ターンダウン比とは?種培養の段を減らす指標
抗体の商用プロセスを組んでいると、種培養(シードトレイン目的物質を作る細胞をあらかじめ大量に凍結保存し、製造のたびに同じ素性の細胞を使えるようにした細胞の在庫(MCB/WCB)のことです。詳しく →)の段が多すぎるという話に必ず行き当たります。フラスコから小さい槽へ、小さい槽から大きい槽へ。段が1つ増えるたびに、無菌接続チューブや容器を無菌状態を保ちながら接続する操作で、専用の溶着装置などを用いて行う。詳しく →が増え、培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →が増え、人が動く時間が増えます。段を減らせないかという相談は、どの現場でも出てきます。

減らせるかどうかを決めているのは、槽の大きさそのものではありません。その槽に、どこまで少なく仕込めるかです。2,000 L の槽を持っていても、最低 400 L 入れないと回らないなら、その手前に 400 L を作る段が要ります。同じ 2,000 L 級でも 100 L から始められるなら、その段は消えます。この「上限と下限の比」をターンダウン比と呼びます。単回使用の槽では 4 対 1 から 20 対 1 まで開きがあり、メーカーが変われば下限は5倍違うことになります。
段を1つ消せれば、そのぶんの無菌接続と培地と、3日から4日の日数がまとめて消えます。連続して回す工程では、この差がそのまま年間のバッチ数に効いてきます。本稿では、ターンダウン比という指標の中身から、機種ごとの実際の値、段を減らせる条件、下限で最初に壊れる混合と酸素移動、比が一定であることがスケールアップ小型培養で確立した条件を、より大きなバイオリアクターへ拡大する取り組みです。酸素供給の指標kLaなどを揃え、性能を再現します。詳しく →で持つ意味、そして灌流と組み合わせたときの見え方まで、順に整理します。
- ターンダウン比は最大作動容量と最小作動容量の比で、単回使用の槽では 4 対 1 から 20 対 1 まで開きがあります。
- 下限が下がると種培養の段を1つ飛ばせる場合があり、無菌接続と培地と日数がまとめて減ります。
- 下限側で先に壊れるのは混合と酸素移動なので、比の数字だけでなく、その容量での実測を確かめます。
ターンダウン比とは ― 上限と下限の比を1つの数字にする
ターンダウン比は、その槽で回せる最大作動容量を、最小作動容量で割った値です。
2,000 L の槽が 500 L まで落とせるなら 4 対 1、100 L まで落とせるなら 20 対 1 になります。分子は槽の呼び容量ではなく作動容量である点に注意が要ります。単回使用のバッグは、ヘッドスペースを確保しないと泡と液面制御が破綻するので、呼び容量の全部は使えません。
下限を決めているのは、主に3つです。撹拌翼が液に浸かるかどうか。センサーのプローブが液面より下に来るかどうか。そして散気管から出た気泡が、液の中を通って酸素を渡せるかどうか。翼が空回りしたり、pH 電極が空気を読んだりすれば、その容量では培養になりません。
メーカーが公表する最小作動容量は、この3つを満たす境界として決められています。カタログの下限は「入れられる量」ではなく、「制御が成り立つ量」だと読むほうが実態に合います。
4対1と20対1のあいだにあるもの
実際の値を並べると、設計思想の違いが見えてきます。
Sartorius の Biostat STR撹拌翼で機械的に混ぜ、スパージャーで通気する最も標準的なバイオリアクターの型式。詳しく → は、50・200・500・1,000・2,000 L のどのスケールでもターンダウンを 4 対 1 でそろえています。最小はそれぞれ 12.5・50・125・250・500 L です。Thermo Fisher の HyPerforma S.U.B. は 5 対 1 で、50 L から 2,000 L までの全機種で最小が 10・20・50・100・200・400 L と並びます。Cytiva の Xcellerex XDR も 5 対 1 です。
これに対して、Thermo Fisher の HyPerforma DynaDrive は 50 L 機で 10 対 1、500 L 機で 20 対 1 を公表しています。500 L の槽に 25 L だけ入れて培養を始め、そのまま足していける。50 L 機なら 5 L から始められます。メーカーの資料では、大きいサイズほど比が上がり、最大で 20 対 1 に届くとしています。
この差はどこから来ているか。DynaDrive は撹拌の駆動を槽の底に置き、翼の設計を変えています。翼が底に近ければ、液が浅くても浸かります。上からモーターを差し込む構成では、軸の長さと翼の位置が固定されるので、浅い液面には届きません。ターンダウン比は数字として並びますが、中身は撹拌をどこから入れるかという構造の違いです。
段を減らせるのは、どういう場合か
段を1つ飛ばせるかどうかは、拡大率の掛け算で決まります。
シードトレインでは、1つの段で細胞を何倍に増やすかを決めています。倍加時間が約24時間の CHO抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく → 細胞なら、3〜4日で 8〜16 倍まで増えます。実務では安全を見て、1段あたり 5〜10 倍の拡大率を置くことが多くなります。
ここにターンダウン比が効いてきます。2,000 L の槽が 5 対 1 なら、最小の 400 L を作る段が手前に要ります。400 L を仕込むには、その前に 40〜80 L の段が要る。ところが同じ 2,000 L 級で 20 対 1 が使えるなら、最小は 100 L です。100 L なら、10〜20 L の段から直接つなげます。間に挟まっていた中間スケールの槽が、丸ごと1つ不要になる場合があります。
飛ばせない場合もあります。細胞密度を下げすぎると増殖の立ち上がりが遅れる、いわゆる播種密度の下限があります。拡大率を10倍にしても、播種密度が下限を割るなら段は減りません。ターンダウン比が許しても、細胞のほうが許さない。ここは実測で確かめる場面です。
下限で先に壊れるもの ― 混合時間と酸素移動
浅い液面では、撹拌と酸素供給の効率が落ちます。
混合時間添加した成分が槽内で均一になるまでの時間。大スケールほど延び、濃度勾配を生む。詳しく →は、槽に加えたものが均一に行き渡るまでの時間です。液深が浅いと循環の経路が短くなるぶん有利に働きそうですが、翼が作れる流れの量そのものが減るので、実際には条件次第で伸びます。フィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。詳しく →や塩基を加えたときに局所の pH が動き、細胞がそこを通ることになります。
酸素移動(kLa)気体から培養液へ酸素が移る速さを表す係数。スケールが上がると酸素供給の律速になりやすい指標です。詳しく →はもっと直接に効きます。気泡が液の中を上がるあいだに酸素が溶けるので、液深が浅ければ接触の時間が短くなります。参考として、Pall の Allegro STR は 200 L 機で空気とリングスパージャーを使い kLa 33 h⁻¹、混合時間10秒以下という値を公表しています。これは満量に近い条件での値で、下限での値ではありません。
だから確かめるべきは、比の数字ではなく その容量での実測値 です。DynaDrive の資料では 80 W/m³ までの動力を安定して入れられるとしていますが、単位体積あたりの動力を保てることと、酸素が入ることは別の話になります。剪断と散気による細胞ダメージも、液量が少ないほど気泡あたりの負荷が相対的に重くなります。
ターンダウン比は「入る」ことを保証しますが、「同じように育つ」ことは保証しません。
比が一定であることの価値 ― 条件をスケールをまたいで写す
ここで、Biostat STR の設計が別の角度から効いてきます。
どのスケールでも 4 対 1 でそろえてあるということは、50 L 機で決めた「最小から最大まで」の振り幅が、2,000 L 機でもそのまま同じ比率になる、という意味です。小さい槽で作った条件を大きい槽へ写すとき、比率が変わらなければ、確かめ直す項目が減ります。
逆に、比が機種ごとに違うと厄介です。50 L 機が 10 対 1 で 500 L 機が 20 対 1 なら、小さい槽で下限を攻めた条件は、大きい槽ではもっと浅い液面に相当します。スケールアップで単位体積あたりの動力(P/V)や翼端速度撹拌翼の先端の周速。翼まわりの最大せん断の目安で、細胞損傷を避ける上限管理に使う。詳しく →を揃えても、液深と径の比(H/D)が違えば流れの形は変わります。
どちらが良いという話ではありません。段を減らしたいなら比の大きいほうが効き、条件を写しやすくしたいなら比の一定なほうが効きます。プロセスの何を優先するかで、見るべき数字が入れ替わります。
灌流と組み合わせると、下限の意味が変わる
灌流培養培養液を連続的に入れ替えながら細胞を高密度に保ち、長期間生産を続ける培養方式です。細胞を装置で保持し、老廃物を除きつつ栄養を補給します。詳しく →では、ターンダウン比の使いどころが移ります。
N-1 の段で細胞を高密度まで増やしておき、本培養種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →へ濃い種を渡す N-1 灌流では、N-1 の槽を満量で回します。この場合、下限が効くのは N-1 のさらに手前です。一方、本培養そのものを灌流で回すなら、途中で容量を振る場面は減ります。
ただし、流加(フェドバッチ)で下限から始めて足していく運転では、下限の低さがそのまま「1つの槽で完結できる範囲」になります。25 L から始めて 500 L まで足せるなら、途中の移送が要りません。移送が無いということは、無菌接続が無いということでもあります。
Cytiva の Xcellerex XDR は 1,000〜2,000 L に灌流用のローディングドアを選べるようにしています。設備側が灌流を前提に作り替えられている以上、ターンダウン比も灌流との組み合わせで読む必要があります。
導入前に決めておくこと
最後に、確認の順番を整理します。
まず、自社のシードトレインで拡大率がいくつになっているかを数えます。次に、候補の槽の最小作動容量を調べ、その容量に対して手前の段がどこになるかを引きます。ここで初めて、段が減るかどうかが分かります。比の数字だけを見ても答えは出ません。
減りそうなら、下限での実測を求めます。メーカーに聞くべきは「比はいくつか」ではなく、「その最小容量での kLa と混合時間はいくつか」です。公表されていなければ、スケールダウンモデル大スケールで起こる勾配やストレスを小さな槽で再現し、事前にリスクを評価する実験系。詳しく →で確かめる話になります。スケールダウンモデルの適格性を取っておけば、後から条件を振り直すときにも使えます。
そして、播種密度の下限を自社の細胞株で確かめます。ここが割れると、設備が許しても段は減りません。
参考文献
- Thermo Fisher Scientific, Streamlining seed train scale-up through utilization of the HyPerforma DynaDrive S.U.B. turn down ratio(Application Note)
- Thermo Fisher Scientific, 500 L HyPerforma DynaDrive Single-Use Bioreactor(Data Sheet)
- Sartorius, Biostat STR 製品情報(各スケールの作動容量とターンダウン比)
- Cytiva, Xcellerex XDR cell culture bioreactor 製品情報(作動容量と灌流オプション)
- Pall, Allegro STR 200 L / 1,000 L single-use使い捨ての樹脂製バッグや容器を用いる製造方式です。洗浄・滅菌の手間を減らせる一方、ステンレス設備と比べて特徴が異なり、目的に応じて選び分けます。詳しく → stirred tank bioreactor の特性評価データ
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