Gibco CTS Rotea は、細胞を洗う・濃縮する・分けるという処理を、系を開けずに自動で行う卓上の装置です。原理は向流遠心(counterflow centrifugation)で、細胞治療の製造工程に入ることを想定して作られました。上市は2020年10月15日、Thermo Fisher のバイオサイエンス事業プレジデント Amy Butler 氏は、このとき「細胞治療が研究段階から市場へ進むのが極めて難しいのは、よく知られている」と述べています。
もっとも、この装置の出自は大企業の開発計画ではありません。設計したのは豪州の Scinogy という小さな会社で、着想は2016年11月、欧州の細胞治療製造の学会で発表を聞きながら記事を書いていた最中だったといいます。
納屋のビーズから、のぞみの車内へ
Nature の Gene Therapy 誌に、産学連携の事例として当事者が書いた顛末が残っています。最初の特許を出した時点で、試作機が流したことがあるのはビーズだけでした。場所は、本人たちの言葉を借りれば「つつましいガレージの作業場」です。生きた細胞はまだ一度も通していません。
転機は、横浜から神戸へ向かうのぞみの車内でした。Scinogy CEO の David James 氏が、Hudson Institute of Medical Research で細胞治療・再生医療プラットフォームの科学ディレクターを務める Rebecca Lim 准教授と、たまたま隣り合わせたのです。ここから実際の細胞での検証が始まりました。構想から国際販売までは3年を切っています。
装置の来歴は、本来なら仕様と関係ありません。ただ、細胞治療の装置がどこから生まれるかを示す例としては読む価値があります。既存の大型設備を小さくしたのではなく、自家細胞製品の規模から逆に設計された装置だ、という位置づけがここに効いてきます。
遠心力と逆向きの流れで浮かせる細胞
普通の遠心分離は、回して細胞を底に集め、上澄みを捨てます。単純な操作ですが、細胞そのものが製品になる工程では難点があります。細胞は底で押し固められ(ペレット化)、回収するときにほぐす操作が要り、そこで傷みます。回して止めて開けて、を繰り返すバッチ処理になるうえ、上澄みを捨てる・懸濁し直すという各段で系を開けることにもなります。
向流遠心はここを変えます。遠心力と逆向きに一定の流れをかけ、細胞を流動層として浮かせたまま保持する。細胞は沈まず、押し固められません。メーカーの説明では、この低せん断の処理により95%を超える回収率を保ちながら高いスループットを得られるとしています(数値はメーカー公表値です)。
浮いた状態のまま液だけを流せるため、洗浄とバッファー交換を連続的に行えるうえ、粒径の違いを使えば細胞の種類による分離にも使えます。メーカーが用途として挙げているのは、分離・濃縮・洗浄・バッファー交換の4つです。通気による剪断が培養での負荷であるのに対し、遠心は下流での負荷にあたります。どちらも収率と機能に直接効きます。
閉鎖系であることの意味
キットはチューブと回転チャンバーを含む使い捨てで、γ線滅菌された状態で供給されます。つまり、装置に触れる液の経路がすべて使い捨て側にある構成です。
これが効く理由は、閉鎖系での細胞製造に求められることを並べると分かります。開けなければ汚染の機会が減り、無菌操作の等級要求そのものが変わりえます。患者ごとに製造する自家製品では交叉汚染の管理と段取り替えが回転数を決めるため、切替の速さがそのまま生産量になります。使い捨てなら洗浄の妥当性確認の対象からも外れます。
代わりに、キットの供給が製造の制約になります。単回使用と固定設備の比較でいう、費用構造が設備投資から消耗品へ移るという話です。抽出物・浸出物の評価と供給者管理も、あわせて必要になります。
工程のどこに入るか
CAR-Tの製造を例にとると、細胞を洗う・濃縮する場面は一度ではありません。アフェレーシス材料の受け入れ後には血漿や不要な成分を除いて目的の細胞を濃縮し、形質導入の前後では培地や試薬を交換します。拡大培養の後は培養液を除いて製剤化のための液に置き換え、最終製剤化の直前には凍結保護剤を加える前の濃縮が入ります。
用途としては CAR-T のほか、幹細胞治療や PBMC の分離が挙げられています。1台で複数の段をまかなえるため、どの工程に置くかを後から選べるのが実務上の利点です。
その先の充填は、長く手作業が残っていた区間です。Thermo Fisher は製剤化と充填を対象にした CTS Compleo を後から投入しており、Rotea と組み合わせる構成が示されています。細胞処理から充填までを閉じたまま繋ぐ方向にあります。
導入で確認したいこと
以下は一般的な確認事項で、当該製品の仕様を示すものではありません。
- 処理できる細胞数と液量の範囲。自家製品の規模に合っているか。他家の大ロットでは別の設計が要ります
- 1ロットあたりのキット費用。自家製品では患者数ぶん必要になるため、製造原価に直接効きます
- 回収率と生存率の実測。メーカー公表値は理想条件です。自社の細胞と自社のプロトコルで取り直す必要があります
- 工程内管理。処理中に何を見て、何を記録するか
- 技術移管。同じ装置でも、拠点が変われば条件の確認をやり直します
装置を入れれば工程が閉じるわけではありません。実際の設計で問われるのは前後の接続をどう閉じるかで、無菌接続の部材とバッグの構成まで含めて考えることになります。
