流加の力価、灌流N-1種培養で2倍
流加培養培養の途中で栄養(フィード)を追加しながら細胞を高密度まで育てる培養方式。詳しく →の力価を、もう一段だけ上げたい。そんなとき、動かせる変数はそれほど多くありません。細胞株はもう決まっています。培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →も作り込んであります。培養の日数も、むやみには伸ばせません。残っているのは、本番の培養槽に最初にどれだけ濃い細胞を入れるか、という入口の設計です。ここは長いあいだ、ほぼ固定の値として扱われてきました。

XuとBorysらが2020年にBioresources and Bioprocessing誌へ発表した論文は、この入口を灌流で作り替えました。種培養の最終段(N-1)を灌流で回し、細胞を高い密度まで育てます。そのまま本番の槽に仕込む密度を、通常の約0.6×10⁶ cells/mLから10〜20×10⁶ cells/mLへ引き上げました。4種類のmAb産生CHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →株で、10〜14日という同じ日数のまま、力価が2倍に伸びたと報告しています。
ただし、濃く仕込めば力価が倍になる、という単純な話ではありません。密度だけを上げると、培養の後半で細胞が失速します。効いたのは、高密度に合わせて作り替えた培地でした。本稿では、この論文が接種密度をどこまで上げ、何と組み合わせて質を保ったのかを確かめます。そのうえで、実在する細胞保持装置灌流培養で使用済みの培地を入れ替えつつ、細胞は培養槽に残すための装置です。中空糸膜などで細胞と液をより分けます。詳しく →と灌流培地に照らして、どこまで自社の工程に持ち込めるのかを工程順に整理します。
- XuとBorysら(2020)は、種培養(N-1)を灌流で回して本番の仕込み密度を約0.6×10⁶ cells/mLから10〜20×10⁶ cells/mLへ上げ、4種類のmAb産生CHO細胞株で10〜14日の同じ日数のまま力価が2倍になったと報告しました。
- 効いたのは密度そのものではなく、高密度に合わせて作り替えた基礎培地とフィード培地、そして温度シフトの最適化でした。密度だけを上げると、培養の後半で失速します。
- 強化したProcess Cは500 Lの培養槽で4株中3株が再現し、製品の品質特性は従来法を1,000 Lで回したときと同程度だったとしています。
この論文が言っていること
この論文は、流加培養の入口を3段階で比べています。
比べたのは接種密度です。従来のProcess Aは、約0.6×10⁶ cells/mLで仕込みます。先行研究で確立したProcess Bは、培地を強化して3〜6×10⁶ cells/mLまで上げました。今回のProcess Cは、種培養少量の細胞を段階的に大きな容器へ植え継ぎ、本培養に必要な量まで増やしていく一連の種培養です。各段階で健全に増えているかを確認します。詳しく →を灌流で回し、10〜20×10⁶ cells/mLで仕込みます。入口の密度だけで、10倍以上の開きがあります。
結果は、力価の2倍でした。しかも培養の日数は10〜14日のまま変えていません。4種類のmAb単一のクローンに由来し、同じ標的部位を認識する均一な抗体。詳しく →産生CHO細胞株すべてで再現しています。密度を上げるために日数を削ったのでも、特定の1株でたまたま出た数字でもありません。もともと産業的に通用する水準にあった力価を、そこからさらに倍にしたと報告しています。
入口の細胞密度という、これまで固定しがちだった一点を動かすだけで、同じ日数のまま力価が2倍になりうると示したのが、この論文の芯です。
灌流で回すN-1種培養 ― 接種密度10〜20×10⁶ cells/mL
N-1とは、本番の1つ手前の種培養の段です。
ここで細胞をどこまで濃くできるかが、本番の仕込み密度を決めます。ふつうの流加や回分で育てると、N-1の密度はそのあたりで頭打ちです。先行研究でも、培地を強化した非灌流のN-1で届いたのは22〜34×10⁶ cells/mL程度でした。その密度から希釈して仕込むと、本番は3〜6×10⁶ cells/mLが上限です。種培養の段数そのものを減らす考え方は、ターンダウン比の議論ともつながります。
灌流は、この頭打ちを外します。培養液を連続で入れ替え、老廃物を抜きながら新しい培地を足します。細胞は高い密度でも元気を保ちます。だから、10〜20×10⁶ cells/mLという高い密度のまま本番に仕込めます。言い換えると、本番の槽の中で起きるはずだった増殖の一部を、1段手前に前倒ししています。N-1を灌流で回す狙いは、種を増やすことではなく、本番に入れる細胞をあらかじめ濃くしておくことにあります。
密度より効く培地の作り替え
密度を上げただけでは、力価は倍になりません。
濃い細胞は、それだけ多くの栄養を食べ、多くの老廃物を出します。培地が追いつかなければ、後半で増殖も生産も鈍ります。この論文が効いたと書いているのは、灌流そのものより、高密度に合わせて作り替えた基礎培地とフィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。詳しく →培地でした。密度を保ち、1細胞あたりの生産性を培養の最後まで落とさないために、組成を組み直しています。
培地だけではありません。栄養の足し方(フィード)の設計と、温度シフト培養後半に温度を下げて増殖を抑え、産生や品質を稼ぐ操作。抗体培養で広く用いられる制御です。詳しく →の最適化も、高い密度に合わせて調整したと報告しています。ここを読み飛ばすと、この論文を取り違えます。「灌流で濃く仕込めば力価が倍になる」と読むと、肝心の培地の作り替えが抜け落ちます。濃く仕込むことは条件の1つで、それ単独の効果ではありません。乳酸などの代謝のふるまいも、高密度では扱いが変わります。
効いたのは接種密度そのものではなく、その密度を培養の最後まで支えられるように培地とフィードを組み直したことです。
実在の細胞保持装置 ― ATFとTFFの違い
灌流N-1には、細胞を槽に残して培養液だけを抜く装置が要ります。
代表がRepligenのXCell ATFです。中空糸の膜に培養液を双方向へ流す交互タンジェンシャルフロー(ATF)で、ダイアフラムで押し引きします。流れの向きが周期的に反転するので、膜の目詰まり微粒子や凝集体、タンパク層が膜の孔を塞いでろ過が落ちる現象。プレフィルターでの前段保護が効く。詳しく →が起きにくく、細胞へのせん断も低く抑えられます。高密度の灌流で広く使われてきました。一方向に流し続けるタンジェンシャルフロー(TFF膜面に液を平行に流しながらろ過し、目詰まりを抑えつつ濃縮やバッファ交換を行う限外ろ過(クロスフロー)装置一式です。詳しく →)方式もあります。両者で、膜へのせん断流れの中で分子にかかる物理的な力。強すぎると抗体の凝集や微粒子発生を招く。詳しく →と目詰まりの出方が変わります。
装置は単体で選ぶものではなく、培養槽と組で考えます。SartoriusはBiostat STR撹拌翼で機械的に混ぜ、スパージャーで通気する最も標準的なバイオリアクターの型式。詳しく →にXCell ATFを組み込んだ構成を、CytivaはXcellerex XDRと灌流ワークフローを組み合わせた構成を用意しています。ATFとTFFの使い分けや灌流速度の決め方は、到達できる密度と培地の消費量を左右します。論文が10〜20×10⁶ cells/mLで安定して仕込めた背景には、この細胞保持がうまく回ったことがあります。
この論文を読んで確かめるべきは、「灌流にすれば力価が上がる」ではありません。示されたのは、特定の4株で、作り替えた培地とフィード、温度シフトを前提に、接種密度を10〜20×10⁶ cells/mLへ上げたときの結果です。装置メーカーに聞くべきは「どこまで高密度にできるか」ではなく、「その密度で目的の抗体の品質を保てる培地とフィードがあるか」です。
スケールで確かめたこと ― 500Lと1000Lの品質
小さな槽で出た差は、大きな槽でも残るとは限りません。
この論文は、強化したProcess Cを500 Lの培養槽までスケールアップ小型培養で確立した条件を、より大きなバイオリアクターへ拡大する取り組みです。酸素供給の指標kLaなどを揃え、性能を再現します。詳しく →しています。4株のうち3株で、500 Lでも同じ設計が回りました。そのうえで品質を確かめています。製品の品質特性、たとえば凝集体や電荷異性体抗体などで電荷が異なる分子種のことです。脱アミド化などの修飾で生じ、酸性側・塩基性側の割合を分離して測る品質指標です。詳しく →といった項目は、対応するProcess AやProcess Bを1,000 Lで回したときと同程度だったと報告しています。
密度を上げても、抗体そのものの性質は大きく変わらなかった、という結果です。ここは論文の主張を支える部分です。密度を倍以上にすると、糖鎖や凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →が動くのではないかという懸念は当然あります。この論文は、調べた範囲では品質が揃ったと示しました。
500 Lで3株が再現し、品質も1,000 L規模の従来法と揃ったことで、この結果が研究室だけの現象ではないと示されています。
この論文だけでは決まらないこと
示されたのは、4株のmAbでの結果です。
別の細胞株や、別のモダリティ抗体・低分子・核酸・細胞治療など、医薬品の種類・創薬手法の区分。詳しく →で同じ2倍が出るとは限りません。接種密度の最適値も、株ごとに違う可能性があります。この論文は、密度を10〜20×10⁶ cells/mLの幅で上げたときに効いたと報告しているだけです。どの株でもその幅が最適だと書いているわけではありません。
灌流N-1そのものにも、持ち込むコストがあります。細胞保持装置と、その分の培地が要ります。種培養の段で灌流を回す運転管理も増えます。力価が2倍になっても、培地の消費や設備の負担がそれを上回らないかは、工程ごとに計算し直す話です。残り1株が500 Lで再現しなかった理由も、この論文からは読み取れません。
力価の2倍は確かな結果ですが、それが自社の株と規模で、増える培地と運転の手間に見合うかは、別に確かめる検討です。
灌流N-1を自社の工程に移すなら ― 決める順番
この論文を自社の工程に当てはめるなら、順番があります。
先に決めるのは、本番の培養槽でどこまでの密度に耐えられるか、です。酸素移動と撹拌が、高密度の細胞が出す発熱と二酸化炭素に追いつくかを確かめます。次に、その密度を最後まで支える培地とフィードがあるかを見ます。ここが抜けると、密度を上げても後半で失速します。そのうえで、N-1を灌流で回す細胞保持装置を選びます。ATFかTFFか、使い捨て使い捨ての樹脂製バッグや容器を用いる製造方式です。洗浄・滅菌の手間を減らせる一方、ステンレス設備と比べて特徴が異なり、目的に応じて選び分けます。詳しく →か、既存の槽に組み込めるかで変わります。最後に、2倍の力価と、増える培地・設備・運転の手間を並べて、合うかどうかを計算します。
順番を逆にすると、装置から入って培地は後回しです。それが、この論文がいちばん効いたと書いた部分を取りこぼす道です。
装置より先に培地、培地より先に本番の槽の上限。この順で詰めると、論文の2倍を自社の条件で検証できます。
参考文献
- Xu J, Rehmann MS, Xu M, Zheng S, Hill C, He Q, Borys MC, Li ZJ. Development of an intensified fed-batch production platform with doubled titers using N-1 perfusion seed for cell culture manufacturing. Bioresources and Bioprocessing. 2020;7:17.
- Yongky A, Xu J, Tian J, Oliveira C, Zhao J, McFarland K, Borys MC, Li ZJ. Process intensification in fed-batch production bioreactors using non-perfusion seed cultures. mAbs. 2019;11(8):1502-1514.
- Repligen, XCell ATF Systems(製品情報)
※ 本ページは公開情報をもとにしたProglenth編集部による整理です。詳細・数値は一次情報もあわせてご確認ください。
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