残存DNAとは?qPCRの数字を左右する前処理と読み方

残存DNA(宿主細胞由来DNA、residual host cell DNA生物製剤の製造に使用した宿主細胞のゲノム由来のDNAで、製品品質上除去が求められるプロセス関連不純物。詳しく →)は、抗体をつくらせたCHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →などのゲノムが、精製のあとにも少し残ったものです。凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →や断片のように抗体自身が変わってできるものではなく、製造工程から持ち込まれる工程由来不純物です。
ただし、測定の中心であるqPCR(定量PCR)標的の配列を増幅してコピー数を定量するPCR。ベクターゲノムや導入遺伝子の分布測定に使う。詳しく →の結果の桁を決めているのは、PCRの前にDNAを取り出す前処理です。キットの感度の表示より、自社の製剤からDNAが何%戻ってくるかが、数字の信頼性を左右します。
この記事では、残存DNAを管理する二つの目安、qPCRとddPCRが数えているもの、数字の桁を決める前処理、工程と単位ごとの結果の読み方を順に説明します。
1. 何を測っているのか ― 量と長さの二つの目安
残存DNAは、SEC-HPLC多孔質の担体を通る時間差で分子をサイズ順に分離し、抗体の凝集体や断片がどれくらい含まれるかを測る手法です。詳しく →やCE-SDSSDSで処理したタンパク質をキャピラリー電気泳動で分離し、抗体などの純度や分子サイズ分布(断片・凝集)を評価する手法です。詳しく →で見る純度の試験には映りません。抗体の純度が99%を超えていても、そこに宿主細胞のDNAがどれだけ残っているかは、純度の数字から分かりません。1回の投与で抗体が数百ミリグラム入っても、DNAの管理の目安は10ナノグラムで、数千万分の1ほどの量だからです。
そのため、HCP医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →やProtein Aリークと同じく、不純物ごとに別の試験を当てます。HCPの評価はHCPとELISA分析の記事に整理しています。
管理する理由は、理論上のリスクにあります。細胞のゲノムにはがん化に関わる遺伝子が含まれているため、完全な形で体内の細胞に取り込まれれば、発がんの引き金になりえます。
細胞にウイルス由来の配列が組み込まれていれば、感染性も議論されます。ただし、精製済みの抗体医薬で、これらのリスクが現実の問題になった例は知られていません。
そこで、残存DNAは次の二つの目安で管理します。
- 量:1回の投与あたり10 ng以下です。
- 長さ:DNAの断片がおよそ200塩基対DNA二本鎖において互いに水素結合で対をなすヌクレオチドの単位で、DNA断片の長さを表す基本単位として使われる。詳しく →(bp)より短いことです。
どちらもWHOとFDAの勧告として引かれる数字ですが、法定の固定値ではなく、リスク評価の出発点です。
この数字には経緯があり、1980年代半ばには、WHOが委嘱した専門家の合意で、1回あたり100 pg以下ならリスクは無視できるとされていました。その後に見直しが進み、いまの10 ngと、断片を200 bp未満に短くすればリスクはさらに下がるという考え方に落ち着きました。目安は固定されたものではなく、評価の見直しとともに動いてきた数字です。
扱いは細胞基材によっても変わり、腫瘍をつくる性質のある細胞なら、10 ngより厳しく管理すべきだと判断します。HEK293を使うウイルスベクター治療用の遺伝子を細胞へ運ぶために改変したウイルス。AAVやレンチウイルスが代表で、遺伝子・細胞治療に使う。詳しく →の規格の考え方は遺伝子治療の品質管理にあります。
管理するのは「量」と「長さ」の二つで、qPCRが直接答えるのは量だけです。
2. qPCRとddPCRが数えているもの
qPCRは、DNAを増やしながら蛍光の立ち上がりを見る方法です。DNAが多いほど早いサイクルで光り始めるため、量の分かった標準DNAと見比べて、試料の量を読み取ります。
標的に選ぶのは、ゲノムの中に何度も繰り返し現れる配列で、コピー数が多いぶん、微量でも捕まえやすくなります。
ddPCR(ドロップレットデジタルPCR)は、試料を多数の小さな液滴に分けて、それぞれでPCRを行います。DNAが入って光った液滴と、光らなかった液滴の数から、標準DNAなしで量を数えます。

どちらも数えているのは、標的にした配列のコピー数です。PCRで増やせる長さがつながって残っている配列しか数に入らないため、標的の長さより細かく切れたDNAは数え落とすことがあり、ヌクレアーゼ核酸を分解する酵素です。製造では培養由来の残存DNA/RNAを分解・除去して製品の純度を高める目的で使い、ベンゾナーゼが代表例です。詳しく →で細かく切った試料は、量が小さめに出ることがあります。
長さの分布を知るには、標的の長さを変えて測り比べる必要があります。2023年に報告されたAAV遺伝子治療で遺伝子を運ぶウイルスベクター。血清型によって集まりやすい組織が異なる。詳しく →の残存DNAのddPCRでは、116 bpと247 bpの二通りの標的を使い、短い断片と長い断片を分けて見ています。量と断片長を同時に測るdPCRのキットも出てきました(QIAGENのニュース、メーカーの説明)。
二つの方法は、場面によって使い分けます。
- qPCR:扱いやすく、規格試験や工程管理のルーチンに向きます。
- ddPCR:PCRを妨げる物質の影響を受けにくいとされ、阻害が疑われる試料や、ごく低い量の裏づけに使います。
ddPCR向けのキットでは、Bio-Radが2026年7月に、CHOと大腸菌の残存DNA製造に使った宿主細胞に由来するDNAの不純物です。安全性の観点から、精製後にどれだけ残っているかを測る試験です。詳しく →を含む検証済みのQCキット群「Vericheck ddPCR」を発売しました(ニュース)。
qPCRもddPCRも数えるのは標的配列のコピー数で、DNAの長さは、標的の長さを変えて測り比べないと分かりません。
3. 数字の桁を決める前処理 ― 回収率と阻害
PCRの前に抗体の液からDNAを取り出す前処理の段階が、結果の桁を左右します。
抗体の製剤は、タンパク質が高濃度で、塩、緩衝剤、界面活性剤タンパク質の凝集や容器壁への吸着を防ぐため製剤へ少量加える添加剤で、細胞培養で細胞を保護する目的でも使われます。詳しく →、糖も入っています。これらがDNAの抽出を妨げ、取り出せたとしてもPCRの反応を邪魔します。
取り出したDNAが元の量の何%だったかを、回収率と呼びます。回収率が半分なら、実際にあるDNAの半分しか読めないため、測定値は本当より少なく、つまりきれいに見える側へずれます。
回収率添加した既知量の標準物質に対して試験で実際に測定された値の割合を示す指標で、試験の正確さを表す。詳しく →は、自社の製剤液に既知量のDNAを加え(スパイク)、同じ前処理を通して、戻ってくる割合で確かめます。
公表されている例では、CHO細胞のDNAを測るqPCRで前処理を最適化した研究で、スパイクの回収が82〜106%の範囲に収まりました。メーカー自身の資料でも、タンパク質が50 mg/mLの試料から大腸菌のDNAを取り出す手順の平均回収率は83%で、作り込んだ前処理でも、回収は100%にはなりません。
前処理の方式は、磁性ビーズ、シリカカラム、共沈の主に三つです。Thermo Fisher ScientificのPrepSEQは磁性ビーズ、QIAGENのQIAamp DSP DNA Mini Kitはシリカカラムを使います。
どれが向くかは、製剤の粘度、界面活性剤の量、pHといった、自社の液の性質で決まります。タンパク質が多い試料には、先にタンパク質分解酵素で処理する手順を示すキットもあります。
試料を薄めて阻害を避ける方法もありますが、薄めたぶんだけ、測れる下限も上がります。希釈の倍率は希釈計算ツールで確かめられます。測れる下限が管理したい量に対して十分低いかは、LOD・LOQ計算ツールに、ばらつきと検量線既知濃度の標準から作る定量の基準線。qPCRでサンプル中のDNA量を読み取るのに使う。詳しく →の傾きを入れると目安が出ます。
低濃度を扱うため、混入にも気をつけます。DNAは、チューブ、ピペット、試薬、水、作業環境のどこからでも入るため、何も入れない対照(ブランク)を毎回同じ条件で流し、光らないことを確かめます。
キットの感度の表示は、そのままでは比べられません。「サブpg」と「fg」と書いてあっても、1反応あたりなのか、試料1 mLあたりなのかが書かれていなければ、優劣は決まりません。
メーカーには「何pgまで測れますか」より、「うちの製剤にDNAを加えたとき、そちらの前処理で何%戻りますか」と聞くと、比べられる数字が返ってきます。
残存DNAの数字を見たら、先に「その前処理で、この製剤からDNAが何%戻るか」を確かめます。
4. 結果の読み方 ― どの工程の、どの単位の数字か
残存DNAは、精製の工程を通って段階的に減ります。ハーベスト液に多く含まれるDNAを、清澄化とろ過で細胞ごと除き、Protein A精製抗体に特異的に結合するProtein Aを担体に固定し、抗体だけを選択的に捕まえて精製する手法です。抗体医薬の最初の精製工程として定番になっています。詳しく →が多くの不純物と一緒に落とします。
効き目が大きいのはポリッシングです。DNAは強い負電荷を持つため、陰イオン交換(AEX)のフロースルークロマトグラフィーで担体に結合せずに流れ出る液(画分)、またはそれを使う運転方式です。目的物を素通りさせ、不純物だけを担体に結合させて除くときに使います。詳しく →では、抗体が素通りして、DNAだけが樹脂や膜に捕まります。

どの工程がどれだけ効いているかは、各工程の前後の試料を測ると分かります。何桁落ちたかを工程ごとに並べる考え方を、対数除去工程の前後で不純物やウイルスが何桁減ったかを対数で表す指標。除去能を定量的に示す。詳しく →(LRV)と呼びます。
ヌクレアーゼで切る、AEXで捕まえるといった除去の設計は、宿主細胞DNAの規格と、工程での下げ方で解説しています。使うヌクレアーゼ自身も不純物なので、残存ヌクレアーゼのELISA定量で残りを確認します。
数字を受け取ったら、まず単位を確かめます。10 ngの目安は「1回の投与あたり」の量なので、成績書に「pg/mg」や「ng/mL」と書かれていれば、1回の投与量を掛けて直してから比べます。投与量の多い製品は、同じ濃度でも1回に入る量が増えます。
もう一つ確かめるのは、どの段階の試料かで、原薬(DS)と製剤(DP)のどちらで取ったかによって、読む目的が変わります。
- 原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →の値:精製で十分に除けているかを確かめるために使います。
- 製剤の値:規格に適合しているかを確かめるために使います。
残存DNAは製剤化のあとに増えるものではありませんが、申請資料の管理項目品質に影響しうる要素を、規格や手順で規定し・実行し・記録し・検証する対象として管理するもの。GMPでは原材料から出荷判定まで多岐にわたります。詳しく →としては両方が問われます。
残存DNAの数字は、工程サンプル・原薬・製剤のどれで取ったかと、どの単位かをそろえてから比べます。
5. 明日から確かめられること
手元の成績書か、受託先の報告書を開いて、次の点を確かめます。
- 単位:数字がpg/mgやng/mLか、1回の投与あたり(ng/dose)かを見ます。投与量を掛けた換算が示されているかも確かめます。
- 試料の段階:取った試料が、工程の途中か、原薬か、製剤かを確かめます。
- 前処理と回収率:前処理の方式と、自社の製剤液にDNAを加えたときの回収率が書かれているかを見ます。PCRの阻害がないことを、どう確かめているかも併せて見ます。
- 定量下限とブランク:定量下限が管理したい量より十分に低いかを確かめます。ブランクの結果も添えられているかを見ます。
- 断片の長さ:断片の長さを、どの方法で見ているかを確かめます。見ていない場合は、その根拠を確かめます。
装置と試薬は、製品データベースの残存DNA定量(qPCR)、デジタルPCR、DNA/RNA抽出で比べられます。同じ工程由来不純物のHCPとProtein AリークはELISAで測ります。
参考文献
- USP 〈509〉 Residual DNA Testing.
- ICH Q5A(R2): Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin.
- ICH Q5D: Derivation and Characterisation of Cell Substrates Used for Production of Biotechnological / Biological Products.
- ICH Q6B: Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products.
- WHO Technical Report Series: Recommendations for the evaluation of animal cell cultures as substrates for the manufacture of biological medicinal products(continuous cell line由来DNAの考え方).
- FDA, Guidance for Industry: Characterization and Qualification of Cell Substrates and Other Biological Materials Used in the Production of Viral Vaccines for Infectious Disease Indications.
- Yang H. Establishing acceptable limits of residual DNA. PDA Journal of Pharmaceutical Science and Technology. 2013;67(2):155-163.(WHOとFDAの勧告としての10 ng/doseと200 bp)
- Yang H, Zhang L. PDA Journal of Pharmaceutical Science and Technology. 2016;70(2):157-162.(1980年代半ばの100 pg/doseの合意から、10 ng/doseへの見直しの経緯)
- Higashiyama K, et al. Quantitation of Residual Host Cell DNA in Recombinant Adeno-Associated Virus Using Droplet Digital Polymerase Chain Reaction. Hum Gene Ther. 2023;34(11-12):578-585.(116 bpと247 bpの二通りの標的、HEK293ヒト胎児腎由来の細胞株。アデノウイルスのE1機能を持ち、AAV産生の三重トランスフェクションで広く使われる。詳しく →のDNAのスパイク回収既知量を添加して回収できるかで分析法の妥当性を確認する試験。添加回収ともいう。詳しく →88.6〜97.9%)
- Development and Validation of Quantitative Real-Time PCR for the Detection of Residual CHO Host Cell DNA and Optimization of Sample Pretreatment Method in Biopharmaceutical Products.(2019)(共沈剤による前処理の最適化、スパイク回収82.3〜105.7%)
- Fujifilm Wako, DNA Extractor Kit(製品情報).(タンパク質が多い試料にタンパク質分解酵素で前処理する手順)
- Thermo Fisher Scientific, resDNASEQ Quantitative E. coli DNA Kits(製品ページ)(メーカー資料。PrepSEQの手動の手順による、タンパク質50 mg/mLの試料での大腸菌DNAの回収率)
- 各社の製品情報(対応宿主・前処理法・装置の組み合わせ): Thermo Fisher Scientific resDNASEQ / PrepSEQ、Cygnus Technologies AccuRes、Bio-Rad Vericheck ddPCR、QIAGEN QIAamp DSP.
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/residual-dna