ターンダウン比とは?比が大きい培養槽なら種培養の段は減るのか

ターンダウン比とは、培養槽で回せる最大の液量と最小の液量の比のことです。抗体などを作る工場で、槽を選ぶときや、本培養種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →の前に細胞を段階的に増やす種培養少量の細胞を段階的に大きな容器へ植え継ぎ、本培養に必要な量まで増やしていく一連の種培養です。各段階で健全に増えているかを確認します。詳しく →の段数を決めるときに見る数字です。
ただし、比が大きい槽を選べば種培養の段が減る、とは限りません。少ない液量で槽が回ることと、細胞が満量のときと同じように育つことは、別の話だからです。
この記事では、比の意味、段が減る条件、少ない液量で崩れやすいこと、槽を選ぶ基準、自分の工程で何から確かめるかを順に説明します。
- ターンダウン比とは:槽で回せる最大の作動容量を最小の作動容量で割った値で、何Lから培養を始められるかを示します。
- 比が大きければ段は減るのか:槽の下限と、細胞の播種密度の下限の両方が許したときだけ、手前の段を1つ減らせます。
- 何を確かめるのか:比の数字ではなく、最小の液量そのものと、その液量での酸素の入り方と混ざり方です。
1. ターンダウン比とは、「何Lから培養を始められるか」の数字
その槽で回せる最大の作動容量を、最小の作動容量で割った値です。「何Lから培養を始められるか」が、これで決まります。
2,000 Lの槽が500 Lまで落とせるなら4対1、100 Lまで落とせるなら20対1です。ここでいう作動容量は、実際に液を入れて運転できる量を指します。槽の呼び容量とは違います。シングルユース使い捨ての樹脂製バッグや容器を用いる製造方式です。洗浄・滅菌の手間を減らせる一方、ステンレス設備と比べて特徴が異なり、目的に応じて選び分けます。詳しく →のバッグでは、液面の上に空間(ヘッドスペース)を残さないと泡と液面を制御できないので、呼び容量の全部は使えません。
最小の液量を決めているのは、主に次の3つです。
- 撹拌の翼が液に浸かるか:翼が液面から出ると空回りし、液を混ぜられません。
- センサーが液に入るか:pHや溶存酸素培養液に溶けている酸素の濃度。細胞の呼吸を支えるため一定に保つ制御対象。詳しく →の電極が液面より上に出ると、空気を読んでしまいます。
- 気泡が液の中を通るか:底の散気管から出た気泡が液を通るあいだに、酸素が液へ溶け込みます。

カタログの下限は「入れられる量」ではありません。「制御が成り立つ量」です。
機種によって、どれくらい違うのか
主なシングルユースの撹拌槽では、公表されている比が4対1から20対1まで開いています。 同じ2,000 L級でも、下限が500 Lの機種と100 Lの機種があり得るため、最小の液量は最大5倍違います。
| 公表の例 | 比 | 最小の液量の例 |
|---|---|---|
| どのスケールでも比をそろえた系列(50〜2,000 L) | 4対1 | 2,000 L機で500 L |
| 5対1仕様の系列(50〜2,000 L) | 5対1 | 2,000 L機で400 L |
| 軸と翼を改めた系列の50 L機 | 10対1 | 5 L |
| 同じ系列の500 L機 | 20対1 | 25 L |
差を生むのは、撹拌の軸と翼の設計です。メーカーの応用資料は10対1の比を、軸と翼の設計を改めた成果としています。翼が槽の底に近いほど、浅い液でも翼は浸かります。
比は1つの数字に見えますが、その中身は、浅い液でも制御が成り立つように槽を作ったかどうかの違いです。
2. 重要:比が大きい槽を選べば、種培養の段は減るのか
段が減るのは、槽の下限と、細胞の播種密度の下限の両方が許したときだけです。
種培養では、1つの段で細胞を何倍に増やして次へ渡すかを決めています。拡大率は1段あたり5〜10倍ほどを置くことが多く、この倍率と槽の下限から、手前に要る段が決まります。
- 5対1の2,000 L槽:最小の400 Lを作る段が手前に要り、その前に40〜80 L級の段がさらに要ります。
- 20対1の2,000 L槽:最小は100 Lなので、10〜20 L級の段から直接つなげる場合があります。

段が1つ消えれば、中間の槽が1基要らなくなります。その段のための無菌接続チューブや容器を無菌状態を保ちながら接続する操作で、専用の溶着装置などを用いて行う。詳しく →、培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →の準備、数日の培養日数、移送の作業も、まとめて減ります。
ところが、細胞の側にも下限があります。薄く植えすぎると、増え始めるまでに時間がかかり、育ちが安定しません。この植え込みの濃さの下限が、播種密度の下限です。拡大率を大きくして段を飛ばそうとしても、植え込みの濃さが下限を割るなら、段は減らせません。
播種密度の下限は細胞株と培地で変わり、カタログには載っていません。段を減らせるかは、自社の細胞株で薄く植えたときの立ち上がりを確かめてから決めます。
比の大きい槽が開くのは、段を減らす可能性までです。減らせるかどうかは、細胞のデータで決まります。
3. 最小の液量で槽が回っても、なぜ同じように育つとは限らないのか
液が浅いと、槽が回っていても、混ざり方と酸素の入り方が満量のときより先に落ちやすいからです。
混ざり方は、どう落ちるのか
加えた液が槽全体で均一になるまでの時間が、混合時間添加した成分が槽内で均一になるまでの時間。大スケールほど延び、濃度勾配を生む。詳しく →です。液が浅いと循環の道のりは短くなりますが、翼が作れる流れも減るため、条件によっては混合時間が延びます。
延びれば、塩基やフィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。詳しく →を足した場所の近くでpHや栄養が一時的に偏り、細胞はその中を通ります(混合時間の解説)。
酸素の入り方は、どう落ちるのか
気泡は液の中を上がるあいだに酸素を渡します。液が浅いほど、気泡が液に触れている時間は短くなります。この酸素の溶け込みやすさを表す値が kLa(酸素移動容量係数)で、槽を比べるときはこれを見ます。
メーカーが公表する kLa は満量に近い条件で測ったものが多く、下限での値とは限りません。
酸素が足りないからと通気を増やすと、別の負担も出ます。気泡が液面で弾けるときの力は細胞を傷つけ、その影響は液が少ないほど相対的に重くなります(せん断と細胞損傷の解説)。
比の数字が示すのは、少ない液量で槽が回ることまでです。同じように育つかは、下限の液量で測った混合時間と kLa で確かめます。
4. 槽を選ぶ基準は、段を減らしたいのか条件を移したいのかで変わる
段を減らしたいなら比の大きい槽、小さい槽で決めた条件を大きい槽へ移しやすくしたいなら、スケールをまたいで比がそろった槽が向いています。
比の大きい槽には、段を減らす以外の使い方もあります。少ない液量で培養を始め、培地を足しながら満量まで増やす流加の運転です。
25 Lから始めて500 Lまで足せるなら、途中で別の槽へ移す作業と、そのための無菌接続が要りません。メーカーの応用資料には、同じ槽を本培養の1つ手前の段(N-1)と本培養の両方に使った、CHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →(チャイニーズハムスター卵巣由来の細胞)での評価が載っています。
比がそろっていることにも、別の価値があります。どのスケールでも4対1なら、50 L機で決めた「最小から最大まで」の運転の幅が、2,000 L機でも同じ割合で現れます。小さい槽で確かめた条件を大きい槽へ移すとき、確かめ直す項目が減ります。
反対に、50 L機が10対1で500 L機が20対1のように比が違うと、小さい槽の下限で決めた条件は、大きい槽ではもっと浅い液に相当します。単位体積あたりの撹拌の動力や翼の先の速さを合わせても、液の深さと槽の径の比が違えば、流れの形は変わります(バイオリアクターのスケールアップ)。
槽を比べるときは、「比はいくつか」より先に、段を減らしたいのか、条件を移しやすくしたいのかを決めます。先に決めておけば、見る数字が定まります。
5. 自分の場合は、何から確かめるのか
最初に、自社の種培養の各段の液量と拡大率を書き出し、候補の槽の最小の作動容量を当てはめます。 これで、段が減るかどうかの見当が付きます。そのうえで、次の順に確かめます。
- 最小の作動容量を液量で確かめる:比ではなく、何Lから回せるかの数字をメーカーにもらいます。翼が浸かり、センサーが液に入る高さかも図面で見ます。
- 下限での酸素の入り方と混ざり方をもらう:最小の液量で測った kLa(酸素移動容量係数)と混合時間の実測値を求めます。どの培地、どの泡の条件で測ったかも確かめます。
- 細胞が薄い植え込みに耐えるかを確かめる:自社の細胞株で、播種密度(植え込みの濃さ)の下限を割らずに段を飛ばせるかを、小さな系で試します。
- スケールをまたいだ比のそろい方を見る:小さい槽と大きい槽で比が違うなら、小さい槽の下限で決めた条件を、大きい槽でどう扱うかを先に決めます。
- ねらう運転を決める:種培養の段を詰めたいのか、流加で少ない液量から足していきたいのかで、重く見る項目が変わります。
どれも、比の数字だけでは分からない「下限で同じように育つか」を、液量・酸素・細胞の順に確かめるための項目です。
公表値が無い項目は、小さな槽で下限の条件を再現して実測します(スケールダウンモデルの適格性)。
比が大きい槽を選べば段は自動で減るのか、という問いへの短い答えは一問一答にあります。種培養の段そのものの組み方はシードトレインを、本培養の手前で細胞を濃くして渡す方法はN-1灌流を参照してください。候補の槽はシングルユースバイオリアクターと卓上型バイオリアクターの製品ガイドで比べられます。
参考文献
- Thermo Fisher Scientific, Streamlining seed train scale-up through utilization of the HyPerforma DynaDrive S.U.B. turn down ratio(Application Note)
- Thermo Fisher Scientific, 500 L HyPerforma DynaDrive Single-Use Bioreactor(Data Sheet)
- Thermo Fisher Scientific, HyPerforma DynaDrive S.U.B. の CHO 細胞培養での評価(Application Note。N-1の段と本培養の段で同じ槽を使った運転)
- Sartorius, Biostat STR 製品情報(各スケールの作動容量とターンダウン比)
- Cytiva, Xcellerex XDR cell culture bioreactor 製品情報(作動容量と灌流オプション)
- 1バイオリアクター(培養槽)とは? 何を測り、何を制御して細胞を培養するのか
- 2混合時間とは? 培養槽の混合をどう測定し、なぜスケールで長くなるのか
- 3バイオリアクターの選び方とは?最大容量だけで比べると、何を見落とすのか
- 4シングルユースバイオリアクターの20年:「2,000 L が上限」はいつ追い越されたのか
- 5シングルユースとステンレス設備の選び方:容量では決まらない分かれ目
- 6ターンダウン比とは?比が大きい培養槽なら種培養の段は減るのかいま読んだ記事
- 7消泡剤とは?泡を消せば培養は安定するのか
- 8ターンダウン比が大きい槽で、種培養の段は減るのか?比の数字だけでは決まらないのはなぜか
- 9培養槽の無菌サンプリングとは?手で取るか自動装置かの決め方
- 10代謝物アナライザーとは?項目の多い1台で足りないのはなぜか
- 11自動セルカウンターとは?手で数えた細胞数はなぜ揺れ、自動化で何が残るのか
次に読む
抗体医薬/モノクローナル抗体この製造の全体像を、工程マップで見るこの記事から広げる
この分野の新着を、メールで受け取る
こうした製造・分析・品質の解説記事と、装置・試薬の新製品ニュースを毎週水曜の朝にお届けします。登録は無料で、いつでも解除できます。
登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。閲覧の記録(どのページから、どの会社のサイトへ移ったか)を、ご案内のために使います。
目次・関連閉じる
- 1バイオリアクター(培養槽)とは? 何を測り、何を制御して細胞を培養するのか
- 2混合時間とは? 培養槽の混合をどう測定し、なぜスケールで長くなるのか
- 3バイオリアクターの選び方とは?最大容量だけで比べると、何を見落とすのか
- 4シングルユースバイオリアクターの20年:「2,000 L が上限」はいつ追い越されたのか
- 5シングルユースとステンレス設備の選び方:容量では決まらない分かれ目
- 6ターンダウン比とは?比が大きい培養槽なら種培養の段は減るのか
- 7消泡剤とは?泡を消せば培養は安定するのか
- 8ターンダウン比が大きい槽で、種培養の段は減るのか?比の数字だけでは決まらないのはなぜか
- 9培養槽の無菌サンプリングとは?手で取るか自動装置かの決め方
- 10代謝物アナライザーとは?項目の多い1台で足りないのはなぜか
- 11自動セルカウンターとは?手で数えた細胞数はなぜ揺れ、自動化で何が残るのか
Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/bioreactor-turndown-ratio-seed-train