bioRxiv に、枯草菌(Bacillus subtilis)の膜小胞(membrane vesicle、MV)を担体とするワクチン基盤に関するプレプリントが投稿された。抄録によれば、要旨は次のとおりである。
- 多くの細菌種は膜小胞を分泌し、核酸・タンパク質・代謝物を含む生体分子の細胞間輸送を担っている
- 本来の生理的役割を超えて、MV は生物医学的応用の可能性を持つ
- 複数の Bacillus 種の MV が強い内在性のアジュバント活性を示し、マウスで免疫応答を効果的に惹起し、抗原特異的な抗体産生を促すことを示した
- このアジュバント性を利用して、B. subtilis の MV を自己アジュバント担体とする、高度に適応可能なユニバーサルワクチン基盤を構築した
- モジュール式の「plug-and-display」構造をとる
「アジュバントと担体を1つにする」という設計は、製造の側から見ると工程の数が減る話でもある。
膜小胞をワクチンに使うという系譜
細菌由来の小胞をワクチンに使う考え方は新しくない。グラム陰性菌の外膜小胞(OMV)を用いた髄膜炎菌ワクチンは、既に実用化されている。
ただしグラム陰性菌の OMV は、外膜にリポ多糖(LPS)を含む。これが強い免疫刺激をもたらす一方で、反応原性の原因にもなる。実用化にあたっては、LPS を減らす菌株改変や処理が必要になり、エンドトキシンの管理が工程設計の中心を占めてきた。
Bacillus はグラム陽性菌である。 外膜を持たないため、LPS の問題の形が変わる。抄録が Bacillus 種を選んでいる背景には、この違いがあると読める。
なお、枯草菌は食品・産業用途で長く使われてきた菌であり、微生物発酵の宿主としての知見も蓄積している。
「plug-and-display」が意味すること
抗原を差し替えられるモジュール構造は、基盤としての価値を担体そのものより高くする。
- 担体(MV)の製造工程を1本で固定できる
- 抗原ごとに変わるのは、抗原タンパク質の生産と結合の工程だけになる
- 新しい抗原に切り替えるとき、担体側の同等性を問い直さなくてよい
これは自己増幅型RNAや脂質ナノ粒子が持つ「基盤としての再利用性」と同じ考え方である。感染症ワクチンでは、株の変更が頻繁に起こるため、この性質が実務上効く。
一方で、結合の様式が品質項目を増やす。
- 担体1粒子あたりの抗原の数と、その分布
- 未結合の抗原の残存量
- 結合がどの部位で起きているか
これは抗体薬物複合体のDAR分布と同じ構造の問題である。平均値だけでなく分布として規格を置く必要が出てくる。
製造工程はどうなるか
MV を医薬品として作る場合、工程は概ね次の形になる。
上流。 微生物発酵で菌を培養し、小胞を分泌させる。収量は菌株と培養条件に依存し、培地とフィードの設計が効く。
回収。 菌体を除いて上清を得る。清澄化の設計は、小胞を壊さずに菌体を落とせるかで決まる。
精製。 小胞は分子ではなく粒子であるため、通常のタンパク質精製とは異なる。限外ろ過による濃縮、密度勾配、サイズ排除などが組み合わされる。細胞外小胞の製造で議論されてきた手法と重なる部分が多い。
品質管理。 粒子径分布、粒子数、タンパク質組成、エンドトキシン、バイオバーデン。粒子であることが、分析法の特異性を難しくする。
そして最大の論点は、小胞の組成が均一でないことにある。菌が作る小胞には、菌由来のタンパク質・脂質・核酸が含まれる。培養条件が変われば組成も変わりうる。「同じものを作っている」ことを何で示すかが、この種の製品の中心的な課題になる。
アジュバント活性を「内在」させることの両面
担体自体がアジュバントであることは、別途アジュバントを配合する必要がないという利点をもたらす。工程が減り、配合比の管理も要らない。
その代わり、アジュバント活性の強さを独立に調整できないという制約が生まれる。反応原性が問題になった場合、担体を変えるしかない。担体を変えれば抗原の提示も変わる。
利点と制約が同じ設計から出てくる、という構図である。
なお、本件はプレプリントであり査読を経ていない。マウスでの結果がどこまで一般化するか、抗原の種類による差がどうかは、一次情報で確認する必要がある。
※ 本ページは公開情報(bioRxiv に投稿されたプレプリントの抄録)をもとにしたProglenth編集部による整理です。手法・結果・適用範囲の詳細は一次情報をご確認ください。本文中の解説は膜小胞ワクチンおよび微生物由来製品の製造一般の構造に関する説明であり、当該研究の具体的な内容や結論を示すものではありません。査読前の報告であるため、内容は今後変わりうる点にご留意ください。