バイオ医薬品の安定性試験(ICH Q5C)とは?
抗体や組換えタンパク質遺伝子組換えで微生物や細胞に作らせた目的タンパク質。宿主により折りたたみやコスト、糖鎖が異なる。詳しく →の製剤を開発していると、「この製品は何か月もつのか」をデータで示す場面に必ず突き当たります。答えは勘では出せません。有効期間と貯法は、実際に検体を置いて品質の変化を追った記録から決めます。置き方を間違えると、あとから取り返せない。その置き方と評価の共通ルールのうち、低分子ではなく生物薬品(バイオ医薬品)に向けて書かれたものが ICH Q5Cバイオテクノロジー応用医薬品の安定性試験の考え方を示す国際調和ガイドライン。詳しく → です。1995年に、安定性試験出荷時から有効期限まで品質特性が規格内にとどまることを確認する試験。詳しく →の一般ルールを補う位置づけで出されました。

ICH Q5C は、安定性試験の一般原則を示す ICH Q1A(R2)新原薬・新製剤の安定性試験全体の枠組みを示す親ガイドライン。ストレス試験も求める。詳しく → を土台にして、タンパク質製剤に固有の配慮を足した文書です。核心は一点にあります。低分子の加速試験温度などを上げて劣化を早め、短期間で安定性の傾向を調べる試験。長期保存試験を補完する。詳しく →のように高温のデータから長い有効期間医薬品が規定の品質を保てると保証される期間。安定性データの経時変化から設定する。詳しく →を外挿するのではなく、実時間・実温度で置いた記録そのものを根拠にする、という考え方です。生物薬品は分子が大きく、壊れ方も多彩だからです。温度を上げれば、本来とは別の経路の分解が顔を出します。そこで見えた傾きは、冷蔵での寿命をそのまま語ってはくれません。
本稿では、Q5C の適用範囲から、Q1 との違い、安定性指標の選び方、原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →と製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。詳しく →の扱い、光と加速・苛酷の位置づけ、有効期間の決め方まで、工程と判断の順に整理します。読む前に見取り図を持っておくと、途中で迷いません。
- Q5C はよく特性解析されたタンパク質製剤を対象にし、抗生物質・ヘパリン・全血・血球成分などは対象外です。
- 有効期間の根拠は実時間・実温度のデータで、加速と苛酷の条件は分解経路の把握と分析法の裏づけに使います。
- 安定性指標は一つに絞れないため力価・純度・分解物を組み合わせて追い、力価は参照標準に対する生物活性で見ます。
ICH Q5C は何を対象にするか ― タンパク質・ペプチド製剤
Q5C が見るのは、構造がよく分かったタンパク質やペプチド複数のアミノ酸がペプチド結合でつながった中分子化合物で、タンパク質より鎖が短いものを指す。詳しく →の製剤です。
組換えまたは非組換えの細胞培養で作られる製品が入ります。サイトカイン、エリスロポエチン、血液凝固因子、成長ホルモンや各種成長因子、インスリン、モノクローナル抗体単一のクローンに由来し、同じ標的部位を認識する均一な抗体。詳しく →、そしてよく特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。詳しく →されたタンパク質からなるワクチンが、名指しで例に挙がっています。
一方で、抗生物質、アレルゲン抽出物、ヘパリン類、ビタミン、全血、血球成分は対象外だと明記されています。線引きは明快です。これらは分子の性質や管理の考え方が違うため、同じ枠には乗りません。自分の製品に Q5C を当てはめてよいかは、まずこの線引きで決まります。
Q5C は「よく特性解析されたタンパク質製剤」を対象とし、そこから外れる製品は別の枠組みで扱います。
Q1との違い ― 実時間・実温度が原則
Q5C は ICH Q1医薬品の安定性試験の実施条件(長期・加速・過酷)および保管条件の設定方法を規定した国際ガイドライン群。詳しく →A(R2) を否定する文書ではありません。土台は Q1 と共通です。
違いは、加速試験の重みの置き方にあります。低分子では、高温で早く壊したデータから、常温での有効期間をある程度まで外挿できます。ところがタンパク質は、温度を上げると、常温では起きない経路で凝集したり変性したりします。だから高温のデータは、冷蔵での壊れ方を代表しないことがあります。
Q5C はこの点をはっきりさせ、生物薬品の有効期間は実時間・実温度のデータで決める、と置きます。多くのタンパク質製剤は 2℃〜8℃ のような狭い温度帯で保存し、代表温度として 5℃ 付近を使います。原薬を凍結で持つなら −20℃ や −70℃ で置くこともあります。その実際の温度で、申請時までに最低6か月ぶんのデータをそろえるのが出発点です。
安定性試験(ICH Q1) の一般的な枠組みは別稿にまとめています。
加速データから有効期間を外挿できる低分子とは違い、生物薬品では実時間のデータが唯一の根拠です。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる安定性指標は一つに絞れない ― 力価・純度・分解物
タンパク質の壊れ方は、一つの試験では捕まえきれません。
だから Q5C は、物理化学・生化学・免疫化学の方法を組み合わせた「試験の束」で安定性を追うよう求めます。単一の安定性指標試験は存在しない、という前提です。万能の一本はありません。モノクローナル抗体はおよそ 150 kDa の大きな分子で、折りたたみと多様な化学修飾核酸の糖・骨格・末端に施し、安定性・結合力・免疫原性を整える改変。詳しく →を持つため、見るべき経路が複数に分かれます。
中でも力価(生物活性)は外せません。その製品が担う作用が保たれているかを、国際標準品施設間で力価などの値を相対化するための共通の基準物質。WHOがレンチウイルスベクターで整備を進めている。詳しく →や国内標準品力価の基準に定めた品。検体と同じアッセイで並べて測り、相対力価の基準にする。詳しく →、それが無ければ特性解析した社内標準品に対して、活性の単位で表します。純度製品にどれだけ目的物質だけが含まれ、不純物や変性体が少ないかを示す指標です。抗体では単量体の割合やサイズの異なる成分の量などを見ます。詳しく →が保たれていても活性が落ちれば製品の意味が消えるため、力価は独立に確認します。
純度と分解物は、サイズと電荷の両面から追います。会合してできる凝集体や、切れてできる断片は、サイズ排除クロマトグラフィー多孔質の担体を通る時間差で分子をサイズ順に分離し、抗体の凝集体や断片がどれくらい含まれるかを測る手法です。詳しく →や CE-SDSSDSで処理したタンパク質をキャピラリー電気泳動で分離し、抗体などの純度や分子サイズ分布(断片・凝集)を評価する手法です。詳しく → で分けます。脱アミド化アスパラギンなどが変化して電荷が変わる化学的分解。特定の隣接配列で起きやすい。詳しく →や酸化による電荷の変化は、イオン交換分子の電荷の違いを利用して分離するクロマトグラフィー。フラグメントなど定型ツールが効かない分子でも使える。詳しく →や等電点抗体全体の正味電荷がゼロになるpH。電荷の性質を表す指標で、会合や粘度に関わる。詳しく →電気泳動で捉えます。目に見えないサブビジブル粒子も別に追います。規格そのものの組み立ては ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく → が示します。
一つの試験で安定性を保証できないため、力価・サイズ・電荷の経路を別々に追うことが前提です。
原薬・中間体・製剤 ― 保存形態ごとの確認点
同じ分子でも、どの形で保存するかで安定性の出方が変わります。
Q5C は原薬(バルク)、中間体、製剤のそれぞれに安定性の記録を求めます。原薬は凍結や凍結乾燥製剤から水分を抜いて乾燥させ、長期安定性を高めた剤形。使用時に溶かして戻す。詳しく →で長く持つことが多く、その保存温度と期間でのデータが要ります。原薬を6か月を超えて保つなら、申請時に少なくとも6か月ぶんの実時間データを示します。
中間体を工程の途中で保持するなら、その保持時間のあいだの安定性も記録します。製剤は、実際に市場へ出す容器施栓系そのもので試験します。プレフィルドシリンジあらかじめ薬液を充填した注射器そのものを製品にする容器形式。自己注射やオートインジェクターに用いる。のシリコーン油やヘッドスペースの空気が凝集や粒子に効くことがあるため、容器を代表させる設計が要点です。処方の組み方は製剤処方設計で別に扱っています。
同じ分子でも、原薬・中間体ゲノムを途中までしか積んでいないAAVカプシド。空でも実でもない中間的な粒子で、測定時にどちらへ数えるかで比率が動く。詳しく →・製剤では置かれる温度も容器も違うため、保存形態ごとに別のデータが要ります。
光安定性の扱い
光は、タンパク質にとって温度と並ぶ負荷です。
Q5C は保存条件の一つに光を挙げ、その影響を評価するよう求めます。光は酸化を促し、変色や凝集の引き金になり得ます。苛酷試験高温や強い負荷をかけ、どんな分解経路で品質が壊れるかを積極的に調べる安定性試験。詳しく →に光分解を含めると、どの波長や強度でどう壊れるかが見えてきます。
光安定性試験の具体的な条件は、Q5C の後に整備された ICH Q1B光安定性試験のガイドライン。分解経路を調べる試験と、製品の光安定性を確認する試験を区別する。詳しく → が、近紫外・可視光の暴露量として示します。遮光が要るか、二次包装でどこまで防ぐかは、ここで得た結果から判断します。机上の想定ではなく、実際の流通と保管で当たる光に合わせて設計します。
加速試験と苛酷試験の位置づけ
加速と苛酷は、生物薬品では役割が狭くなります。
低分子のように有効期間を予測する主役ではありません。位置づけは脇役です。Q5C での役割は、分解の経路を洗い出し、それを捉えられるように分析法の妥当性を裏づけることにあります。輸送中に一時的に温度が上がったとき、どこまで耐えるかを見る材料にも使えます。
冷蔵品の加速は 25℃ 前後で置くのが一般的で、40℃ のようにさらに上げる条件は苛酷側に寄ります。温度を上げれば早く壊れますが、その壊れ方が冷蔵での経路を代表しないなら、有効期間の根拠にはできません。条件は「早く壊す」だけでなく「本来の壊れ方を代表するか」で選びます。
ロット数と測定頻度
何ロットを、どの間隔で測るか。ここは Q1 と共通の作法です。
Q5C は、製造スケールを代表する少なくとも3ロットの最終容器製品で安定性情報をそろえるよう求めます。可能なら、異なるバルク最終的な充填・包装を行う前の、大量にまとめられた状態の原薬または製剤中間体。詳しく →のロットから作った製剤を選びます。ロット間のばらつきを見るためです。
測定の間隔は、提案する有効期間で変わります。1年を超える有効期間なら、1年目は3か月ごと、2年目は6か月ごと、それ以降は年1回を目安に測ります。有効期間が1年以下なら、最初の3か月は毎月、そのあとは3か月ごとに置きます。間隔は「早く終わらせる」ためではなく、傾きを読める点を確保するために決めます。
有効期間の決め方 ― 実時間データからの外挿
有効期間は、実時間データの傾きから読み取ります。
規格の限界に達するまでの期間を、経時変化の傾きから見積もります。外挿の手順そのものは ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q1E が示します。ただし生物薬品は分子の性質が敏感で、ロット間のばらつきも出やすい。そこは慎重に見ます。だから Q5C は、低分子ほど大胆な外挿を認めません。
実測した期間を大きく超える有効期間は、よほど傾きが平らでばらつきが小さくない限り、主張しにくいのが実情です。長期試験は承認後も続け、確定値へ寄せます。製造変更があれば、変更の前後で品質が揃うかを比較可能性(ICH Q5E)の枠組みで示し、安定性プロファイルも取り直します。
外挿に慎重なぶん、承認後も試験を続けて確定値へ寄せる計画を、申請の前から織り込む必要があります。
導入前に決めておくこと
安定性試験は、置いてから設計を直すのが難しい試験です。着手の前に、順番に決めておくと後戻りが減ります。
まず、自社の製品が Q5C の対象に入るかを、あの線引きで確かめます。抗生物質やヘパリンなら別の枠です。次に、保存形態を原薬・中間体・製剤で切り分け、それぞれの実温度を固めます。そのうえで、力価・純度・分解物の各経路に、差を検出できる分析法を割り当てます。力価の標準品をどれにするかも、ここで決めます。
続いて、ロット数と測定の間隔を、有効期間の案から逆算します。光と加速・苛酷の条件は、予測ではなく、経路の把握と分析法の裏づけという目的から設計します。最後に、承認後も続く長期試験を、申請の計画へ織り込みます。
メーカーが示す安定化技術や製剤の性能値は、各社の公表値です。自社の分子・容器・分析法で取り直して確かめることをおすすめします。
参考文献
- ICH Q5C, Stability Testing of Biotechnological/Biological Products
- ICH Q1A(R2), Stability Testing of New Drug Substances and Products
- ICH Q1B, Stability Testing: Photostability Testing of New Drug Substances and Products
- ICH Q1E, Evaluation of Stability Data
- ICH Q6B, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
- ICH Q5E製造工程の変更前後で製品が同等・比較可能かを評価する考え方を定めたガイドライン。詳しく →, Comparability of Biotechnological/Biological Products Subject to Changes in Their Manufacturing Process
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