bioRxiv に、小型 Cas ヌクレアーゼの活性を高めるための真核細胞での定向進化プラットフォームに関するプレプリントが投稿された。抄録によれば、要旨は次のとおりである。
- コンパクトな Cas ヌクレアーゼは、広く使われる SpCas9 より小さく、in vivo 応用でより効率的な送達を可能にする点で有利である
- 中でも、ファージがコードする CasΦ2(Cas12j2)は、緩い PAM 要求(5'-TTN-3')と757アミノ酸という小ささから有望とされる。しかし編集活性が低いため、実用化の見込みが限られていた
- CasΦ2 の効力を高めるため、既報の EPICA システムを最適化し、EPICA.2 を開発した。活性がほぼ検出できないヌクレアーゼを改良するための真核細胞定向進化プラットフォームである
- EPICA.2 は、活性型変異体を濃縮するための酵母での進化ラウンドを追加し、低バックグラウンドの哺乳類系と組み合わせる構成をとる
「小さいが弱い酵素を、進化で強くする」という筋書きだが、なぜ小ささにそこまでこだわるのかが、この分野の制約を映している。
積載容量が編集の方式を決めている
in vivo の遺伝子治療では、編集酵素そのものを体内に届ける必要がある。AAVベクターを使う場合、積載容量は約4.7キロベースに限られる。
SpCas9 は1,368アミノ酸で、コード領域だけで4.1キロベース程度を占める。ここにプロモーター、ガイドRNA発現カセット、ポリA、ITR を加えると収まらない。
このため、実務では次の回避策が取られてきた。
- 2つのベクターに分割する。ただし両方が同じ細胞に入る必要があり、効率が落ちる
- 小型のオルソログを使う。SaCas9 など。ただし PAM 要求が厳しくなり、狙える部位が減る
- 非ウイルス的な送達に切り替える。ex vivo なら成立するが、in vivo では届く組織が限られる
757アミノ酸で、しかも PAM が 5'-TTN-3' と緩い——これは、上記の制約を同時に緩める組み合わせにあたる。だからこそ、活性の低さだけが障害として残っていた。
「ほぼ活性がない」ものを進化させる難しさ
定向進化は、変異を入れて活性の高いものを選ぶ操作を繰り返す。ここで問題になるのは、出発点の活性が低すぎると選抜が働かないことである。
- 活性型と非活性型を分ける信号が、バックグラウンドに埋もれる
- 選抜圧をかけても、実際には偶然で生き残ったものを拾ってしまう
- ラウンドを重ねても活性が上がらない
抄録が 「低バックグラウンドの哺乳類系」と「酵母での進化ラウンドの追加」を並べているのは、この問題への対処と読める。酵母は増殖が速く扱いやすいため多くの変異体を回せる。一方、最終的に使う環境は哺乳類細胞であり、酵母で良かったものが哺乳類で機能するとは限らない。二段構えにして、量と環境の両方を取るという設計になっている。
PAM が緩いことの実務的な意味
PAM は、Cas が結合するために必要な近傍配列である。要求が厳しいほど、狙える編集部位が限られる。
- 塩基編集・プライム編集では、編集したい塩基と PAM の距離が決まっているため、PAM の選択肢が少ないと目的の変異を作れない
- オフターゲットの設計でも、部位の選択肢が多いほど、類似配列の少ない標的を選べる
5'-TTN-3' は、GC に富む領域を除けばゲノム上に高頻度で現れる。設計の自由度という観点で、実用上の差は小さくない。
製造の側から見ると
編集酵素が変わることは、細胞治療の製造工程にも影響する。
- CAR-Tの製造や造血幹細胞の遺伝子改変では、編集効率がそのまま製品の力価に効く
- 同種細胞の低免疫化改変では、複数座位の同時編集が要る。効率が低いと、全ての改変が入った細胞の割合が下がる
- 挿入部位に起因する遺伝毒性の評価は、酵素が変われば取り直しになる
そして、進化で得られた変異体は天然には存在しない配列である。遺伝子治療のQCでは、酵素の残存量や免疫原性の評価が論点になりうる。改変を加えたタンパク質が免疫応答を誘導する可能性は、天然型より予測しにくい。
先般報じられたVLPによる塩基編集酵素の送達のように、送達側から容量の制約を解く動きもある。酵素を小さくする道と、運び方を変える道は、同じ問題への別の解答といえる。
なお、本件はプレプリントであり査読を経ていない。改良後の活性がどの水準に達したか、オフターゲット特性がどう変わったかは、一次情報で確認する必要がある。
※ 本ページは公開情報(bioRxiv に投稿されたプレプリントの抄録)をもとにしたProglenth編集部による整理です。手法・結果・性能の詳細は一次情報をご確認ください。本文中の解説はゲノム編集一般の構造に関する説明であり、当該研究の具体的な内容や結論を示すものではありません。査読前の報告であるため、内容は今後変わりうる点にご留意ください。