イオン強度とは?溶出位置がずれる理由とバッファ設計の勘どころ

カタログには「100 mM の塩で溶出」と書いてあります。そのとおりに調製したのに、手元のバッファでは溶出の位置が動いた。塩濃度は合っているはずなのに、なぜでしょうか。
効いているのは塩濃度そのものではなく、溶液中のすべてのイオンの濃度と価数から決まる量です。これをイオン強度溶液中のイオンの量の指標。塩を加えると静電的な引力を覆い隠し、粘度を下げられることがある。詳しく →(ionic strength)と呼びます。塩を加えていないリン酸バッファにも、緩衝剤自身が出すイオンによってイオン強度があります。さらに、2価のイオンは1価よりずっと強く効き、1イオンあたりでおおよそ4倍です(価数の二乗で効くため)。モル濃度が同じでも、塩の種類とバッファの組成が変われば、イオン強度は変わります。
工程開発の人にとっては条件を移すときの落とし穴の話で、品質保証にとってはバッファの導電率液のイオン強度の目安となる電気の通りやすさ。バッファ調製やクロマト制御で監視する。詳しく →の規格を読む話です。購買や営業の人にも、レジンメーカーの資料に書かれた条件をそのまま信じてよいのかを考える手がかりです。
イオン強度は、なぜ精製から製剤まで同じように効くのか?
イオン強度は、電荷の力が届く距離を決める量です。精製でも製剤でも、効いているのは同じ静電相互作用です。
タンパク質の表面には、正と負の電荷が分布しています。この電荷どうしの引力や斥力は、周りにイオンが多いほど弱まります。対イオンある成分の電荷を打ち消すために存在する反対電荷のイオン。高濃度製剤では浸透圧を押し上げる要因になる。詳しく →が電荷のまわりに集まって、打ち消すからです。この現象を遮蔽(スクリーニング)と呼びます。イオン強度が高いほど、電荷の力が届く距離は短くなります。
この1つの性質が、あちこちの現象につながっています。
精製から製剤まで、別々に見える現象が、同じ量でつながっています。
イオン交換クロマトでは、結合と溶出をイオン強度でどう切り替えるのか?
低いイオン強度で結合させ、塩を上げて溶出させます。 イオン交換クロマトグラフィーは、この塩の効き方をそのまま使う手法です。
低いイオン強度で試料をロードすると、目的の分子はレジンのリガンドに静電的に結合します。そこから塩濃度を上げていくと、塩のイオンがリガンドへの結合を競合し、遮蔽も進んで、結合が弱まり分子が溶出します。分子ごとに電荷の分布が違うので、溶出する塩濃度がずれ、そのずれが分離として現れます。溶出に必要な塩濃度が分子ごとに違うことは、古くから理論で説明されています。
工程は、イオン強度を段階的に上げていく流れです。
| 段階 | イオン強度 | 目的 |
|---|---|---|
| ロード | 低く保つ | 目的の分子を結合させる |
| 洗浄 | 少し上げる | 結合の弱い不純物を先に除く |
| 溶出 | 上げる | 目的の分子を溶出させる |
| 再生 | さらに上げる | 強く結合したものを除く |
では、pH とイオン強度は同じ軸なのか。そうではありません。溶出しやすさを動かすのは同じでも、仕組みは別です。
- pH(電荷そのもの):分子とレジンの電荷を変える。
- イオン強度(力の届く距離):その電荷どうしの力が届く距離を変える。
pH を変えて溶出させる抗体の陽イオン交換負に帯電した担体に正電荷のタンパク質を静電的に吸着させて分離する手法。抗体のポリッシングに広く使う。詳しく →でも、イオン強度を制御すると分離が改善する、という報告があります。
ロードの前の段階にも、イオン強度は関わります。Protein A抗体に特異的に結合するProtein Aを担体に固定し、抗体だけを選択的に捕まえて精製する手法です。抗体医薬の最初の精製工程として定番になっています。詳しく → の溶出液は酸性で塩を含み、そのままではイオン交換のレジンに結合しにくいことがあります。水で希釈して塩濃度を下げる必要があり、液量が増えて、タンク容量と処理時間が増えます。この調整をどこで行うかはバッファのインライン希釈・調製でも扱っています。
導電率を合わせれば、イオン強度も合っているのか?
導電率を合わせても、イオン強度が合っているとは限りません。
現場でイオン強度を直接測ることは、まずありません。代わりに測るのが、導電率計の導電率です。導電率はイオンの濃度と移動度で決まるので、イオン強度と強く連動します。インラインで連続して測れて、溶出の勾配をそのままモニタリングできるのも利点です。
ただし、代用である以上、ずれる場面があります。
- 1つめ:温度 導電率は温度で動き、目安として1℃で2%ほど変わります。同じ液でも、冷蔵庫から出した直後と室温では値が違います。温度補正をかけて測っているか、どの温度に換算した値なのかを条件と一緒に記録しておかないと、比べられません。
- 2つめ:イオンの種類 同じイオン強度でも、移動度の大きいイオンと小さいイオンで導電率は違います。塩を NaCl から硫酸塩に替えて、導電率だけで条件を合わせると、遮蔽の強さはずれます。
- 3つめ:緩衝剤の寄与 リン酸やクエン酸のような多価の緩衝剤は、塩を加えなくてもイオン強度を持ちます。導電率を合わせたつもりでも、緩衝剤の違いで、遮蔽の強さは同じとは限りません。
条件を移すときは、何を揃えたのか(導電率か、塩濃度か、イオン強度か)を決めておきます。
カタログの溶出条件は、別のバッファやレジンに移せるのか?
そのままは移せません。カタログの溶出条件は、推奨されたバッファの組成とセットで出た値だからです。
リン酸バッファとトリスバッファでは、バッファ自身のイオン強度が違います。同じ「100 mM の NaCl で溶出」を別のバッファで再現しても、遮蔽の強さは同じになりません。
レジンそのものも違います。メーカー(Cytiva)の説明は次のとおりです。
| レジン | 基材(粒子径) | リガンド | メーカーが示す設計 |
|---|---|---|---|
| Capto S ImpAct | 50 µm のアガロース | 強陽イオン交換 | 高い結合容量担体が結合できる目的物の量。大きな粒子は樹脂ビーズの細孔に入りにくく、結合容量を稼ぎにくい。詳しく →と凝集体の除去の両立 |
| SP Sepharose Fast Flow | 架橋した6%アガロース | スルホプロピル基 | 高流量向け |
基材も、粒子径も、リガンドの付き方も違うので、同じイオン強度を与えても、結合の強さも溶出の位置も同じになりません。
レジンを替えるときは、条件を移すのではなく、条件検討をやり直します。小さなスケールで pH と塩濃度を同時に振れるプレパックカラムやプレート形式のスクリーニング製品を使うと、取り直しが速く終わります。
レジンの選び方はイオン交換レジンとは?で解説しています。
溶解度と凝集では、イオン強度が低すぎる側と高すぎる側で何が違うのか?
低すぎる側では電荷どうしの引力が残り、高すぎる側では塩析が起きます。
イオン強度は、タンパク質の溶解度にも効きます。
- 塩溶(塩を少し足したとき):遮蔽が進んで溶けやすくなることが多い。
- 塩析(さらに大きく上げたとき):水和に使われる水が塩に奪われ、今度は溶けにくくなる。
疎水性相互作用クロマトグラフィー(HIC)が高塩濃度で吸着させ、塩濃度を下げて溶出するのは、この塩析の側を使っています。
低すぎる側で問題になるのは、タンパク質によっては、電荷どうしの引力が残ることです。等電点(正味の電荷がゼロになるpH)の近くでは、電荷が小さく斥力が弱いので、pH とイオン強度の組み合わせによって、凝集しやすい領域に入ります。逆に、電荷が大きく、斥力で分散しているタンパク質では、塩を足すと遮蔽されて、かえって凝集に傾くこともあります。製剤のバッファ・pH選択でイオン強度が議論されるのは、このためです。分析でも、サイズ排除クロマトグラフィー多孔質の担体を通る時間差で分子をサイズ順に分離し、抗体の凝集体や断片がどれくらい含まれるかを測る手法です。詳しく →の移動相クロマトグラフィーにおいて試料を運ぶ液体(または気体)で、組成や流量が分離性能に大きく影響する。詳しく →のイオン強度が、担体カラムに充填する多孔質ビーズ。表面のリガンドと成分の相互作用差で目的物と不純物を分離する。詳しく →との非特異的な相互作用を変え、結果を左右します(凝集体の分析)。
溶解度の問題で塩を足すか引くかは、どちら側で困っているかを先に見分けないと、逆を向きます。低すぎて電荷どうしの引力が残っているのか、高すぎて塩析の側に入っているのか。pH も一緒に見ます。
よくある失敗:mM で条件を移すと、どこでずれるのか?
多いのは、塩の量だけを見て、組成と温度と前段の液を見ない失敗です。
- 1つめ:条件を mM で書いて移す 塩の種類と緩衝剤が違えば、同じ mM でもイオン強度は同じではありません。
- 2つめ:導電率を温度補正せずに、日をまたいで比べる 溶出位置の小さなずれが、温度のせいだったという話は珍しくありません。
- 3つめ:緩衝剤のイオン強度を忘れる 塩ゼロの状態でも出発点が違うのに、塩の量だけを議論してしまいます。
- 4つめ:ロード液の導電率を測らない バッファは規格に入っていても、前段のプールの導電率が高いままロードすると、結合せずにフロースルークロマトグラフィーで担体に結合せずに流れ出る液(画分)、またはそれを使う運転方式です。目的物を素通りさせ、不純物だけを担体に結合させて除くときに使います。詳しく →に抜けます。
- 5つめ:レジンを替えても条件を使い回す
明日から確かめられること
溶出がずれた、分離が変わったときは、次の順に見ていくと切り分けが速く終わります。
- pH:条件どおりか。分子とレジンの電荷は、pH で先に決まる
- バッファの種類:同じか。緩衝剤が違えば、塩ゼロでも出発点が違う
- 塩の種類:塩の種類と、1価か2価かは同じか
- 導電率の温度と校正:同じ温度に換算した値か。導電率計液体の電気の通しやすさを測り、塩濃度やバッファの状態を確認する計器です。クロマトや限外ろ過の工程管理に用いられます。詳しく →の校正は期限内か
- ロード液の導電率:測ったか。前段のプールのまま、希釈を省いていないか
- レジン:ロットや銘柄が変わっていないか
- 溶解度と凝集:絡むなら、塩を足す方向と引く方向のどちらで困っているか
導電率と pH の管理には導電率計とpHメーター、レジンはCEXレジンとAEXレジンで比べられます。希釈の割合を確かめるなら希釈計算ツール、粉末試薬からバッファを調製するときの秤量はバッファ調製の計算ツールが使えます。ロードする前段との関係は抗体精製ポリッシングにあります。
参考文献
- Zhang L, et al. Improving pH gradient cation-exchange chromatography of monoclonal antibodies by controlling ionic strength. J Chromatogr A. 2013.(pHで溶出させる陽イオン交換で、イオン強度の制御が分離を改善する)
- Yamamoto S, et al. Ion exchange chromatography of proteins: prediction of elution curves and operating conditions. I. Theoretical considerations. Biotechnol Bioeng. 1983.(溶出に必要な塩濃度が分子ごとに違うことの理論)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/ionic-strength-buffer-design