三重特異性抗体の製造とは?鎖の誤対合をどう抑えるか

三重特異性抗体(trispecific antibody1つの抗体分子が3つの異なる標的抗原に同時に結合できるよう人工的に設計された抗体の総称。詳しく →)は、3つの異なる標的に結合する部位を1分子にまとめた抗体です。三重特異性抗体の製造でまず問題になるのは、複数種類の重鎖と軽鎖を同じ細胞で発現させたときに生じる鎖の誤対合(ミスペアリング由来の異なる重鎖・軽鎖が意図しない組み合わせで結合してしまう副産物発生の現象。)です。
ただし、誤対合でできた分子は目的物と分子量も等電点も近いため、精製工程だけで取り切ることは期待できません。対策の中心は、正しい対だけが組むように分子を設計する側にあります。
この記事では、誤対合がどの規模で起きるのか、設計でどう抑えるのか、精製と品質管理原料・資材・中間体・製品を規格に照らして試験し、使ってよいか、出荷してよいかの合否を決める仕事です。GMPでは製造部門から独立させます。詳しく →で何を追うのかを順に説明します。
1. 三重特異性抗体の構造 ― 重鎖・軽鎖と結合部位
抗体(IgG)は、重鎖抗体を構成する2種類のポリペプチド鎖のうち分子量が大きい方で、抗体の基本骨格と主要な機能領域を担う。詳しく →2本と軽鎖抗体を構成する2種類のポリペプチド鎖のうち分子量が小さい方で、重鎖と対になって抗原結合部位を形成する。詳しく →2本が組み合わさった分子です。
重鎖はVH・CH1・ヒンジ・CH2・CH3のドメインからなり、軽鎖はVL・CLからなります。抗原に結合するのは、重鎖と軽鎖の先端どうしが対になった部分(VHとVLの対、Fv)で、2本の重鎖はFc側のCH3どうしが組んで1分子にまとまります。
通常の抗体では、2本の重鎖は互いに同じ配列、2本の軽鎖も互いに同じ配列です。組み合わせるべき鎖が重鎖・軽鎖とも1種類ずつなので、組み上がり方は1通りに決まります。
3つの標的に結合させるには、性質の違う結合部位を3つ入れます。素直に作ると、配列の違う重鎖と軽鎖が同じ細胞の中で何種類も発現し、どの鎖どうしが組むかは、各鎖の発現量の比と鎖どうしの組みやすさで決まるため、意図しない組み合わせも生じます。
2. なぜ誤対合が起きるのか ― 二重特異性でも16通り
誤対合の規模は、一段手前の二重特異性抗体で数えると分かります。
重鎖2種類(H1、H2)と軽鎖2種類(L1、L2)を同じ細胞で作らせると、重鎖と軽鎖が対になったハーフ分子はH1L1・H1L2・H2L1・H2L2の4種類できます。これが2つ組んで1分子になるので、組み合わせは16通り、重複を除いても10種類の分子ができます。
目的物は、H1がL1と組み、H2がL2と組み、2本の重鎖がヘテロに組んだ1種類だけです。鎖が無作為に組むと仮定すると、目的物の割合は計算上12.5%にとどまります。
三重特異性では、3つ目の結合部位を別の重鎖と軽鎖の対として足すぶん、ハーフ分子の種類がさらに増えます。だからこそ、3つのFab重鎖の一部と軽鎖がジスルフィドで連結した約50kDaの抗体フラグメント。2本鎖で折りたたみがやや複雑。詳しく →をそのまま並べて無作為に組ませる設計そのものを避けます。
厄介なのは、ミスペア多重特異性抗体の製造時に、意図しない重鎖・軽鎖の組み合わせが形成されてしまう現象で、不純物となる副産物を生じさせる。詳しく →体が目的物とよく似ている点です。分子量はほぼ同じ、等電点も近く、Fcを持つものはプロテインAにも同じように結合します。
誤対合は「不純物が少し混じる」問題ではなく、「目的物とよく似た別の分子が主生成物になりうる」問題で、下流の精製だけでは追いつきません。では、設計でどこまで抑えられるのでしょうか。
3. 正しく組ませる設計 ― 重鎖のヘテロ化と軽鎖の対合
対策は、重鎖どうしの組み合わせと、重鎖・軽鎖のあいだの組み合わせに分かれます。
重鎖どうしは、CH3の界面に立体の凹凸を作って解きます。代表的なknobs-into-holes抗体重鎖の界面に立体的な「凸(knob)」と「凹(hole)」の変異を導入し、異なる重鎖どうしを選択的にヘテロ二量体化させる設計手法。(ノブ・イントゥ・ホール一方の重鎖に突起、他方にくぼみを作り、鍵と鍵穴のように噛み合わせて正しい対を促す設計。詳しく →)は、片方のCH3に大きな側鎖の突起(ノブ、たとえばT366W)、もう片方に窪み(ホール、T366S・L368A・Y407V)を入れ、同じ重鎖どうしが組むホモ二量体を生じにくくする設計です。界面に電荷の対を入れて静電的な反発で誤った組み合わせを抑える設計(electrostatic steering)や、追加のジスルフィド結合で対を固定する設計も重ねられます。重鎖のヘテロ化だけを解くと、先ほどの16通りは4種類ほどまで減ります。
軽鎖の対合は、別の方法で解きます。主な選択肢は3つです。
- 共通軽鎖2本の重鎖に共通して使える軽鎖を採用し、軽鎖の取り違えを防ぐ二重特異性抗体の設計。詳しく →(common light chain):複数の結合部位で同じ軽鎖を共有し、軽鎖の種類そのものを減らします。誤対合の余地は小さくなりますが、各アームの特異性や親和性の選択肢は狭まります。
- CH1とCLの界面の作り替え:ドメインを入れ替えるクロスオーバーや、直交する電荷の対・ジスルフィドの対を入れて、意図した重鎖としか組まないようにします。設計の自由度は保てますが、分子ごとに安定性と発現量を確かめ直す作業が増えます。
- 軽鎖を持たないモジュールを使う:単一ドメイン抗体ラクダ科の重鎖抗体に由来し、単一ドメインで抗原を認識する小さなフラグメント。対合ミスが起きず安定。詳しく →(VHH、重鎖可変領域抗体の抗原を認識する先端部分。CDRとフレームワーク領域からなり、標的にフィットするかで結合が決まる。詳しく →だけで抗原に結合する断片)は軽鎖を持たず、scFv重鎖と軽鎖の可変ドメインを短いペプチドリンカーでつないだ1本鎖の抗体フラグメント。多価化しやすい。詳しく →はVHとVLを1本のリンカーでつないで1本の鎖にした形です。どちらも軽鎖を別の鎖として発現させないので、軽鎖の対合の問題が生じません。
三重特異性では、3つ目の結合をVHHやscFvで足し、Fabを増やさない構成がよく選ばれます。
軽鎖の対合は、設計で選んだ構成によって、問題そのものを残すか消すかが決まります。次に、1つの細胞ですべてを作らない方法を見ます。
4. 1つの細胞で作らない方法(制御されたFabアーム交換)
すべての鎖を同じ細胞で発現させなければ、誤対合は起きません。
制御されたFabアーム交換(controlled Fab-arm exchange、cFAE)は、2種類の抗体を別々に発現・精製したうえで、制御した還元条件で混ぜ、半分子を交換させて二重特異性抗体2つの異なる標的に同時に結合する抗体。T細胞と標的細胞を橋渡しする用途などがある。詳しく →を組み立てる方法です。この方法で作られた二重特異性抗体には、承認された品目があります。
三重特異性への応用も報告されています。2022年の報告では、cFAEで組み立てた分子のC末端にVHHを付けて、三重特異性・四重特異性の分子を作っています。
工程は2系列の培養と精製に加えて、還元と酸化の条件管理、交換の完了度の確認が増えます。鎖の誤対合を減らす代わりに、工程の数が増える選択です。
5. 製造工程の流れ
工程の骨格は通常の抗体製造と同じですが、鎖が多いぶん各段の狙いが変わります。
細胞株構築目的タンパク質を安定して高く産生する細胞のクローンを選び出し、製造に使える産生細胞株として確立する工程です。詳しく →では、複数の鎖の遺伝子をCHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →に入れ、それぞれの発現量細胞が目的のタンパク質を作る量。低いと必要量の確保に手間がかかり、製造コストが上がる。詳しく →の比を合わせ込みます。発現比が崩れると、過剰になった鎖がミスペア体や凝集体に回ります。
培養は流加培養培養の途中で栄養(フィード)を追加しながら細胞を高密度まで育てる培養方式。詳しく →(フェドバッチ)で行い、発現比と培養条件がミスペア体と凝集体の割合を左右します。回収と清澄化培養液から細胞や破片を取り除いて目的物質を含む上清を回収し、後工程に渡せる清澄な液にする工程です。詳しく →のあと、Fcを持つ分子はプロテインAで一括して捕捉します。
注意が要るのは、ミスペア体の多くもFcを持つため、プロテインAでは目的物と分離できない点です。分離の本番は、設計で作り込んだ差を手がかりにする磨き上げ(ポリッシング捕捉工程の後、電荷や疎水性の違いを使って残った副産物を削り純度を上げる磨き上げ精製。詳しく →)で、通常の抗体より段数が増えやすくなります。
細胞株構築(複数の鎖の発現比を合わせる) → 流加培養 → 回収・清澄化 → プロテインA捕捉(ミスペア体も一緒に捕まる) → イオン交換・アフィニティ・疎水性相互作用クロマトグラフィーを複数段(設計で作った差で分ける) → 原薬
別のルート:2種類の抗体を別々に発現・精製し、制御した還元条件で混ぜて組み立てます(制御されたFabアーム交換)。
6. 精製と品質管理でミスペア体をどう見るか
ミスペア体を見るには、サイズでは足りません。
サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)多孔性樹脂の孔に小分子ほど入り込む時間差を利用し、分子をサイズで分けるクロマトグラフィー。詳しく →は分子量で分けるので、分子量がほぼ同じミスペア体と目的物は重なります。凝集体の分析で見える高分子量種は拾えても、鎖の組み合わせの違いまでは分かりません。
鎖の組成そのものを読むには、分子をそのまま、あるいはサブユニットに分けて質量分析にかけ、実測質量からどの鎖がいくつ組んだかを読みます。非共有結合を保ったまま測るネイティブ質量分析タンパク質を断片化せず丸ごと、または立体構造を保ったまま質量を測り、全体の分子量や結合状態を調べる手法です。詳しく →も使われます。設計で電荷差を入れてあれば、イオン交換やicIEF(イメージド・キャピラリー等電点電気泳動等電点の違いで成分を分離する電気泳動。抗体の電荷不均一性の評価に用いる。詳しく →)が組成を読む手がかりを与えます。
| 手法 | 何を見るか | 限界 |
|---|---|---|
| SEC(サイズ排除分子の大きさの差で分けるクロマトグラフィー。詳しく →) | 凝集体・断片 | 分子量が同じミスペア体は目的物と重なる |
| 質量分析分子をイオンにして、質量と電荷の比で分け、分子の質量を精密に測る手法です。タンパク質の同定、修飾の位置の特定、不純物の確認などに使い、液体クロマトグラフと組み合わせることが多くあります。詳しく →(インタクト/サブユニット/ネイティブ) | 実測質量から鎖の構成 | 前処理と分解能の作り込みが要る |
| イオン交換・icIEFキャピラリー内にpH勾配をつくり、タンパク質を等電点の違いで分離して全長を撮像し、電荷の不均一性を評価する手法です。詳しく → | 電荷差のある種の分離と組成 | 設計で電荷差を入れた分子に限る |
| CE-SDSSDSで処理したタンパク質をキャピラリー電気泳動で分離し、抗体などの純度や分子サイズ分布(断片・凝集)を評価する手法です。詳しく →(非還元/還元) | 鎖の本数と純度 | 組み合わせの違いまでは特定しにくい |
その手前に、何を不純物と呼ぶかを分子ごとに決める作業があります。ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →は、製造や保存の過程で生じる分子変化体のうち、活性・有効性・安全性が目的物質と同等のものを目的物質関連物質、同等でないものを目的物質由来不純物として区別しています(2.1.4)。ミスペア体がどちらにあたるかは、分子ごとに評価して決めます(不純物の種類)。
メーカーの資料が「高純度」と書いていても、どの手法の、どの条件で測った純度かを確かめてください。サイズ分離だけで出した純度は、ミスペア体を見落としている可能性があります。
規格に載せる項目も、それを測る方法も分子ごとに組み立てることになり、プラットフォームで済ませられる範囲は通常の抗体より狭くなります。
7. 設計段階で決める順番
三重特異性では、工程開発で解ける範囲を超えた問題が設計に跳ね返ります。2026年7月には、多重特異性抗体で分子設計の段階から製造性を織り込むべきだという整理も業界紙に出ました。決める順番は、鎖を減らす側から逆算すると通りがよくなります。
- 3つの結合のうち、どれを鎖の増えないモジュールで足せるかを決めます。 VHHやscFvで足せば軽鎖の対合の問題が減ります。Fabを3つ並べる設計は最後の手段です。
- 重鎖のヘテロ化の方式を選びます。 ノブ・イントゥ・ホール、電荷の対、追加のジスルフィドのどれを使うかで、ホモ二量体の残り方が変わります。
- 軽鎖の対合を解きます。 共通軽鎖にするか、CH1とCLの界面を作り替えるかを、各アームに求める特異性と親和性と合わせて決めます。
- 作った差を、精製と分析のどの手法で使い切るかを対にして決めます。 電荷差を入れたならイオン交換とicIEF、疎水性の差を入れたなら疎水性相互作用クロマトグラフィー分子表面の疎水性の強さで分離するクロマトグラフィー。疎水性の評価や精製に使う。というように、分ける手段と見る手段をそろえます。
開発の段階も、この順番を裏づけています。承認された三重特異性抗体は2026年10月時点でありませんが、BCMAとGPRC5D、そしてT細胞上のCD3に結合する分子では、承認済みの二重特異性抗体を対照とする第3相試験が2026年2月に始まっています。
後半の工程で取り切れない誤対合は、設計に戻らないと減りません。
参考文献
- Tapia-Galisteo A, Compte M, Álvarez-Vallina L, Sanz L. When three is not a crowd: trispecific antibodies for enhanced cancer immunotherapy. Theranostics. 2023;13(3):1028–1041.
- Ridgway JB, Presta LG, Carter P. "Knobs-into-holes engineering of antibody CH3 domains for heavy chain heterodimerization." Protein Eng. 1996;9(7):617–621.
- Klein C, Sustmann C, Thomas M, et al. "Progress in overcoming the chain association issue in bispecific heterodimeric IgG antibodies." MAbs. 2012;4(6):653–663.
- Brinkmann U, Kontermann RE. "The making of bispecific antibodies." MAbs. 2017;9(2):182–212.
- Yanakieva D, Pekar L, Evers A, et al. Beyond bispecificity: Controlled Fab arm exchange for the generation of antibodies with multiple specificities. MAbs. 2022;14(1):2018960.(cFAEで作った分子にVHHを付けた三重・四重特異性の構築)
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q6B「生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の規格及び試験方法の設定」2.1.4(目的物質関連物質と目的物質由来不純物の区別)
- ClinicalTrials.gov, NCT07258511(BCMA・GPRC5D・CD3に結合する三重特異性抗体と、承認済みの抗BCMA×CD3二重特異性抗体を比べる第3相試験。2026年2月開始)
次に読む
抗体医薬/二重特異性抗体この製造の全体像を、工程マップで見るこの記事に関連する工程
この分野の新着を、メールで受け取る
こうした製造・分析・品質の解説記事と、装置・試薬の新製品ニュースを毎週水曜の朝にお届けします。登録は無料で、いつでも解除できます。
登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。閲覧の記録(どのページから、どの会社のサイトへ移ったか)を、ご案内のために使います。
Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/trispecific-antibody-manufacturing