AZoLifeSciences の報道によれば、ケルン大学、ケルン大学病院、マックス・プランク代謝研究所の研究者が、個々の細胞の損傷を精密に定量できる手法を初めて実現したとされる。見出しによれば、臓器不全に至る前の早期の細胞損傷を同定する転写解析の枠組みである。
報道の記載は簡潔だが、扱っている問題——「弱っている」を数字にする——は、細胞を製品として扱う側にも直接効く。
いま「細胞の状態」をどう測っているか
製造の現場で細胞の状態を表す指標は、意外に粗い。
いずれも「集団として見たときにどうか」を答える。個々の細胞が均質かどうかは、これらの指標からは分からない。
しかし実際には、同じ培養槽の中で細胞の状態は分布している。シェアや通気による損傷は槽内の位置で異なるし、凍結融解や凍結保存の影響も細胞ごとに違う。
平均が同じでも分布が違うという状態を、現行の指標は区別しない。
「死ぬ前」を見ることの意味
生存率が落ちてから対処するのでは遅い、というのは培養に携わる者の実感に近い。細胞が死に始めた時点で、既にその原因は数時間から数日前に生じている。
死んだ細胞は、内容物を培養液に放出する。宿主細胞タンパク質と宿主細胞DNAが増え、下流の負荷がそのまま増える。「下流で苦労する量は上流で決まっている」という言い方は、この経路を指している。
したがって、死の手前の状態を検出できるかは、培養の切り上げ時期の判断に直結する。
細胞治療では、これが規格の問題になる
抗体医薬では細胞は道具だが、細胞治療では細胞そのものが製品である。したがって細胞の状態は、CQAとして規格に載る対象になる。
現在の規格項目は、生存率、細胞数、表面マーカー、力価が中心である。ここで問題になるのは、生存率が同じでも製品として同等とは限らないことにある。
- 凍結融解を経た細胞は、生きていても機能が落ちていることがある
- 製造の各工程での累積的なストレスが、投与後の増殖能に効く
- 自家細胞治療の同等性は、そもそもロット間の比較が成り立ちにくい
個々の細胞の損傷を定量できる枠組みがあれば、「生きている細胞のうち、どれだけが本来の状態か」という問いに答えられる可能性が出てくる。細胞傷害性アッセイや自動細胞計数が答えていない層である。
ただし、規格にするには距離がある
一方で、転写解析を製造の判定に使うことには、いくつもの障壁がある。
- 時間:シングルセルの解析は、結果が出るまで日数を要する。迅速出荷試験の要求とは相容れない
- 費用:ロットごとに回せる価格帯ではない
- 分析法バリデーション:多数の遺伝子から算出する指標について、真度・精度をどう定義するか
- 標準物質:何を基準に「損傷していない」と言うか
現実的な使い方は、工程開発の段階で使い、そこで見つかった指標を簡便な代替指標に落とすという順序になる。ソフトセンサーの考え方と同じで、重い測定で得た知見を、工程内管理で回せる指標に翻訳する。
なお、報道の記載は概要に留まっており、手法の詳細や対象とした細胞種、検証の範囲は本記事の情報に含まれない。一次情報での確認が要る。
※ 本ページは公開情報(AZoLifeSciences の報道)をもとにしたProglenth編集部による整理です。手法・検証内容・適用範囲の詳細は一次情報および原著論文をご確認ください。本文中の解説は細胞の状態評価一般の構造に関する説明であり、当該研究の具体的な内容や結論を示すものではありません。