味の素は10月16日、同社のiPS細胞用培地「StemFit AK03N」が、クオリプスのiPS細胞由来心筋細胞シート「リハート」の開発と製造に使われていると発表しました。リハートは、虚血性心筋症による重症心不全に使う再生医療等製品です。2026年3月に厚生労働省から条件・期限付きの承認を受け、9月に承認後初めての移植が行われました。味の素は、リハートが「世界で初めて治療(移植)に用いられました」と説明しています。培地の使用量や価格は公表していません。
血清とマウスの細胞を使わない培地
iPS細胞はもともと、ウシの血清を含む培地で、フィーダー細胞と呼ばれるマウスの細胞と混ぜて培養されていました。動物由来の成分は、ロットごとのばらつきや未知の感染因子を細胞に持ち込むおそれを残します。味の素は2011年から、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と培地の共同研究を進めてきました。2014年に開発した「AK03」は、動物やヒトに由来する成分を含みません。タンパク質は遺伝子組換えでつくったものを使い、精製した成分だけで組み立てています。すべての成分と濃度が決まっている点も、同社が挙げる特徴です(無血清・ゼノフリー培地)。
このAK03について、同社はPMDAの対面助言を受け、生物由来原料基準が適用される原料を含まないことを確かめたと発表していました。生物由来原料基準は、ヒトや動物に由来する原料に、由来の記録や感染症への対策を求める厚生労働省の告示です。臨床研究用のAK03Nは、2016年8月に国内で発売されました。3つの溶液を使う直前に混ぜる形で、1セットから約500mLの培地ができます。
未分化のiPS細胞を増やす培地には、STEMCELL TechnologiesのmTeSRや、Thermo Fisher ScientificのEssential 8などもあります。味の素は、StemFitが国内のiPS細胞用培地で最大のシェアを持つとしています。
ストックから製品まで続く原料
リハートの出発材料は、CiRAから提供を受けた医療用のiPS細胞ストックです。クオリプスは、このストックから心筋細胞をつくる製造方法を改良し、シートにしています。味の素は2023年6月の事業説明会の資料で、CiRAがStemFitを使ってiPS細胞ストックを製造し、研究者や製薬企業に配布していると説明していました。CiRAのストックから開発を始める会社は、StemFitで育った細胞から出発します。
リハートの工程でAK03Nが担うのは、iPS細胞を培養する段階です。StemFitは未分化のまま増やすための培地で、心筋への分化誘導はその後に続きます。承認を受けた製品で原料を替えるには、変更の前後で細胞の品質が変わらないことを示し直す必要があります。細胞バンクに入った原料があとから替えられないのと同じで、培地はストックの段階で選ばれ、承認の時点で製法の一部として固まります。
今回の発表で味の素は、PMDAの原薬等登録原簿(MF)への登録と規制対応の支援を通じ、培地の安定供給に加えて商用化や大規模製造のニーズにも応えていると説明しました。MFは、原料のメーカーが製法や品質の情報を当局に届けておく仕組みです。製品の申請者は、その社外秘の中身を自分では見ないまま、審査で参照してもらえます(CTDとMF)。同社は、大量培養に対応した新製品の開発も進めるとしています。
味の素は2023年の事業説明会で、バイオ医薬品向けの粉末培地「CELLiST」と合わせた培地事業について、2020年度から2030年度に8倍超の成長を見込むと示していました。iPS細胞の原料では、10月14日にも、ときわバイオによる臨床グレードの初期化ベクターの供給計画が報じられました。
他家iPS細胞の製品では、培地はストックの段階で決まり、承認の後は替えにくい原料です。大量培養向けの新製品が出たとき、AK03Nで積み上げた品質の説明をどこまで引き継げるかが、商用製造を計画する側の確認点です。
※ 本ページは2026年10月16日の味の素の発表と、同社およびクオリプスの公開情報をもとにした紹介です。詳細・数値は一次情報もあわせてご確認ください。