になる。詳しく →を持つ添加物が製剤に入っていると、その分も拾います。
非還元ペプチドマッピングでは、調製の条件に加えて、確認できた結合の範囲を見ます。IgG1の16本のうち何本を帰属でき、帰属できなかったシステインはどれか。非天然の結合をどの量まで検出できるのか。この範囲まで書かれた報告書は、工程変更の説明資料としても使えます。LC-MS装置はLC-MSの製品ページに、非還元のサイズ分析はCE-SDSの製品ページにあります。
調製条件、帰属できた範囲、比較の条件の3つが書かれていれば、報告書の確かさはおおよそ判断できます。
明日から確かめられること
手元の特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。詳しく →の報告書や、受託先から届いた結果を開いて、次の点を見てみてください。
- 遊離チオールの値は、天然のまま測った値か、変性させて測った値か。どちらかが書かれているか
- 値の分母になるタンパク質濃度の測り方と、定量下限が書かれているか
- チオール基を持つ添加物の入った製剤を、そのまま測っていないか
- 非還元ペプチドマッピングの消化pH、遊離チオールのキャップ、金属への対策が記録されているか
- 確認できた結合の数と、確認できなかったシステインが示されているか
- 変更の前後やロット間の比較が、同じ日に同じ条件で測った試料でされているか
参考文献
- ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products(構造の特性解析の項目としてジスルフィド架橋と遊離スルフヒドリル基に言及)
- ICH Q5E製造工程の変更前後で製品が同等・比較可能かを評価する考え方を定めたガイドライン。詳しく →, Comparability of Biotechnological/Biological Products Subject to Changes in Their Manufacturing Process
- Trexler-Schmidt M, et al. Identification and prevention of antibody disulfide bond reduction during cell culture manufacturing. Biotechnol Bioeng. 2010. doi:10.1002/bit.22699(スケールアップした収穫工程での鎖間ジスルフィド結合の還元と、その防止策)
- Kao YH, Hewitt DP, Trexler-Schmidt M, Laird MW. Mechanism of antibody reduction in cell culture production processes. Biotechnol Bioeng. 2010;107(4):622-632. doi:10.1002/bit.22848(細胞の破壊で漏れ出したチオレドキシン系などの酵素による還元)
- Liu H, May K. Disulfide bond structures of IgG molecules: structural variations, chemical modifications and possible impacts to stability and biological function. mAbs. 2012.
- Wang W, Singh S, Zeng DL, King K, Nema S. Antibody structure, instability, and formulation. J Pharm Sci. 2007.
次に読む
抗体医薬/モノクローナル抗体この製造の全体像を、工程マップで見るこの記事に関連する工程
この分野の新着を、メールで受け取る
こうした製造・分析・品質の解説記事と、装置・試薬の新製品ニュースを毎週水曜の朝にお届けします。登録は無料で、いつでも解除できます。
登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。閲覧の記録(どのページから、どの会社のサイトへ移ったか)を、ご案内のために使います。
目次・関連閉じる
Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/free-thiol-disulfide-analysis