抗体医薬基礎知識・分析

遊離チオールとジスルフィド結合の分析:総量測定と結合位置の同定

システインは、タンパク質のなかでも少し特別なアミノ酸です。側鎖の先にチオール基(−SH)を持ち、2つのシステインのチオールが酸化して結びつくと、ジスルフィド結合システイン残基どうしが作るS-S結合。タンパク質の立体構造を留める橋になる。(−S−S−)という共有結合ができます。抗体はこの結合を「縫い目」のように使い、ドメインの内側を留め、重鎖・軽鎖・ヒンジを1つの分子にまとめて、立体構造を保っています。

LC-MS#ジスルフィド結合#遊離チオール#システイン#ペプチドマッピング
遊離チオールとジスルフィド結合の分析:総量測定と結合位置の同定

注意したいのは、この縫い目がいつも設計どおりとは限らない点です。本来ジスルフィドを組むはずのシステインが相手を見つけられずに余ってしまう——これが遊離チオール(未対合システイン、free thiol)です。あるいは、いったんできた結合がほどけて別の相手と組み直る(ジスルフィドスクランブリング)こともあります。こうした状態は、折りたたみ(高次構造アミノ酸鎖が折りたたまれてできる立体構造。二次・三次構造などの階層があり、品質特性として評価する。)、熱・保存安定性、凝集のしやすさ、そして活性にまで影響しうるため、抗体医薬では品質特性として押さえておく対象になります。

分析として答えるべき問いは、大きく2つに分かれます。「余っている遊離チオールがどれだけあるか(総量)」と、「ジスルフィド結合が正しい相手同士で組まれているか(位置)」です。前者はEllman法などの総遊離チオール定量が、後者は非還元ペプチドマッピングタンパク質を断片に切り分け、どこがどれだけ化学変化したかを調べる分析。LC-MS液体クロマトグラフで成分を分離したうえで質量分析計にかけ、分子量を測って物質の同定や定量を行う手法です。詳しく →が主役になります。本稿では、なぜ効くのかから、抗体のジスルフィド構造、変化のかたち、総量の測定、結合位置の同定、そして製造・製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。での管理までを、実務目線で順に整理します。

なぜ遊離チオールとジスルフィド結合が品質に効くのか

ジスルフィド結合は、折りたたみを固定する共有結合の「留め具」です。鎖内(ドメイン内)のジスルフィドは各Ig様ドメインの立体構造を安定化し、鎖間のジスルフィドは重鎖・軽鎖・ヒンジを1分子として束ねます。つまりジスルフィド結合の正しさは、そのまま高次構造の正しさと重なります。高次構造そのものの評価は 高次構造解析、折りたたみの熱的な安定性は DSCによる熱安定性評価 を参照してください。

遊離チオールが問題視されるのは、チオール基システイン残基が持つ-SH基。ジスルフィド結合の還元で生じ、マレイミドなどと結合する反応点になる。の反応性が高いからです。露出した遊離チオールは、次のような形で品質に効いてきます。

  • 共有結合性凝集ジスルフィド架橋などの共有結合で固定された凝集。変性条件でも解けにくい。の起点⁠:遊離チオールが別の分子のチオールやジスルフィドと反応すると、分子間がジスルフィドで架橋され、還元しないと戻らない凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →(共有結合性ダイマー以上)を生じます。凝集の経路と引き金は タンパク質凝集の経路と製剤での抑制 にまとまっています。
  • スクランブリングの触媒⁠:遊離チオールはチオール–ジスルフィド交換反応の起点になり、正しい結合の組み換えを促します。
  • 不均一性の増加⁠:未対合・ミスペア・修飾が混ざると、1つのはずの分子種が複数に割れ、特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。や規格設定を複雑にします。

さらに、結合位置がずれる(ミスペアする)と、その周辺の局所的な折りたたみが変わり、安定性の低下や、抗原結合・エフェクター機能抗体が免疫系を動かして標的細胞を排除する働き。ADCCやCDCなどがある。に関わる領域なら活性の低下につながることもあります。「総量」と「位置」の両方を見る理由は、片方だけでは品質のどこが崩れているのかを特定できないためです。

POINT

遊離チオールとジスルフィド結合の分析は、「余った遊離チオールがどれだけあるか(総量)」と「結合が正しい相手同士で組まれているか(位置)」の2つの問いに答える作業です。総量はEllman法など、位置は非還元ペプチドマッピングとLC-MSが担い、両者は補い合う関係にあります。

抗体のジスルフィド構造:鎖内・鎖間と不均一性

IgG抗体のジスルフィド結合は、大きく鎖内(intra-chain)と鎖間(inter-chain)に分かれます。鎖内は各Ig様ドメインの内部でループを閉じて折りたたみを安定化し、鎖間は重鎖と軽鎖のあいだ、およびヒンジ部の重鎖同士をつないで四本鎖構造を成立させます。IgG1では、鎖内12本と鎖間4本、あわせて16本のジスルフィド結合が保存的に形成されるとされます。

種類つなぐ相手主な役割
鎖内ジスルフィド同じドメイン内のシステイン同士ドメインの折りたたみを安定化
鎖間(重鎖–軽鎖)重鎖と軽鎖半分子(HL)を形成
鎖間(ヒンジ)重鎖同士2つの半分子を連結

サブクラスヒトIgGのIgG1〜IgG4という分類。エフェクター機能や補体活性化の強弱がそれぞれ異なる。による違いも実務では重要です。IgG2はヒンジ部のジスルフィドが多く、鎖間の組み方が異なる複数のジスルフィド異性体(構造アイソフォーム)を取りうることが知られます。IgG4はヒンジのシステインが鎖内ジスルフィドを作りやすく、その結果として半抗体(half-antibody)を生じやすい性質があります。したがって、どのサブクラスを選ぶかは、そのまま不均一性の出方や遊離チオールのできやすさに関わってきます。

遊離チオールの由来もいくつかあります。細胞内での折りたたみ・組み立て時に鎖間ジスルフィドが完成しきらないこと、培養環境の還元的な条件、あるいは構造の内側に埋もれて相手と出会えないシステインなどです。ここで押さえたいのは、埋もれた(buried)チオールは反応性が低く安定側に働く一方、表面に露出した遊離チオールは反応性が高く、凝集やスクランブリングの起点になりやすいという違いです。総量だけでなく「どこにあるチオールか」を意識する必要があるのは、この反応性の差があるためです。

ジスルフィドスクランブリング・トリスフィド・チオエーテル

ジスルフィド結合まわりに起きる「変化のかたち」は、代表的に3つを押さえておくと整理しやすくなります。

ジスルフィドスクランブリング(組み換え)⁠は、いったんできた正しいジスルフィドがほどけ、別の相手と非天然の結合を組み直す現象です。遊離チオールの存在、塩基性(アルカリ性)条件、加熱などが引き金になります。結合の相手が変わると高次構造も変わるため、スクランブリングは安定性・活性の観点で監視対象になります。特に、分析のためのサンプル調製中に意図せず起こすと、本来の結合状態を見誤る原因になります(後述)。

トリスフィドは、ジスルフィドに硫黄原子が1つ余分に挿入された(−S−S−S−)構造です。細胞培養中に生じる硫化水素(H2S)に由来すると考えられ、多くの抗体で観察される特性化項目です。質量は通常のジスルフィドより約32 Da(硫黄原子1個分)増えます。一般に活性への影響は小さいとされ、システインなどで処理すると通常のジスルフィドへ戻せることが知られています。

チオエーテルは逆に、ジスルフィドから硫黄が1つ失われた架橋(−S−)で、質量は約32 Da減ります。ヒンジ付近など特定の位置で生じうる修飾で、こちらも特性化のなかで識別しておく対象です。

これらはいずれも、質量の増減(±32 Daなど)や結合様式の違いとして、質量分析分子の質量を精密に測る手法。鎖の組み合わせ違いを分子量差として捉え純度評価に使う。で見分けられます。どれも「異常」とは限らず、分子固有のプロファイルとして把握し、工程変更の前後で一定に保たれているかを見る、という付き合い方になります。

総遊離チオールを測る:Ellman法とその周辺

遊離チオールの総量を測る古典的な方法がEllman法です。Ellman試薬(DTNB=5,5'-ジチオビス(2-ニトロ安息香酸))が遊離チオールと反応すると、TNB(2-ニトロ-5-チオ安息香酸)アニオンが遊離します。TNBは約412 nmに特徴的な吸収を持つため、その吸光度とモル吸光係数その分子が特定の波長の光をどれだけ効率よく吸収するかを示す値。から、タンパク質1モルあたり何モルの遊離チオールがあるか(mol SH/mol protein)を定量できます。

ここで効いてくるのが測定条件です。天然状態のまま測ると、表面に露出した反応しやすいチオールだけが応答します。一方、グアニジン塩酸塩タンパク質の立体構造を崩して変性させる試薬で、封入体の可溶化や巻き戻し前の展開などに使われます。詳しく →などの変性剤で分子をほどいてから測ると、内部に埋もれていたチオールも露出し、「総」遊離チオール量を捉えられます。露出分と総量を測り分けることで、反応性の高いチオールがどれだけあるかを推し量る使い方もできます。

Ellman法の長所は、簡便で定量的なことです。ただし、あくまでバルク(全体)の平均値であり、「どのシステインが余っているか」という位置情報は得られません。含量が低い場合は感度が課題になることもあります。より高感度に、あるいは部位ごとに見たい場合は、マレイミドチオール基と選択的に結合する反応基。システイン結合型ADCで薬物リンカー側に用いられる。系試薬で遊離チオールを蛍光・質量標識してLCやMSで検出する手法が使われます。

なお、遊離チオールは間接的に別の分析にも顔を出します。鎖間ジスルフィドが不完全な(=遊離チオールを含む)分子は、非還元条件のサイズ分析で断片種として現れます。非還元での純度製品にどれだけ目的物質だけが含まれ、不純物や変性体が少ないかを示す指標です。抗体では単量体の割合やサイズの異なる成分の量などを見ます。詳しく →・断片の見方は CE-SDS、分子量から俯瞰する見方は インタクト質量・サブユニット質量分析 を参照してください。Ellman法が「総量」を、これらが「サイズ・分子量への現れ方」を担う、という役割分担で捉えると全体像がつかめます。

ジスルフィド結合を位置で押さえる:非還元ペプチドマッピングとLC-MS

「どのシステインとどのシステインが結ばれているか」を確定するのが、非還元ペプチドマッピングです。基本の考え方は、タンパク質を非還元条件のままプロテアーゼ(トリプシンなど)で消化することにあります。ジスルフィドを切らずに消化すると、結合で繋がった2本のペプチドは1つの繋がったペアとして検出され、その質量と配列をLC-MS/MS液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせ、断片を一つずつ読んで配列や修飾部位を特定する手法。で同定できます。還元してから消化したサンプルと比較すれば、どのペプチド同士が結合していたかを読み解けます。ペプチドマッピング一般の原理・配列カバレッジ理論配列のうち、実測ペプチドで説明できた範囲の割合で、高いほど全体を確認できた裏づけ。の考え方は ペプチドマッピング にまとまっています。

原理的には、ジスルフィドで結合したペプチドの質量は「2本のペプチドの質量の和から水素2個分を引いた値」になります。この関係を手がかりに、天然のペア(正しい結合)と非天然のペア(スクランブリングやミスペア)を区別していきます。

この分析で最大の勘所は、サンプル調製中にスクランブリングを起こさないことです。塩基性条件はチオール–ジスルフィド交換を加速するため、消化は弱酸性〜中性側で行うのが定石です。あわせて、遊離チオールをあらかじめアルキル化(NEM=N-エチルマレイミドやヨードアセトアミドジスルフィド結合を還元して開き、生じたチオール基をアルキル化して再結合を防ぐために組み合わせて使う試薬です。詳しく →でキャップ)して反応性を止め、交換反応を触媒する金属イオンの混入を避けます。ここを疎かにすると、「調製中に作った偽の結合」を分子本来の姿と取り違えかねません。

検出側の工夫として、ETDやEThcDといった電子ベースのフラグメンテーションは、ジスルフィド結合を直接切って結合位置を決めるのに有利です。また、位置情報を持たないインタクト/サブユニット質量分析抗体をIdeS消化や還元で大きな断片に割ってから測り、インタクトより高い分解能で全体像も保つ手法。は、トリスフィド(+32 Da)や半抗体、スクランブリングといった変化の「全体像」を素早く俯瞰するのに向き、非還元ペプチドマッピングと補い合います。位置で詰める前に全体を掴む、という順で組み合わせると効率的です。

POINT

非還元ペプチドマッピングの成否は、サンプル調製でスクランブリングを抑えられるかにかかっています。弱酸性〜中性での消化、遊離チオールのアルキル化によるキャップ、金属の排除が基本の三点セットです。ここを外すと、調製中に生じた非天然結合を分子本来の結合と誤認する恐れがあります。

製造・製剤での管理

分析で見えた遊離チオールやジスルフィドの状態は、工程条件と直結しています。まず培養(上流)では、培地の還元/酸化バランス、銅などの金属、システインの供給、そして硫化水素の発生が、ジスルフィドの完成度・トリスフィドの生成・遊離チオールの残り方に影響します。溶存酸素やレドックス還元型/酸化型グルタチオンなど、リフォールディング時にジスルフィド形成を助ける酸化還元系。環境の管理が、こうしたプロファイルを左右する要素になります。

精製(下流)では、pHがひとつの鍵です。低pHでのウイルス不活化精製の途中で液を一定時間低いpHにさらし、混入しうるエンベロープウイルスを不活化するウイルス安全対策です。詳しく →のような酸性条件は、一般にジスルフィドスクランブリングを抑える側に働きます。逆に、中和後や陰イオン交換正に帯電した担体に負電荷の物質を吸着させて分離する手法。フロースルーでDNAやウイルスを除くのに使う。など塩基性側に振れる工程、あるいは金属の混入は、交換反応を促しうるため、工程設計で意識される点です。

製剤・保存の段階では、pH、微量金属、容器ヘッドスペースの酸素が、チオールの酸化やスクランブリングの進み方を決めます。対策としては、キレート剤金属イオンをつかまえるキレート剤。グラム陰性菌の外膜を不安定化させ溶解を助ける。(EDTAなど)による金属の封鎖、メチオニンの添加、ヘッドスペース酸素の低減、pHの最適化などが挙げられ、これらは凝集の引き金を抑える製剤設計有効成分を安定に保ち投与しやすくするため、pH・緩衝剤・添加剤などの処方を検討して決める工程です。詳しく →の考え方と重なります。ここでも タンパク質凝集の経路と製剤での抑制 の観点が実務では役立ちます。

規制・品質の枠組みでは、ICH Q6Bが、構造特性解析の項目としてジスルフィド架橋と遊離スルフヒドリル(SH)基を明示的に挙げています。したがって、これらは開発初期の特性解析で押さえるべき基本項目であり、工程変更時の比較可能性評価(ICH Q5E)や安定性試験のなかでも、変更・保存の前後でプロファイルが保たれているかを確認していきます。重要品質特性(CQA)製品の品質・安全性・有効性を保証するため規格内に収めるべき重要な品質特性。として扱うかどうかは、分子ごとの影響評価に基づいて判断する、という位置づけです。

実務の骨格をひとことでまとめると、Ellman法などで遊離チオールの総量を押さえ、非還元ペプチドマッピングとLC-MSで結合位置と非天然種を確定し、上流・下流・製剤の各段で条件を管理して、比較可能性製造工程の変更前後で製品が同等・比較可能かを評価する考え方を定めたガイドライン。・安定性のなかでプロファイルの恒常性を示す、という流れになります。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。