残存DNAとは?抗体医薬における宿主細胞由来DNAの評価とqPCR分析
精製工程の担当者なら一度は直面する問いがある。「この数値、本当に大丈夫か?」——CHO細胞で産生した抗体を回収するとき、宿主細胞に由来するDNAが製品中に微量残ることがある。これを残存DNA、またはresidual host cell DNA生物製剤の製造に使用した宿主細胞のゲノム由来のDNAで、製品品質上除去が求められるプロセス関連不純物。と呼ぶ。

ここで見落とされがちな点がある。残存DNAは抗体そのものの変化ではない。凝集体や断片が抗体自身から生じるのに対し、残存DNAは製造工程から持ち込まれる工程由来不純物だ。だからSEC-HPLC多孔質の担体を通る時間差で分子をサイズ順に分離し、抗体の凝集体や断片がどれくらい含まれるかを測る手法です。詳しく →やCE-SDSSDSで処理したタンパク質をキャピラリー電気泳動で分離し、抗体などの純度や分子サイズ分布(断片・凝集)を評価する手法です。詳しく →で見る「純度製品にどれだけ目的物質だけが含まれ、不純物や変性体が少ないかを示す指標です。抗体では単量体の割合やサイズの異なる成分の量などを見ます。詳しく →」とは切り離して、別の分析項目として管理される。評価には主に 残存DNA定量(qPCR) や デジタルPCR(dPCR) を使い、宿主細胞由来DNA製造に使った宿主細胞に由来するDNAの不純物です。安全性の観点から、精製後にどれだけ残っているかを測る試験です。詳しく →を高感度に検出・定量して、精製工程で十分に除去されているか、製品中の残存量が管理範囲にあるかを確かめる。
管理の軸は量だけではない。「DNAの断片サイズ」と「1投与量あたりの残存量」という二つの見方が効いてくる。一般には残存DNA量は 10 ng/dose 以下、断片サイズは 200 bp 程度以下という考え方が広く参照されてきた。たとえ総量がわずかでも、断片が長ければ評価は変わりうる——残存DNAは、量とサイズをセットで読んではじめて意味をなす管理項目品質に影響しうる要素を、規格や手順で規定し・実行し・記録し・検証する対象として管理するもの。GMPでは原材料から出荷判定まで多岐にわたります。詳しく →なのです。
- 残存DNAはCHO細胞などの宿主細胞に由来する工程由来不純物で、純度とは切り離して核酸分析で管理します。
- 管理は残存量(10 ng/dose程度以下)と断片サイズ(200 bp程度以下)の二軸で、qPCRやddPCRで定量します。
- ハーベストから精製までの各工程で低減され、特にAEXやMMCが負電荷を持つDNAの除去に寄与します。
残存DNAとは何か
残存DNAとは、バイオ医薬品の製造に使われる宿主細胞に由来し、最終的な原薬や製剤中に微量に残るDNAのことです。工程由来不純物mRNA製造などで生じる二本鎖RNA(dsRNA)や鋳型DNAなど、製造工程に由来する不純物の残存量を調べる試験です。詳しく →の一つであり、抗体そのものの変化とは区別して管理します。
抗体医薬では、CHO細胞などの哺乳類細胞で目的抗体を産生します。培養後はハーベスト、清澄化、Protein A精製抗体に特異的に結合するProtein Aを担体に固定し、抗体だけを選択的に捕まえて精製する手法です。抗体医薬の最初の精製工程として定番になっています。詳しく →、ウイルス不活化精製の途中で液を一定時間低いpHにさらし、混入しうるエンベロープウイルスを不活化するウイルス安全対策です。詳しく →、ポリッシング、UF / DF半透膜で濃縮するUFと、バッファーを置換するDFを組み合わせ、原薬の濃度と処方を整える工程。といった工程を経て抗体を精製します。一連の流れは 抗体の工程フロー で工程順に確認できます。
この精製の過程で取り除くべき対象が、工程由来不純物です。宿主細胞由来タンパク質であるHCP、宿主細胞由来DNA、培地成分、Protein AリークProtein Aアフィニティ精製で漏れ出したProtein Aの残存量を測るELISAです。精製由来の不純物として管理するために使います。詳しく →などがそれにあたります。
| 分類 | 例 | 主な分析法 |
|---|---|---|
| 製品由来不純物目的物質そのものの変化体(凝集体・分解物など)を指し、製造工程に由来する工程由来不純物とは区別して管理します。詳しく → | 凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →、断片、分解物 | SEC-HPLC、CE-SDS |
| 工程由来不純物 | HCP医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →、残存DNA、Protein Aリーク | ELISA、qPCR、LC-MS液体クロマトグラフで成分を分離したうえで質量分析計にかけ、分子量を測って物質の同定や定量を行う手法です。詳しく →など |
残存DNAは、抗体そのものの変化ではなく、 製造に使った細胞から持ち込まれる不純物 です。純度、HCP、残存DNA、Protein Aリークはそれぞれ性質が異なるため、抗体医薬の品質評価では別々の項目として評価します。
なぜ残存DNAを管理するのか
残存DNAを管理する目的は明確です。製造に使われた宿主細胞由来の核酸が製品中に残ることによるリスクを、低く抑えること。それに尽きます。
連続細胞株や組換え細胞を使うバイオ医薬品抗体・タンパク質・核酸など生体由来の分子を利用して製造された医薬品の総称。では、宿主細胞由来DNAの残存量を低く管理することが求められます。管理の対象はDNA量だけではなく、DNAのサイズや由来、製造工程での除去・分解の状況も含まれます。残存DNAが管理対象になる主な理由は次の通りです。
| 観点 | 残存DNAが関係する理由 |
|---|---|
| 安全性 | 宿主細胞由来DNAを低く管理することで理論的リスクを低減する |
| 工程管理 | 精製工程でDNAが十分に除去されているかを確認する |
| 規格設定 | 原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。・製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。中の残存DNA量を管理する |
| 工程変更 | 製法変更前後でDNA除去能力が維持されているか確認する |
| バッチ比較 | ロット間で残存DNA量が一貫しているかを見る |
理論的に懸念されるリスクは二つあります。宿主細胞由来DNAが持つがん遺伝子本来は細胞増殖を促す正常遺伝子だが、活性化するとがん化のきっかけになりうる遺伝子。(オンコジーン)に由来する発がん性と、ウイルス由来配列が含まれる場合の感染性です。どちらもあくまで理論的リスクであり、精製済みの抗体医薬で問題が顕在化した例が知られているわけではありません。ただし、 量とサイズの両面で残存DNAを低く抑えることで理論的リスクを下げる という考え方が管理の前提になっています。実際の管理値は、製品の種類、細胞基材、投与経路、投与量、製造工程、リスク評価工程や製品に潜在するリスクの種類・発生可能性・影響度を系統的に特定・分析し、優先的に管理すべき項目を決定する手続き。によって検討されます。
残存DNAの基準値とDNA断片サイズ
残存DNAの管理を理解するうえで欠かせないのが、 残存量とDNA断片サイズという二つの軸 です。どちらか一方だけでは管理として不十分になります。
量については、注射剤の宿主細胞由来DNAを 1 投与量あたり 10 ng/dose 以下に抑えるという考え方が、WHOやICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。の議論を背景に長く参照されてきました。固定された法定値ではなく、リスク評価の出発点となる目安であり、実際の規格は製品ごとに設定されます。
サイズについては、断片が短いほど、生物学的に機能する完全な遺伝子として残るリスクが下がるという考え方があります。200 bp 程度以下まで断片化していれば理論的リスクは大きく下がるとされており、ヌクレアーゼ処理やせん断、ポリッシング工程での分解・除去によってサイズを小さくすることが管理戦略の一部です。なお、断片化に用いるヌクレアーゼ(Benzonase核酸を分解する酵素です。製造では培養由来の残存DNA/RNAを分解・除去して製品の純度を高める目的で使い、ベンゾナーゼが代表例です。詳しく →など)は、それ自体が工程由来不純物となるため、残存ヌクレアーゼのELISA定量で残存量を確認します。
| 管理軸 | よく参照される目安 | 意味 |
|---|---|---|
| 残存DNA量 | 10 ng/dose 程度以下 | 1投与あたりに体内へ入りうるDNA総量を抑える |
| DNA断片サイズ | 200 bp 程度以下 | 機能的な遺伝子として残るリスクを下げる |
| ウイルス由来配列 | リスクベースリスクの大きさに応じて管理の濃淡や頻度を決める考え方。監査証跡レビューの頻度決定に用いる。で評価 | 感染性配列の残存を評価する |
一点、注意が必要です。qPCRが測定するのは「特定の標的配列のコピー数」であり、断片サイズそのものは直接分かりません。サイズ分布の評価には、ターゲット長の異なるプライマーを設計して比較する、あるいはアガロースゲル電気泳動電気泳動で分離したDNAやタンパク質のゲルを撮影・記録する装置です。バンドの位置や濃さから分子のサイズや量を確認します。詳しく →やキャピラリー電気泳動細い管(キャピラリー)に電圧をかけ、分子の電荷やサイズの違いによる移動速度の差で成分を分離する分析法です。詳しく →を併用するなどの方法が使われます。
残存DNAは「量(10 ng/dose 程度以下)」と「断片サイズ(200 bp 程度以下)」の二軸で管理します。どちらも法定の固定値ではなく、リスク評価の出発点となる目安として参照されます。
残存DNAは工程由来不純物として扱う
残存DNAは、抗体そのものが変化して生じる不純物ではありません。
凝集体、断片、酸化や脱アミド化アスパラギンなどが変化して電荷が変わる化学的分解。特定の隣接配列で起きやすい。によって生じるバリアントは、抗体そのものに由来する製品由来不純物です。残存DNAはそれらとは異なり、製造に使った宿主細胞から持ち込まれる工程由来不純物にあたります。
| 項目 | 分類 | 主な評価法 |
|---|---|---|
| 凝集体 | 製品由来不純物 | SEC-HPLC、SEC-MALSSECに多角度光散乱検出を組み合わせ、溶出した成分の絶対分子量を測る手法。凝集体などの評価に使う。、DLS溶液中の粒子がブラウン運動で散乱させる光の揺らぎから、タンパク質や凝集体の粒径分布を測る手法です。凝集の有無を素早く確認できます。詳しく → |
| 断片 | 製品由来不純物 | SEC-HPLC、CE-SDS |
| 電荷異性体抗体などで電荷が異なる分子種のことです。脱アミド化などの修飾で生じ、酸性側・塩基性側の割合を分離して測る品質指標です。詳しく → | 製品由来バリアント | CEX-HPLC陽イオン交換カラムでタンパク質を表面電荷の違いにより分離し、脱アミド化などで生じる電荷バリアントの割合を調べる手法です。詳しく →、icIEF |
| HCP | 工程由来不純物 | ELISA、LC-MS |
| 残存DNA | 工程由来不純物 | qPCR、ddPCR |
| Protein Aリーク | 工程由来不純物 | ELISA |
この切り分けは、分析法の選択に直結します。SEC-HPLCで純度を見ても残存DNA量は分からず、CE-SDSで断片を確認しても宿主細胞由来DNAの残存量は見えません。残存DNAの評価には、 DNAを特異的に検出するqPCRやddPCRなどの核酸分析 が必要です。
工程由来不純物としての性質はHCPとよく似ており、同じ精製工程で同時に低減されることも多くあります。HCPの評価の考え方は HCPとELISA分析の記事 に詳しく整理しています。
残存DNAは凝集体・断片(製品由来)ではなく、HCPやProtein Aリークと同じ工程由来不純物です。SEC-HPLCやCE-SDSでは評価できず、qPCR / ddPCR で定量します。
qPCRで何を見ているのか
残存DNA分析で中心的な役割を果たすのが、qPCR です。
qPCRは、特定のDNA配列をPCRで増幅し、その増幅過程を蛍光シグナルとしてリアルタイムに検出する方法です。残存DNA分析では、CHO細胞、HEK293細胞、E. coliなど、製造に使った宿主細胞に由来するDNAを測定対象とします。標的には、ゲノム中にコピー数が多く保存性の高い反復配列(CHOであればSINEやLINEなどの反復配列)を選ぶことが多く、これにより低濃度でも高感度な検出が可能です。
qPCRの定量は、標準DNAで作成した検量線を基準にします。サンプルのCt値をその検量線と照合することで、DNA量を算出します。
| qPCRで見るもの | 内容 |
|---|---|
| 増幅曲線 | PCRサイクルごとの蛍光シグナル上昇 |
| Ct値 / Cq値 | シグナルが一定閾値を超えるサイクル数 |
| 検量線 | 既知濃度DNAから作る定量の基準 |
| 回収率 | サンプル前処理でDNAをどれだけ回収できたか |
| 阻害の有無 | 製品マトリックスがPCR反応を妨げていないか |
qPCRの原理はシンプルです。 DNA量が多いほど早いサイクルで蛍光シグナルが立ち上がります 。DNA量が少なければ、その立ち上がりは遅くなる。この関係を定量に使います。
抗体医薬の残存DNA分析では、qPCRの前にDNA抽出・精製を行います。抗体、塩、界面活性剤、添加剤、バッファ成分などがPCR反応やDNA回収に影響する可能性があるためです。抽出には DNA / RNA抽出 のキットや自動装置が用いられ、低濃度のDNAを再現性よく回収できるかが、結果の信頼性を左右します。
qPCRとddPCRは何が違うのか
残存DNA分析では、qPCRに加えて ddPCR(デジタルPCR) が使われることもあります。
qPCRは標準DNAを用いた検量線に基づいて定量します。一方、ddPCRはサンプルを多数の微小区画に分け、それぞれの区画でPCR反応を行い、陽性区画と陰性区画の数からポアソン分布に基づいてDNAコピー数を推定します。検量線を介さない絶対定量である点が、最も大きな違いです。
| 項目 | qPCR | ddPCR |
|---|---|---|
| 定量原理 | 検量線に基づく相対・絶対定量 | 区画ごとの陽性/陰性から絶対定量 |
| 標準DNA | 基本的に必要 | 必ずしも検量線に依存しない |
| 得意な点 | 汎用性が高く、規格試験に使いやすい | 低コピー数や阻害影響の確認に強い場合がある |
| 注意点 | 検量線、PCR効率、阻害の影響を受ける | 分画、ドロップレット品質、測定設計が重要 |
| 用途 | ルーチン定量、工程管理、規格試験 | 低濃度確認、補完評価、開発段階の検討 |
どちらが常に優れているというより、 目的によって使い分けます 。
qPCRは残存DNA分析の標準的な方法として広く使われています。ddPCRは、低コピー数での確認、検量線に依存しない定量、マトリックス影響の確認などに使われることがあります。とくにマトリックス阻害が疑われる検体では、ddPCRは阻害の影響を受けにくいため、qPCRの結果を裏づける補完手段として有効です。
qPCRは検量線ベースの標準法、ddPCR は区画の陽性/陰性から絶対定量する方法です。ルーチン定量にはqPCR、低コピー数やマトリックス阻害の確認にはddPCRが補完的に使われます。
残存DNA分析で重要な前処理
残存DNA分析では、qPCRそのものだけでなく、 前処理が重要 です。
抗体医薬のサンプルには、高濃度のタンパク質、塩、バッファ、界面活性剤、添加剤などが含まれます。これらはDNA抽出、PCR反応、蛍光検出に影響する可能性があります。残存DNA分析では、DNAを適切に抽出・回収し、PCR阻害を取り除くことが前提になります。実務では DNA / RNA抽出 の手法を製品マトリックスごとに最適化します。
| 前処理の観点 | 確認すること |
|---|---|
| DNA回収率 | サンプル中のDNAを十分に回収できているか |
| PCR阻害 | 製品成分がPCR反応を妨げていないか |
| 希釈直線性 | 希釈しても定量値が比例するか |
| スパイク回収 | 既知量DNAを添加して適切に回収できるか |
| 抽出法の再現性 | ロット間・操作間でばらつきが小さいか |
残存DNA分析では低濃度のDNAを扱うため、コンタミネーション管理も欠かせません。DNA抽出キット、チューブ、ピペット、試薬、水、作業環境など、混入源は多岐にわたります。PCRは高感度な分析法であるため、陽性対照、陰性対照、抽出ブランク、スパイクサンプルを適切に設定し、測定値の信頼性を担保します。
定量の信頼性を担保する分析能パラメータとして、検出限界(LOD)、定量限界(LOQ)、検量線の直線性(決定係数 R^2)、PCR増幅効率(90〜110% 程度が一つの目安)を評価します。方法バリデーションであらかじめ設定し、ルーチン試験ではシステム適合性で確認します。
残存DNAは超低濃度を扱う分析です。DNA回収率・PCR阻害・スパイク回収・コンタミネーション管理が結果の信頼性を大きく左右し、LOD / LOQや増幅効率、対照やブランクの設計も同様に重要です。
残存DNAはどの工程で減るのか
残存DNAは、抗体医薬の精製工程を通じて低減されます。
細胞培養後のハーベスト液には、宿主細胞由来DNAやHCPなどの不純物が含まれます。清澄化やろ過で細胞や細胞片を除き、その後のProtein A精製、低pHウイルス不活化、IEX、HIC、MMC、UF / DFなどの工程を通じて残存DNAをさらに低減します。各工程の位置づけは 抗体の工程フロー で確認できます。
| 工程 | 残存DNAとの関係 |
|---|---|
| ハーベスト / 清澄化 | 細胞・細胞片とともにDNA負荷を下げる |
| Protein A精製 | 抗体を捕捉し、多くの工程由来不純物を除く |
| 低pHウイルス不活化 | DNA除去工程ではないが、工程条件の影響を見る |
| AEX / CEX / MMC | DNAなどの荷電性不純物の低減に関係する |
| UF / DF | バッファ交換・濃縮後の残存量を確認する |
| 最終原薬 / 製剤 | 規格・管理値との適合を確認する |
AEXやMMCなどのポリッシング工程 は、DNAやHCPなどの工程由来不純物の低減に関係する場合があります。DNAは強い負電荷を持つため、フロースルーモードのAEXや陰イオン交換膜は宿主細胞由来DNAを効率よく捕捉でき、対数除去(LRV)として大きな寄与を示すことが多くあります。
ただし、残存DNAの除去能力は、抗体の性質、工程条件、pH、導電率、樹脂や膜、サンプル中のDNA状態などによって変わります。工程開発では、各工程前後のサンプルを測定し、どの工程でどれだけDNAが低減されているかを、対数除去率(クリアランス)として定量的に確認します。
DSとDPで残存DNA評価の意味は変わる
残存DNA評価は、 DSとDP で読み方が変わります。
DSはDrug Substance(原薬)、DPはDrug Product(製剤)です。同じqPCRの数値でも、どちらの段階で得られたかによって意味が異なります。
DSでの残存DNA評価は、主に精製工程の低減結果を確認することを意味します。清澄化、Protein A、ポリッシング、UF / DFを経てDNAが十分に除去されているかを見ます。DPでは、製剤としての管理値や規格への適合を確認することが主な目的です。残存DNAは製剤化後に新たに増えるものではありませんが、最終製品としての規格確認や申請資料上の管理項目として重要になります。
| 区分 | 残存DNA評価の主な意味 |
|---|---|
| DS | 精製工程で宿主細胞由来DNAをどこまで低減できたか |
| DP | 最終製品として管理値・規格に適合しているか |
DSでは残存DNAをプロセス由来不純物の低減結果として読み、DPでは最終製品としての安全性・規格適合性の確認として読みます。なお、10 ng/dose という目安は「投与量あたり」で評価する点に注意が必要です。原薬の濃度ベースの値と、製剤の用法・用量を踏まえた1投与あたりの値を混同しないよう、評価の単位を揃えて読むことが重要です。
工程開発サンプルなのか、原薬なのか、製剤なのか——同じqPCRの結果でも、どの段階で得られたかによって解釈は変わります。
残存DNAの規格値はどう決まるか
「残存DNAは10 ng/dose 以下」という目安は、どこから来た数字なのか。細胞に由来する核酸が持つ二つの理論的リスク——発がん性と感染性——を、どちらも十分に低く抑えられる量として逆算された値です。
連続細胞株のゲノムには、活性化するとがん化に関与しうる遺伝子(オンコジーン)が含まれています。完全な形のオンコジーンが体内の細胞に取り込まれて発現すれば、理論上は発がんの引き金になりえます。感染性についても同様で、細胞株にウイルス由来配列が組み込まれている場合、機能する配列が残れば感染性のリスクが議論されます。 規格値は、この二つのリスクがいずれも無視できる水準になる量として設定される わけです。WHOが1回投与あたり10 ngを目安として示してきた背景には、こうしたリスク評価の積み上げがあります。
ここで効いてくるのが断片長です。オンコジーンにせよウイルス配列にせよ、生物学的に機能するには「ある程度つながった長さ」が要ります。DNAが短く切れているほど、機能する完全な遺伝子として振る舞う確率は下がります。ヌクレアーゼ処理やせん断で〜200 bp 以下まで断片化しておくことは、量を減らすのと同じくらい意味を持ちます。 同じ10 ngでも、長い断片として残るか短い断片として残るかで、実質的なリスクは大きく変わります 。近年は、量そのものより「機能しうる長さの配列がどれだけ残るか」を重視する議論も進んでいます。
忘れてはならないのが、細胞株による差です。10 ngはあくまで出発点であり、腫瘍原性(tumorigenicity)や造腫瘍性の高い細胞基材を使う場合は、より厳しく管理すべきという判断になります。逆に、これらのリスクが低いと評価される細胞基材では、リスクベースで管理値が検討されます。規格は「どの細胞を使い、どんな断片長で、どの経路からどれだけ入るか」を掛け合わせて、製品ごとに決まります。10 ngという数字は、その計算の共通の物差しにあたります。
なお、細胞株そのものを治療に用いる遺伝子・細胞治療では、残存DNAの意味合いや規格の立て方が抗体医薬とは異なります。この違いは 遺伝子治療の品質管理 の考え方とあわせて読むと整理しやすくなります。
まとめ
残存DNAとは、抗体医薬の製造に使われる宿主細胞に由来し、原薬や製剤中に微量に残るDNAのことです。凝集体や断片のような製品由来不純物ではなく、HCPやProtein Aリークと同じ工程由来不純物として扱います。
管理の軸は「量(10 ng/dose 程度以下)」と「断片サイズ(200 bp 程度以下)」の二つです。主に qPCR や ddPCR で宿主細胞由来DNAを高感度に定量します。DNA抽出、PCR阻害、標準DNA、検量線、スパイク回収、LOD / LOQ、コンタミネーション管理が、結果の信頼性を左右します。
残存DNAは、ハーベスト、清澄化、Protein A、ポリッシング、UF / DFなどの工程を通じて低減され、とくにAEXやMMCが負電荷を持つDNAの除去に寄与します。工程開発では各工程前後のサンプルを測定し、対数除去率として低減を確認します。DSでは精製工程の低減結果を、DPでは最終製品としての規格適合性を読み取ります。
残存DNAを理解することは、qPCRの原理を知るだけでは足りません。 細胞基材、精製工程、工程由来不純物管理、規格設定をつなげて読む ——その視点があってはじめて、数値の意味が見えてきます。
参考文献
- USP <509>: Residual DNA Testing.
- USP General Chapter on Nucleic Acid-Based Techniques(qPCR / dPCR).
- ICH Q5A(R2): Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin.
- ICH Q5D: Derivation and Characterisation of Cell Substrates Used for Production of Biotechnological / Biological Products.
- ICH Q6B: Specifications — Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological / Biological Products.
- WHO Technical Report Series: Recommendations for the evaluation of animal cell cultures as substrates for the manufacture of biological medicinal products(continuous cell line由来DNAの考え方).
- FDA: Guidance for Industry — Characterization and Qualification of Cell Substrates and Other Biological Materials Used in the Production of Viral Vaccines.
- Yang H. Establishing acceptable limits of residual DNA. PDA Journal of Pharmaceutical Science and Technology. 2013.
- Higashiyama K, et al. Quantitation of Residual Host Cell DNA in Recombinant Therapeutic Proteins by Droplet Digital PCR. 2023.
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