増やす間は未分化を保つのに、最後に残ると困るのはなぜか?iPS細胞の「矛盾」を解く

iPS細胞体細胞を初期化して作る多能性幹細胞。同一株から繰り返し分化・製造でき均質性を高めやすい。詳しく →から移植用の細胞を作る工程では、増やす間は未分化(まだ特定の種類の細胞になっていない状態)を保ち、移植する細胞からは未分化の細胞を減らします。これは矛盾ではなく、同じ細胞が持つ「増え続ける力」と「何にでもなる力」が、増やす段では材料の品質になり、移植した先では腫瘍の元になるためです。
ただし、分化させた細胞から未分化の細胞をゼロにしたことは、検査では示せません。どれだけ残ると問題になるかも、移植する細胞の数や場所によって変わります。
この記事では、増やす間に未分化を保つ理由、最後に残ると困る理由、分化させても残る理由、問題になる数、工程の中での手の打ち方を順に説明します。
- なぜ増やす間は未分化を保つのか:未分化のiPS細胞は、性質を変えずに増え続けられ、目的の細胞へ分化させる出発点にもなるためです。
- なぜ最後に残ると困るのか:増え続ける力と何にでもなる力を持ったまま体に入ると、移植した先で奇形腫(いろいろな組織が混ざった腫瘍)をつくるおそれがあるためです。
- どう手を打つのか:分化を進める、純化で減らす、検査で確かめる、の3段を組み合わせます。どれだけ残ると問題になるかは、投与する細胞の数と移植する場所で変わります。
1. iPS細胞の「未分化の矛盾」とは何か
iPS細胞の「未分化の矛盾」とは、工程の前半では未分化を守るのに、移植する細胞からは未分化の細胞を減らすという、反対に見える扱いのことです。
iPS細胞(人工多能性幹細胞さまざまな細胞へ分化できる能力を持つ幹細胞。オルガノイドなどの出発材料になる。詳しく →)は、皮膚や血液の細胞に遺伝子を入れて、体のさまざまな種類の細胞になれる状態に戻した細胞です。患者に移植するのはiPS細胞そのものではなく、iPS細胞から作った心筋や神経などの細胞で、その工程は次の5つの段に分かれます。
- 増やす:iPS細胞を未分化のまま、継代増殖した細胞を定期的に希釈・移植して培養を維持する操作で、回数が増えると細胞の性質が変化するリスクがある。詳しく →(増えた細胞を分けて新しい容器に植え直すこと)を重ねて増やします。
- 分化させる:薬剤を段階ごとに切り替えて、目的の細胞へ進ませます。この工程を分化誘導幹細胞を、発生過程を模した因子の切り替えによって神経・心筋など目的の細胞へ段階的に方向づける操作。詳しく →と呼びます。
- 純化する:目的外の細胞と、未分化のまま残った細胞を減らします。
- 検査する:残った未分化の細胞が、どこまで少ないかを確かめます。
- 移植する:できた細胞を患者の体に入れます。
未分化の細胞の扱いは、1の段と2の段の間で入れ替わります。増やす段では守るもの、分化させたあとでは減らし、確かめるものです。

このように、矛盾に見えるのは、同じ未分化の細胞を、工程の違う段で見ているためです。では、増やす間はなぜ未分化を守るのか。
2. なぜ増やす間は未分化を保つのか
増やす間に未分化を保つのは、未分化のiPS細胞が、性質を変えずに増え続けられ、目的の細胞へ分化させる出発点にもなるためです。
- 増え続ける力(自己複製):未分化のiPS細胞は、分裂しても未分化の性質を保った細胞を作り続けます。そのため、継代を長く重ねて、製造に要る数まで増やせます(Nakagawa 2014)。
- 何にでもなる力(多能性):体のさまざまな種類の細胞になれる力です。分化誘導の手順は、この力を持った未分化の細胞から始めることを前提に組まれています。
増やす間の条件がずれて細胞の状態がそろわないと、同じ手順で分化させても、目的の細胞になる割合が動きます(iPS細胞の分化誘導)。国際幹細胞学会(ISSCR)の2023年の基準も、使う細胞が未分化の状態にあるかを、未分化の細胞に特有の目印(マーカー)の量で確かめ続けることを勧めています(2.1.1.a)。
つまり、増やす段で守っているのは、細胞の数と、分化させる力の2つです。未分化を保つことの意味と仕組みは、未分化維持とはと足場と培地で未分化を保つ仕組みで説明します。では、同じ細胞が最後に残ると、なぜ困るのか。
3. なぜ最後に残ると困るのか
移植する細胞に未分化の細胞が残ると困るのは、増え続ける力と何にでもなる力を持ったまま体に入り、移植した先で奇形腫多能性幹細胞が体内で増え、複数の組織が混じって形成される腫瘍。残存未分化細胞のリスク指標になる。詳しく →をつくるおそれがあるためです。 奇形腫(テラトーマ多能性細胞が体内で複数種の組織を含む腫瘍を作る現象。残存未分化細胞による造腫瘍性の代表例。詳しく →)とは、体の組織のもとになる3つの層(胚葉)のうち、2つ以上に由来する組織が混ざった腫瘍のことです。
目的の細胞は、心筋や神経のように、すでに特定の種類に決まった細胞です。これに対して未分化の細胞は、体の中でも増え続けながら、別々の胚葉に由来する組織へ分かれていきます。
この奇形腫をつくる力は、研究では多能性の証拠として使われてきました。ヒトのiPS細胞を初めて報告した研究も、移植してできた奇形腫の中に、3つの胚葉の組織があることを示しています(Takahashi 2007)。いまは、試験管の中で分化させる方法でも多能性を示せるとされています(ISSCR 2023、2.1.2)。
厚生労働省が2019年に示したガイドライン(試験の例と留意点をまとめた文書で、申請への拘束力は持たない)も、この性質を2つの場所で扱っています。iPS細胞のセルバンク目的物質を作る細胞をあらかじめ大量に凍結保存し、製造のたびに同じ素性の細胞を使えるようにした細胞の在庫(MCB/WCB)のことです。詳しく →(製造の出発点として凍結保管する細胞)では、増殖性と多能性を確かめるために、奇形腫をつくる力を確認することがあるとしています(5.1)。一方で、中間製品(製造途中の細胞)と最終製品では、残った未分化の細胞の量を品質特性として評価し、管理することが必要だとしています(5.2)。
つまり、困るのは未分化の性質そのものではなく、その性質を持った細胞が、移植する細胞に混ざって体に入ることです。では、分化させたのに、なぜ未分化の細胞が残るのか。
4. なぜ分化させても未分化の細胞が残るのか
分化させても未分化の細胞が残るのは、分化誘導で、すべての細胞が目的の細胞へ進むわけではないためです。 薬剤を同じ順番で与えても、別の系統へ進む細胞や、未分化のまま残る細胞が出ます(iPS細胞の分化誘導)。
効率の高い報告でも、100%には届いていません。心筋を作る手順をまとめた報告では、複数の株で、14日ほどで80〜98%の細胞が心筋になりました(Lian 2013)。
どの程度残るかは、株によっても違います。マウスのiPS細胞36株から神経の細胞の集まりを作り、移植して比べた研究があります。大人の組織から作った株の間では奇形腫のできやすさが大きく違い、その違いは未分化の細胞の残り方と対応していました(Miura 2009)。
このように、分化の効率を上げても、残りがゼロになるとは限りません。では、どれだけ残ると問題になるのか。
5. どのくらい残ると問題になるのか
どのくらい残ると問題になるかは1つの数では決まらず、移植する細胞の数と、移植する場所によって変わります。
動物では、何個の細胞で腫瘍ができたのか
動物実験では、腫瘍のできやすさを、移植した動物の半数に腫瘍ができる細胞の数(50%腫瘍形成量)で表すことがあります。iPS細胞だけを、人の細胞が生着しやすい重い免疫不全のマウスの皮下へ、腫瘍をできやすくするゲルと一緒に移植した報告では、この数は約130個でした。
同じ報告で、免疫不全のラットの網膜の下へ移植すると約5万個で、移植する場所と条件によって約400倍の差が出ています(Kanemura 2014)。著者らは、免疫不全の程度やゲルの有無に加え、網膜の下の環境が差の一因と考えています。
投与する細胞の数で、何が変わるのか
移植する細胞の数も、製品によって桁で違います。網膜の病気に使う網膜色素上皮網膜の外側にある色素を持つ上皮細胞。iPS細胞からの分化誘導で作られ、再生医療での臨床応用が進む系統。詳しく →では約5万個、心不全に使う心筋では少なくとも10億個が要ると見積もられています(Kuroda 2015)。
同じ割合の混入でも、体に入る個数は投与する数で変わります。 0.001%の混入は、5万個の中では1個に届きませんが、10億個の中では1万個にあたります。
一方で、検査で示せるのは、その方法で見つけられる最も少ない割合(検出の下限)より少ない、というところまでです。心筋の数を見積もった同じ報告では、心筋に混ぜたiPS細胞を0.001%(10万個に1個)まで見つけられましたが、下限は方法によって桁で違います(純化と未分化細胞の検出)。
ガイドラインも、必要な細胞の数、投与の経路と部位、免疫抑制薬剤や疾患などによって免疫系の応答能力が低下し、感染症やがんへの抵抗力が弱まった状態。詳しく →剤を使うかどうかは製品ごとに違うため、腫瘍をつくるリスクを、試験法の能力と限界を理解したうえで総合的に考えるよう求めています(4)。つまり、問題になる量は、検出の下限、投与する細胞の数、移植する場所を組にして考えます。では、工程の中ではどう手を打つのか。
6. 工程の中では、どう手を打つのか
工程の中では、分化を進める、純化で減らす、検査で確かめる、の3段で未分化の細胞を扱います。
- 分化を進める:分化誘導の条件を株ごとに詰め、未分化のまま残る細胞を最初から減らします。
- 純化で減らす:目的の細胞と未分化の細胞の性質の違いを使います。心筋では、未分化の細胞を含む心筋以外の細胞が、ブドウ糖を抜いて乳酸を加えた培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →で生き残れない違いを使う方法が報告されています(Tohyama 2013)。
- 検査で確かめる:残った未分化の細胞が検出の下限より少ないことを、中間製品や最終製品で確かめます。
3つの段は、互いの代わりにはなりません。純化だけでは残った量が分からず、検査では細胞を減らせないためです。純化と検査の方法は純化と未分化細胞の検出で比べています。
2026年3月6日に日本で条件及び期限付きで承認された、iPS細胞から作った2つの製品でも、この考え方がとられています。重症心不全に使うヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シート表面の温度応答性ポリマーにより、温度を下げるだけで酵素を使わず細胞をシート状のまま剥がして回収できる培養皿です。詳しく →には「未分化iPS細胞が理論上存在しない規格値」、パーキンソン病に使うラグネプロセルには「未分化iPS細胞の混入率の規格値」が、製造工程に設けられました(厚生労働省 2026)。
どちらの製品でも、移植のあとにMRI(磁気共鳴画像)などの画像検査で経過を観察する対応がとられています。このように、未分化の細胞は、減らす段と確かめる段を組み合わせ、移植のあとの観察まで含めて扱います。では、自分の工程では何から確かめるのか。
7. 自分の工程では何から確かめるのか
自分の工程では、問題になる量を決める条件から順に、次の4つを確かめます。
- 投与する細胞の数と移植する場所:1回に投与する細胞の数と、移植する場所を確かめます。混ざりうる個数と、腫瘍のできやすさの見当が、ここで決まります。
- 分化を終えた時点の残り方:その株と条件で分化させたあとに、未分化の細胞がどれだけ残るかを、未分化の目印(マーカー)で測っておきます。その目印が自分の目的の細胞で使えるかも、あわせて確かめます。
- 純化の方法:目的の細胞に、未分化の細胞と見分けられる性質があるかを確かめ、減らす段を置けるかを決めます。
- 検査の方法と測る時点:検出の下限に1回の投与数を掛けて、検出されなくても混ざりうる個数に直し、1の条件に照らして十分に少ないかを確かめます。そのうえで、中間製品と最終製品のどこで測るかを決めます。
ゲノムの変化は、これとは別に、核型解析培養した細胞の染色体の数や構造に異常がないかを調べ、ゲノムが安定しているかを確認する評価です。詳しく →(染色体の数と形を調べる検査)などで確かめます(核型解析とゲノム安定性)。品質試験の全体は細胞治療の品質管理(CQA)にまとめ、検出の受託先は残存未分化iPS細胞検出で比べられます。
参考文献
- 厚生労働省医薬・生活衛生局医療機器審査管理課長通知 薬生機審発0627第1号(令和元年6月27日), ヒト細胞加工製品の未分化多能性幹細胞・形質転換細胞検出試験、造腫瘍性試験及び遺伝的安定性評価に関するガイドラインについて(別添の留意点。1 テラトーマ形成能を固有の性質とする多能性幹細胞では最終製品に残存する未分化細胞に起因する腫瘍形成のリスクもあること、2 申請への拘束力を持たないこと、3 テラトーマの定義、4 必要な細胞数・適用経路・部位が製品ごとに違うため総合的に考察すること、5.1 セル・バンクの増殖性と多能性を検証するためにテラトーマ形成能を確認することがあること、5.2 中間製品・最終製品の未分化細胞の混在量を品質特性として評価し管理することが必要であること、5.2.1・5.2.2・7 未分化細胞・形質転換発現プラスミドなどの外来DNAを細菌に導入する操作。詳しく →細胞の検出と遺伝的安定性)
- 厚生労働省医薬局医療機器審査管理課, 再生医療等製品3品目の条件及び期限付承認について(中医協 総-11-2、2026年4月8日。ヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シートは「製造工程において未分化iPS細胞が理論上存在しない規格値を設定」、MRI又はCTでの評価。ラグネプロセルは「製造工程において未分化iPS細胞の混入率の規格値を設定」、定期的なMRI等による観察)
- 厚生労働省, 上野大臣会見概要(2026年3月6日)(iPS細胞を用いた再生医療等製品2品目を、同日に条件及び期限付きで承認したこと)
- International Society for Stem Cell Research, Standards for Human Stem Cell Use in Research(2023年。Recommendation 2.1.1.a 未分化の状態を目印の定量で確かめ続けること、2.1.2 移植による奇形腫の試験は多能性を強く示す方法として広く使われてきたが、必須ではなく、試験管内の分化で示せること)
- Nakagawa M, Taniguchi Y, Senda S, et al. A novel efficient feeder-free culture system for the derivation of human induced pluripotent stem cells. Sci Rep. 2014;4:3594.(ヒトiPS細胞を単一細胞にばらして長期間継代でき、核型の異常が出なかったこと)
- Takahashi K, Tanabe K, Ohnuki M, et al. Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors. Cell. 2007;131(5):861-872.(ヒトiPS細胞が試験管内と奇形腫の中で3つの胚葉の細胞に分化したこと)
- Lian X, Zhang J, Azarin SM, et al. Directed cardiomyocyte differentiation from human pluripotent stem cells by modulating Wnt/β-catenin signaling under fully defined conditions. Nat Protoc. 2013;8(1):162-175.(複数の株から14日で80〜98%の心筋)
- Miura K, Okada Y, Aoi T, et al. Variation in the safety of induced pluripotent stem cell lines. Nat Biotechnol. 2009;27(8):743-745.(マウスiPS細胞36株から作った神経の細胞の集まりで、大人の組織から作った株の間の奇形腫のできやすさの違いが、未分化細胞の残り方と対応したこと)
- Kanemura H, Go MJ, Shikamura M, et al. Tumorigenicity studies of induced pluripotent stem cell (iPSC)-derived retinal pigment epithelium (RPE) for the treatment of age-related macular degeneration. PLoS One. 2014;9(1):e85336.(未分化iPS細胞の50%腫瘍形成量が、NOGマウスの皮下にマトリゲルとともに移植して10の2.12乗個、ヌードラットの網膜下で10の4.73乗個。約400倍の差と、その理由の考察)
- Kuroda T, Yasuda S, Matsuyama S, et al. Highly sensitive droplet digital PCR method for detection of residual undifferentiated cells in cardiomyocytes derived from human pluripotent stem cells. Regen Ther. 2015;2:17-23.(心不全の患者1人に少なくとも10⁹個の心筋細胞、網膜変性に約5×10⁴個の網膜色素上皮が要るという見積もり。LIN28のデジタルPCR反応液を無数の微小区画に分けて増幅し、陽性区画の数から核酸の量を絶対値で数える装置です。ごく微量の検出や定量に強みがあります。詳しく →で心筋に混ぜたiPS細胞を0.001%まで検出)
- Tohyama S, Hattori F, Sano M, et al. Distinct metabolic flow enables large-scale purification of mouse and human pluripotent stem cell-derived cardiomyocytes. Cell Stem Cell. 2013;12(1):127-137.(未分化細胞を含む心筋以外の細胞と心筋とで、ブドウ糖と乳酸の代謝が違い、ブドウ糖を抜いて乳酸を加えた培地で心筋だけが生き残ったこと)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/ipsc-residual-undifferentiated-cells-paradox