乾熱脱パイロジェンとFH値とは?
バイアル充填ラインを担当していると、乾いた高温の風が吹き抜けるトンネルの前を毎日のように通ります。洗浄機を出たあとに置かれた、ただの通過点に見えるかもしれません。ですがそこでは、無菌化とは別の目的を持つ工程が進んでいます。洗浄で微生物の大半が落ちても、細菌の細胞壁に由来する発熱性物質(パイロジェン、主にエンドトキシングラム陰性菌の外膜由来の発熱性物質(LPS)で、注射剤では厳しく管理し、LAL試験などで測定します。詳しく →)は残ります。生きた菌よりずっと高い温度でなければ、壊れないからです。

核心は一点だけです。トンネルの温度と時間をどう組み合わせれば「エンドトキシンを1,000分の1まで壊した」と言えるか、という点に尽きます。これを1つの数字に積算した指標がFH値です。乾熱の脱パイロジェン効果を、250℃を基準にした分数に置き換えます。発想は蒸気滅菌のF0値と同じですが、中身はかなり違います。
本稿では、脱パイロジェンが滅菌と何を分けて考える工程なのか、USP<1211>やPh. Eur.欧州医薬品品質局(EDQM)が発行する、医薬品の品質基準を定めた公定書で、署名国・加盟国の規制に法的効力を持つ。詳しく → 2.6.8が数字でどう線を引いているか、トンネルの中で温度と気流がどう作られているか、コールドスポットとチャレンジバイアルによる検証の実際、バッチ式とトンネル式の装置選び、そして導入前に決めておく順番まで、工程の流れに沿って整理します。
- 脱パイロジェンは無菌化と別の目的の工程で、エンドトキシンを規格の1,000分の1(3桁減少)まで壊すことを求められます。
- FH値は蒸気滅菌のF0値と同じ発想ですが、基準温度も換算に使うz値も業界内で一本化されていません。
- トンネルは予熱・加熱・冷却の3ゾーンで構成され、コールドスポットに置いたチャレンジバイアルで実際の減少率を確かめます。
乾熱脱パイロジェンとは ― 滅菌との違い
脱パイロジェン(dry heat depyrogenation器材や製品からエンドトキシンなどの発熱性物質を除去・不活化する処理で、乾熱処理が代表的な方法。詳しく →)は、微生物を殺す滅菌とは別の目標を持つ工程です。相手が違います。
微生物は水分があれば、比較的低い温度でも死にます。蒸気滅菌が121℃前後で足りるのはそのためです。ところがエンドトキシン(グラム陰性菌外膜をもつ細菌の分類。大腸菌が代表で、比較的壊しやすく外膜にエンドトキシンをもつ。詳しく →の細胞壁に含まれるリポ多糖)は熱に強いのです。菌体そのものが死んでも、分解されずに残ります。これを患者に投与すると発熱反応が起きます。だから意味のある破壊には、200℃を超える乾いた高温が要ります。ガラスバイアルが完全に無菌でも、器壁にエンドトキシンが残っていれば話は別です。洗浄前の水や環境に由来するその残留物は、無菌性とは別の合否判定の対象です。
滅菌でエンドトキシンは壊れず、脱パイロジェンで微生物を必ずしも殺さなくても構いません。求めるものが違う以上、検証も別に立てる必要があります。
3桁減少という要求 ― USP<1211>とPh. Eur. 2.6.8
脱パイロジェンの合格基準は、温度そのものではありません。エンドトキシンをどれだけ減らせたかです。
USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく →<1211>(Sterilization and Sterility Assurance of Compendial Articles)は、温度や時間の数値を指定しません。求めるのは成果だけです。出発濃度1,000エンドトキシン単位(EU)以上のチャレンジから、3桁減少(1,000分の1、99.9%の破壊)を示すことを求めます。一方でPh. Eur. 2.6.8(パイロジェン試験の章に置かれた乾熱脱パイロジェンの条件)は具体的です。250℃・30分、または200℃・60分という2組の条件を挙げています。この2つは互いに置き換えられる関係ではないと、同章が明記しています。同じ「3桁減少」を求めていても、規格の書き方が違えば検証の組み方も変わるのです。
現場で誤読しやすいのがここです。「250℃・30分を満たせば合格」ではなく、「250℃・30分は3桁減少を満たすと想定される目安の条件」というのが正確な読み方です。実際のトンネルが本当に3桁減らしているかは、後述するチャレンジバイアルで別途確かめる必要があります。温度計の読み値だけでは合否を語れません。
規格が定めるのは「何度で何分」ではなく「どれだけ減ったか」で、温度と時間の組み合わせを選ぶ余地は現場に残っています。
FH値という数字 ― 基準温度とz値の中身
FH値は、実際の温度履歴を250℃・一定時間に相当する量へ積算し直した指標です。発想は、蒸気滅菌のF0値(121.1℃・z値10℃で換算する指標)と同じです。
ただし中身は違います。F0値は、誰が計算しても数字が一致します。基準がz値10℃・121.1℃で世界共通だからです。ところがエンドトキシンの熱破壊は、そこまで単純ではありません。文献によって基準が割れています。基準温度170℃・z値54℃を使う研究もあれば、基準温度250℃・z値46.4℃を使う研究もあります。しかも180℃を下回ると、ほとんど破壊が進まないという報告もあります。温度全域を1本の指数関数に乗せること自体に、そもそも無理があるのです。
FH値は蒸気滅菌のF0値ほど一本化されていません。他社のバリデーション報告書に載っているFH値をそのまま自社の合格基準として流用すると、前提にした基準温度とz値が違ったまま数字だけを比べてしまいます。まず自社の手順として、どの基準温度とz値を採用するかを先に決めておく必要があります。
FH値を使うなら、採用した基準温度とz値を記録に残しておかないと、その数字は他所のFH値と比べられません。
トンネルの中で起きていること ― 予熱・加熱・冷却の3ゾーン
実際のトンネルは、洗浄機と充填処方済みの溶液をバイアルやシリンジなどの容器へ無菌的に充填し、封止する製造工程。詳しく →機のあいだに据え付けられる密閉構造です。バイアルはベルトに乗って3つの温度帯を順に通過します。
最初の予熱ゾーンは、ガラスの温度をゆるやかに上げます。急に高温へさらすと、熱衝撃で割れるからです。続く加熱ゾーンでは、HEPAフィルターを通した300℃から350℃の熱風を容器に当て続けます。気流は0.4から0.5メートル毎秒の層流です。滞留時間はバイアルの形状や肉厚で変わり、おおむね6分から10分です。最後の冷却ゾーンで温度を落とします。充填機側のシリコーンパーツや薬液を、熱で傷めないためです。装置の顔ぶれも分かれます。GetingeやFedegari、Memmertはバッチ式の乾熱オーブンが中心です。Despatch(Thermo Fisher傘下)やSyntegon(旧Bosch)は、充填ラインへ直結する連続式トンネルを手がけています。SyntegonのHQLシリーズは熱交換器で排熱を回収し、消費エネルギーを抑えながら再現性を確保するとしています。
滞留時間を決めているのはベルト速度で、設定温度が同じでも搬送を速めれば、その分だけ実質の熱量は減ります。
コールドスポットとチャレンジバイアル ― 検証の実際
温度計を並べて記録するだけでは、エンドトキシンが実際にどれだけ壊れたかは分かりません。
検証にはエンドトキシン・チャレンジバイアルを使います。既知濃度のコントロール標準エンドトキシンを乾燥固着させたガラス容器で、Bioendoのようなメーカーが1,000から10,000EU入りの製品を供給しています。手順はこうです。まず熱電対でトンネル内の温度分布を測り、いちばん温度が上がりにくいコールドスポットを特定します。そこにチャレンジバイアルを置いてトンネルを通過させます。あとはLAL試験(カブトガニ血球抽出物を使うエンドトキシン試験微生物そのものでなく、グラム陰性菌由来の発熱性物質エンドトキシンの量を測る試験。詳しく →)で残存量を測るだけです。封入量から3桁以上減っていて初めて、合格と判定されます。PDA Technical Report No. 3(2013年改訂版、乾熱プロセスのバリデーション試験法が目的に合う性能を持つことを立証する妥当性確認。正確さ・精度などを評価する。詳しく →)は、この進め方を示す業界共通の参照先です。コールドスポットの特定と、最悪条件での再現性確認をまとめています。
温度分布のマッピング自体は、滅菌バリデーションの熱電対マッピングとよく似た手順です。ただし見ている合否の基準点が違います。滅菌のマッピングは「すべての点が必要温度を超えたか」を見ますが、脱パイロジェンのマッピングは「いちばん熱が入りにくい1点で3桁減少が成り立つか」を見ます。同じ作業に見えても、判定の軸は別です。
チャレンジバイアルの合格は、検証時の設置位置とベルト速度に限った結果で、条件を変えれば再検証が要ります。
バッチ式とトンネル式 ― 装置構成による違い
装置の選び方は、扱う数量とラインの形で決まります。
小ロットや治験薬臨床試験(治験)において被験者に投与するために製造された、未承認または既承認の医薬品のこと。詳しく →、原料の乾熱滅菌にはバッチ式オーブンが向きます。GetingeやFedegari、Memmertの製品は、チャンバーに容器をまとめて入れます。昇温・保持・冷却を1サイクルで終える方式です。段取り替えが容易で、多品種少量に強い一方、サイクルごとに待ち時間が生じます。対して、大量生産のバイアル充填ラインには連続式トンネルが組み込まれます。DespatchやSyntegonのトンネルは洗浄機と充填機のあいだに直結します。ベルトが止まらない限り、処理は続きます。Syntegonがグローブレス型の無菌充填ライン「SynTiso」を展開する際も、上流にこの種の連続式トンネルを前提にした構成を組んでいます。連続式は高い処理能力と引き換えに、設置面積と初期投資が大きくなります。
数量が少ないうちはバッチ式で足りても、商用スケールに移ればベルトを止めない連続式トンネルへの切り替えを検討する場面が出てきます。
他の工程との接続 ― CCSと薬液側のエンドトキシン試験
脱パイロジェンは単独で完結する工程ではありません。ライン全体の汚染管理戦略(CCS)の一部です。
EU GMP Annex 1は、容器の洗浄・脱パイロジェン・搬送までを一体で評価するよう求めています。トンネル単独のバリデーションだけでは完結しないのです。純蒸気や圧縮空気などのクリーンユーティリティも、トンネルの熱源やHEPA前段の空気の品質に関わってきます。原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →側でエンドトキシン試験(LAL/rFC)の規格を守っていても、安心はできません。容器側の脱パイロジェンが甘ければ、最終製品のエンドトキシン規格は保てないからです。両者は別の工程で、担当するチームも別なことが多いのです。だからこそ、どちらか一方の合格をもう一方の免除理由にしてはいけません。
容器の脱パイロジェンと薬液のエンドトキシン試験は、片方だけでは製品全体の規格を保証できません。
トンネル導入で決めておくこと ― 検証までの順番
最後に、トンネルを選ぶ前に決めておく順番を整理します。
まず、扱うバイアルの形状と肉厚を洗い出します。肉厚が厚いガラスは、中心まで熱が伝わるのに時間がかかります。同じ設定温度でも、必要な滞留時間が変わるのです。次に、想定する生産数量からベルト速度と処理能力を逆算します。バッチ式で足りるか、連続式が要るかはここで決まります。そのうえで、基準温度とFH値の換算に使うz値を自社の手順として先に固定します。ここを後回しにすると、前節で触れたとおり、他所のFH値と比較できない数字だけが積み上がります。続いて熱電対でトンネル内の温度分布を測り、コールドスポットを特定します。最後に、そのコールドスポットへチャレンジバイアルを置いて3桁減少を確認します。装置やベルト速度、バイアル形状のいずれかを変えたら、そのたびに再検証する運用ルールも決めておきます。
この順番を踏んでおけば、装置メーカーから提示されるFH値やサイクル条件を、自社の合格基準としてそのまま受け取らずに評価できます。
参考文献
- USP General Chapter <1211> Sterilization and Sterility Assurance of Compendial Articles(乾熱脱パイロジェンの3桁減少要求)
- Ph. Eur. 2.6.8 Pyrogens(乾熱脱パイロジェンの温度・時間条件)
- PDA, Technical Report No. 3 (Revised 2013): Validation of Dry Heat Processes Used for Sterilization and Depyrogenation
- ISPE, Validation of a Depyrogenation Tunnel(Pharmaceutical Engineering)
- PDA Journal of Pharmaceutical Science and Technology, F Value Requirements for the Destruction of Endotoxin in the Validation of Dry Heat Sterilization/Depyrogenation Cycles
- Syntegon, 脱パイロジェントンネル(HQLシリーズ)製品情報(熱交換器によるエネルギー回収)
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