大腸菌発酵、ラマンとAIで収量3.3倍
大腸菌の流加培養でDoEを組んでいると、条件を1つ振るたびにサンプリングから始まる長い待ち時間に付き合わされます。誘導後の冷却温度やフィード速度、誘導時間など、振りたいパラメータは3つ4つあるのに、力価を知る手段がオフラインのELISA抗原と抗体の結合を酵素反応による発色などで検出し、目的の物質の有無や量を測る手法です。不純物や力価の測定に広く使われます。詳しく →やHPLCイオン対試薬を使い疎水性の差で分ける液体クロマト。一本鎖と二本鎖RNAの分離やdsRNA除去に使われます。詳しく →しかなければ、1本の発酵が終わってから数時間後にようやく結果が出る。条件の組み合わせが多いほど、この待ち時間がそのまま開発期間に効いてきます。

Zhouらが2026年にBiotechnology and Bioprocess Engineering誌に発表した論文は、この待ち時間をラマン分光光を当てて分子固有の散乱スペクトルを捉え、培養液中の糖や代謝物などの濃度を無菌のまま連続監視する手法です。抜き取り不要で測れます。詳しく →とAIで潰せないかを確かめました。オンラインのラマンスペクトルを、遺伝子アルゴリズムを組み込んだ半教師あり畳み込みニューラルネットワーク(GA-SCNN)でその場の力価予測に変換しました。これをDoEパラメータを変えたときCQAがどう応答するかを効率よく調べる実験計画法。詳しく →と組み合わせ、誘導後の冷却温度・フィード速度・誘導時間を最適化した結果、目的タンパク質(ProA5m)の力価は2.80 g/Lから9.37 g/Lまで、およそ3.3倍に伸びたと報告しています。
本稿では、この論文がラマンのスペクトルから力価をどう読み取ったのかを確かめたうえで、実在するラマン分析装置に照らして、この手法がどこまで工場のラインに近いのかを5分でたどります。
- Zhouらは、大腸菌の流加培養でラマンスペクトルをGA-SCNNというAIモデルにかけ、オフラインのアッセイを待たずに力価をその場で予測できるようにしました。
- このモデルとDoEを組み合わせ、誘導後の冷却温度22℃・誘導時間10.3時間・フィード速度0.27/hという条件で、目的タンパク質の力価が2.80 g/Lから9.37 g/Lまで伸びたと報告しています。
- 5 Lスケールの新しい発酵でも同じモデルが力価をオフライン測定とよく一致する精度で予測できたとしており、モデルを使い回せる見込みを示しています。
この論文が言っていること
論文が扱うのは、大腸菌の組換えタンパク質遺伝子組換えで微生物や細胞に作らせた目的タンパク質。宿主により折りたたみやコスト、糖鎖が異なる。詳しく →発酵において、力価をどう「早く」知るかという問題です。従来のラマンモデルは、スペクトルと力価のペアを大量に集めて教師あり学習させる必要があり、そのペア自体を作るのにオフライン測定の手間がかかるという堂々巡りがありました。
GA-SCNNはここに手を入れています。まず教師なしでスペクトルの特徴をラベル付けし、そのうえでごく少数のオフライン測定値と組み合わせて回帰モデルを組み立てる半教師あり方式です。培地は既知組成の規定培地を使い、成分由来のスペクトルの揺れを抑えたうえで、このモデルを発酵データで訓練しています。訓練したモデルは、別の5 L発酵でもオフライン測定とよく一致する力価予測を返したと報告されていて、モデルを1回作れば次の発酵でも使い回せる見込みを示しています。この「その場で読める」状態を土台に、実験計画法(DoE)で誘導後の冷却温度・フィード速度・誘導時間という3つの因子を振りました。目的タンパク質(論文中でProA5mと呼ばれる組換えタンパク質)の力価を最大化する条件を、この3因子から探索しています。見つかった条件は、冷却温度22℃、誘導時間10.3時間、フィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。詳しく →速度0.27/hです。この条件で力価は2.80 g/Lから9.37 g/Lまで伸びています。
リアルタイムでスペクトルから力価が読めるようになったことで、DoEの1本ごとに待たされていた時間そのものが縮んだ。これがこの論文の核心です。
ラマンによる発酵監視を実在の技術で追う
論文が示したのはモデルの性能ですが、これを工場のラインに乗せるには、オンラインでスペクトルを取り続けるハードウェアが要ります。実在するラマン分析装置の代表が、Endress+Hauser(旧Kaiser Optical Systems)のRaman Rxn2です。bIO-PROという専用プローブと組み合わせて発酵槽やバイオリアクター細胞やウイルスの培養を制御された環境下で大規模に行うための培養槽で、商業規模の製造に用いられる。詳しく →に直挿しでき、SIP/CIPタンクや配管を分解せず設置したまま洗浄(CIP)し、蒸気などで滅菌(SIP)する仕組みです。詳しく →にも耐える設計で、cGMP環境での連続運用を前提に売られています。同じ用途にはMettler-ToledoのReactRamanのような装置も選ばれていて、どちらもオンラインで長期間スペクトルを取り続けることを前提に作られています。プローブを培養槽に挿したまま、オフラインのサンプリングなしで代謝物やタンパク質関連のスペクトルを取り続けられる点は、論文が土台に置いた「その場で読める」発酵と同じ発想です。
もっとも、装置さえ挿せばそのまま使えるわけではありません。ラマンのスペクトルは培地の組成や細胞密度、泡立ちの影響を受けやすく、モデルを作るたびにその発酵系専用のキャリブレーションある標準を上位の基準に対して値づけし、測定の基点にそろえること。詳しく →が要ります。論文が既知組成の規定培地を選んでスペクトルの揺れを抑えたのも、この事情を踏まえた設計です。複雑な有機培地や高密度培養菌体を高い密度まで増やして、容積あたりの生産性を高める培養。詳しく →では、同じ精度が出るとは限りません。
この論文を読んだあとに確認すべきは、「ラマンとAIを入れれば発酵開発が速くなる」ということではありません。論文が示したのは、規定培地・特定の大腸菌株・特定のタンパク質という条件での結果です。自社の培地や菌株にそのままモデルが転用できるかは別問題で、キャリブレーション用のオフライン測定を最初にどれだけ用意できるかが、実際に速くなるかどうかを左右します。
この論文だけでは決まらないこと
この論文が確かめたのは、規定培地を使った1つの大腸菌発酵大腸菌などの微生物を培養槽で増やし、目的タンパク質などを作らせて回収する製造工程です。詳しく →系で、ラマンとGA-SCNNの組み合わせが力価予測とDoE最適化に使えるという点です。複雑な培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →や、分泌型・膜タンパク質のように挙動の異なる目的タンパク質でも同じ精度が出るかは、この論文の範囲外です。
もう1つ触れていないのが、下流の精製工程との接続です。力価が3.3倍に伸びれば、それだけ多くのタンパク質を捕捉・精製する必要が出てきます。培養側の生産性が上がった分、下流のボトルネックがどこに移るかは、この論文の外側にある検討課題です。
論文はラマンとAIの組み合わせでDoEを速く回せることを示しました。自社の菌株・培地・目的タンパク質でどこまで再現するかは、キャリブレーションから始める検討課題です。
参考文献
- Zhou X, Duan S, Liu Y, Chen S, Ma Y, Wang T, Luo A, Zhang S, Wen Z. Accelerating process development of recombinant protein in Escherichia coli fermentation through deep learning and Raman process analysis techniques. Biotechnology and Bioprocess Engineering. 2026;31(2):238-248.
- Liu Y, et al. Genetic algorithm-based semisupervised convolutional neural network for real-time monitoring of Escherichia coli fermentation of recombinant遺伝子組換え技術を用いて微生物や細胞に目的タンパク質を産生させることで製造された成分を指し、動物由来成分を含まない点が特徴。詳しく → protein production using a Raman sensor. Biotechnology and Bioengineering. 2024. DOI: 10.1002/bit.28661
- Endress+Hauser, Raman Rxn2 analyzer(製品情報)
※ 本ページは公開情報をもとにしたProglenth編集部による整理です。詳細・数値は一次情報もあわせてご確認ください。
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