宿主細胞DNAの規格は何で決まる?10 ngの意味と工程での下げ方

宿主細胞のDNAの上限といえば、10 ng/dose(1回の投与あたり10ナノグラム)という数字だけが一人歩きしています。実際には、使った細胞が腫瘍をつくる性質を持つかどうかや、投与のしかたで、100 pgから10 ngまで幅があります。しかもこの数字は、人で確かめた安全量ではなく、理論上のリスクを見積もって決まった目安です。
出どころを知ると、成績書の数字の読み方が変わります。工程のどこでDNAを落とすか、落としたことをどう示すかも、同じ考え方でつながっています。
10 ngの出どころ ― 理論上の見積もりから決まった目安
DNAを管理する理由は、理論上の二つの懸念です。細胞のゲノムにはがん化に関わる遺伝子があり、完全な形で人の細胞に入れば、発がんの引き金になりえます(造腫瘍性、oncogenicity)。ウイルス由来の配列が細胞に組み込まれていれば、感染性(infectivity)も問われます。
数字の出発点は、1980年代半ばにWHOが委嘱した専門家の合意です。1回の投与で100 pg以下なら、腫瘍ができる確率は100億分の1前後と見積もられ、リスクは無視できるとされました。実験で見つけた量ではなく、仮定を置いた計算です。
その後、腫瘍をつくらない細胞なら10 ng/doseまで認める考え方に改められ、あわせて、DNAの断片を約200 bp(塩基対DNA二本鎖において互いに水素結合で対をなすヌクレオチドの単位で、DNA断片の長さを表す基本単位として使われる。詳しく →)より短く切れば、リスクはさらに下がるとされました。働く遺伝子は200 bpよりずっと長いので、それより短く切れていれば、遺伝子として働く確率が下がる、という理屈です。WHOとFDAの勧告として引かれる数字で、FDAの2010年のワクチン用ガイダンスにも同じ値があります。
レトロウイルス由来の配列を持つ細胞では、100 pg/doseのような、より厳しい値が勧められることがあります。腫瘍をつくる細胞も、10 ngをそのまま当てはめず、リスクを個別に評価します。10 ngも200 bpも法律で決まった固定値ではなく、製品ごとのリスク評価の出発点です。ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →は、宿主細胞DNA生物製剤の製造に使用した宿主細胞のゲノム由来のDNAで、製品品質上除去が求められるプロセス関連不純物。詳しく →を、工程で除くべき不純物の一つに挙げています。
10 ngは、腫瘍をつくらない細胞と注射剤を前提にした目安です。細胞の素性や投与のしかたが違えば、同じ数字がそのまま当てはまるとは限りません。
ロットごとに測るか、工程で保証するか
成績書に残存DNAの欄がなくても、管理していないとは限りません。
EMAの前身の委員会(CPMP)が1997年に出した立場表明は、宿主細胞DNAとHCP医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →の扱いに二つの道を示しました。ロットごとに試験する道と、工程のバリデーションで除去を示す道です。HCPについてはのちの文書に置き換わりましたが、宿主細胞DNAについては、今も有効とEMAのページに書かれています。
後者を選ぶには、工程のどこかで、DNAが一貫して、再現性よく、十分な水準まで除かれることを示します。根拠になるのは、DNAを意図して加え、どれだけ減るかを測る試験です。加えるDNAは、実際の工程で出る大きさの分布に近いものを、想定される残存量より多く入れます。余裕を示せれば、ロットごとの試験を省く説明ができます。そのかわり、細胞や工程を変えたときは、根拠も取り直しです。
成績書に数字がないことと、管理していないことは別です。除去をどう示しているのか、報告書があるかを聞きます。
数字は1回の投与量に直して読む
規格の数字は、1回の投与あたりです。ところが成績書には、抗体1 mgあたりのpgや、1 mLあたりのngで書かれていることがあります。
1回に1 g投与する抗体なら、10 ng/doseは、抗体1 mgあたり10 pgです。500 mgなら、1 mgあたり20 pgです。投与量が多い製品ほど、1 mgあたりに許される量は小さくなります。
もう一つ、測れる下限がこの換算値より十分に低くないと、「検出されず」という結果の意味が変わります。下限が換算値より高ければ、検出されなかったことは、規格に収まっている証拠になりません。下限と規格の関係は、LOD・LOQ計算ツールで確かめられます。測り方と前処理の回収率は残存DNAとは?に整理しています。
AAV遺伝子治療で遺伝子を運ぶウイルスベクター。血清型によって集まりやすい組織が異なる。詳しく →のような遺伝子治療では、同じ数字をそのまま当ててよいかどうかも、製品ごとの議論です。AAV製造における残留DNAの管理で扱っています。
規格の数字は、1回の投与量を掛けて同じ単位に直してから比べます。
工程のどこで落ちるか ― 切る、捕まえる、前に置く
DNAを落とすのは、一つの工程ではありません。
まず、切ります。ベンゾナーゼ核酸を分解する酵素です。製造では培養由来の残存DNA/RNAを分解・除去して製品の純度を高める目的で使い、ベンゾナーゼが代表例です。詳しく →などの酵素でDNAを短くすると、液の粘度が下がり、残るDNAも短くなります。ただ、切っただけでは断片は液に残るので、除くのは後ろの工程の役目です。酵素の使い方と失敗はエンドヌクレアーゼ処理にあります。
次に、捕まえます。DNAはリン酸の骨格のために強く負に帯電しています。抗体を素通りさせ、負に帯電したDNAを樹脂や膜に捕まえるのが、陰イオン交換(AEX)のフロースルークロマトグラフィーで担体に結合せずに流れ出る液(画分)、またはそれを使う運転方式です。目的物を素通りさせ、不純物だけを担体に結合させて除くときに使います。詳しく →です。ウイルスや酸性のHCPも同じ工程で落ちるので、DNAのためだけの工程ではありません(ポリッシング)。樹脂は容量が大きく繰り返し使え、膜は流速が高く、使い捨てなので洗浄バリデーション設備を洗浄した後、前の製品の残留がないことを検証し交叉汚染を管理する活動。詳しく →が要りません。DNAのように微量を確実に除きたい場面では、膜も選択肢に入ります。
さらに、前に置く手もあります。最近の研究に、AEXの繊維状の担体を清澄化の段に使ったものがあります。デプスフィルターだけの場合に比べて、Protein A抗体に特異的に結合するProtein Aを担体に固定し、抗体だけを選択的に捕まえて精製する手法です。抗体医薬の最初の精製工程として定番になっています。詳しく →後の液のDNAが2桁以上低くなり、Protein Aの繰り返し使える回数は2倍以上に伸びたと報告されています。DNAを前段で落とすことが、高価な樹脂の寿命にも効く可能性を示す結果です。
DNAを落とす工程は一か所とは限りません。置く場所によって、後ろの工程にかかる負荷も変わります。
除去を示すとき ― 前後を同じ物差しで測る
除去能は、各工程の入口と出口のDNAを測り、何桁落ちたかで示します。1桁落ちるとは、量が10分の1になることです。ウイルスクリアランス製造工程がウイルスをどれだけ除去・不活化できるかを評価し、製品の安全性を確保する取り組みです。各工程の低減能力を対数の値で示します。詳しく →と同じ考え方で、実際の運転範囲が振れても除けることまで確かめます。
落とし穴は、測り方にあります。qPCRが数えるのは、標的にした配列がつながったまま残るDNAだけです。この仕組みはIVT後の鋳型DNAを消す記事に図があります。ヌクレアーゼで標的の長さより細かく切れたDNAは、液から除かれていなくても、数に入りません。工程の前後を比べると、切れただけなのに「減った」ように見えます。
だから、ヌクレアーゼの工程は、量が減った工程ではなく、長さが短くなった工程として見ます。断片の長さの測定と組にして、どの工程が実際にDNAを除いているのかを分けます。
除去の桁数は、同じ標的の長さで、同じ方法で測った前後の数字だけを比べます。
明日から確かめられること
成績書や、受託先の報告書を開いて、次の点を見てみてください。
- 規格値の単位は、ng/doseか、pg/mgか。1回の投与量を掛けた換算が示されているか
- 使っている細胞に、腫瘍をつくる性質やレトロウイルス由来の配列があるか。あるなら、10 ngより厳しい値で考えているか
- 残存DNAの欄がない場合、工程で保証する設計か。DNAを加えた除去試験の報告書があるか
- 定量下限は、1回の投与量で換算した規格値より十分に低いか
- 工程の前後は、同じ標的の長さで測っているか。ヌクレアーゼの前後を、量の比較だけで済ませていないか
- 量だけでなく、断片の長さ(約200 bp)をどの方法で確かめているか
- 樹脂、膜、順序を変えるときに、DNAの除去を取り直す計画があるか
酵素や担体カラムに充填する多孔質ビーズ。表面のリガンドと成分の相互作用差で目的物と不純物を分離する。詳しく →の候補は、製品データベースのヌクレアーゼ(ベンゾナーゼ等)、AEXレジン、メンブレンクロマトグラフィーで比べられます。測る手段は残存DNA定量(qPCR)にあります。
参考文献
- Yang H. Establishing acceptable limits of residual DNA生物製品の製造工程に由来し、最終製品中に微量残存する宿主または鋳型由来のDNA不純物。詳しく →. PDA Journal of Pharmaceutical Science and Technology. 2013;67(2):155-163. PubMed(WHOとFDAの勧告としての10 ng/doseと200 bp)
- Yang H, Zhang L. PDA Journal of Pharmaceutical Science and Technology. 2016;70(2):157-162.(1980年代半ばの100 pg/doseの合意から、10 ng/doseへの見直しの経緯)
- WHO, Recommendations for the evaluation of animal cell cultures as substrates for the manufacture of biological medicinal products(TRS 978 Annex 3)
- FDA, Guidance for Industry: Characterization and Qualification of Cell Substrates and Other Biological Materials Used in the Production of Viral Vaccines for Infectious Disease Indications(2010年。非腫瘍性の連続細胞株継代を続けても増え続ける、不死化した細胞株です(CHO細胞・HEK293・Vero細胞など)。造腫瘍性の懸念があるため、製品に残る宿主細胞由来のDNAの量と大きさを管理します。で10 ng/dose、断片は200 bp前後)
- EMA, DNA and host cell protein impurities, routine testing versus validation studies(CPMP position statement, 1997)(ロットごとの試験と工程バリデーションの二つの道。宿主細胞DNAについては有効)
- Vail et al. Enhancing rapid Protein A performance in monoclonal antibody processing: Anion exchange chromatographic clarification. Biotechnology Progress. 2025.(清澄化培養液から細胞や破片を取り除いて目的物質を含む上清を回収し、後工程に渡せる清澄な液にする工程です。詳しく →へのAEXで、Protein A後のDNAが2桁以上低下、樹脂の繰り返し寿命が2倍以上)
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく →, Q6B Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/residual-host-cell-dna