ADCの標的抗原とは?抗体が結合すれば、薬物は届くのか

ADC(抗体薬物複合体標的を選ぶ抗体に、細胞傷害性の薬物(ペイロード)をリンカーでつないだ分子。詳しく →)が薬物を届ける先を決めるのが、標的抗原です。ADCの標的抗原とは、がん細胞の表面に出ているタンパク質のことで、抗体はここに結合します。
ただし、結合しただけでは薬物は働きません。多くのADCは細胞の中へ取り込まれ、リソソーム細胞内で不要なタンパク質などを分解する小器官。取り込まれた抗体の多くが最終的にここへ運ばれる。詳しく →(細胞が取り込んだものを分解する袋)で薬物が放されて、初めて標的に届きます。
この記事では、薬物が届くまでの段、抗原を選ぶときに見る点、取り込まれる速さの違い、抗体の結合の強さとの関係を順に説明します。
- 標的抗原とは:がん細胞の表面にあるタンパク質で、抗体がここに結合して、薬物を届ける先が決まります。
- なぜ結合だけでは届かないのか:細胞の中へ取り込まれ、リソソームで薬物が放されて、初めて標的に届くためです。
- 抗原は何で選ぶのか:腫瘍と正常な組織での出方の差、取り込まれる速さ、腫瘍の中での出方のばらつきの3つで選びます。
1. ADCの標的抗原とは何か
標的抗原は、ADCが薬物を届ける先を決めるタンパク質で、がん細胞の表面に出ています。 抗体がここに結合することで、ADCはその細胞のそばにとどまります。
ただ、結合は入口にすぎません。薬物が標的に届くまでには、結合、取り込み、リソソームへの輸送、放出、標的への結合という5つの段があり、どの段で止まっても薬物は働きません。

つまり抗原は、腫瘍に多く出ているかどうかだけでなく、結合したあとに何が起きるかまで見て選びます。では、なぜ結合しただけでは薬物が働かないのでしょうか。
2. なぜ結合しただけでは、薬物が働かないのか
薬物は抗体につながったままでは標的に結合できず、細胞の中で放されて初めて働きます。 その場所がリソソームで、取り込んだタンパク質を分解する酵素が集まっています。
入口にあたるのが内在化で、細胞が表面の分子を膜で包んで内側へ運ぶ仕組みを指します。抗原に結合したADCは抗原ごと膜に包まれ、エンドソーム細胞が外部から取り込んだ物質を包む小胞。内部が酸性化し、抗体はここでFcRnに結合する。詳しく →(取り込んだものを包む袋)を経てリソソームへ運ばれます。
薬物の放し方が違っても、リソソームを通る点は共通です。メイタンシノイド(微小管の形成を妨げる薬物の一群)を載せたADCでリソソームの働きを止めた2006年の報告では、ジスルフィドのリンカーADCで抗体とペイロードをつなぐ部分。両者の結合や体内での薬物放出の性質を左右する。詳しく →でもチオエーテルのリンカーでも効き目が失われました(Erickson HK, et al. 2006)。
細胞の中で起きることの細部は、放し方を扱う次の記事に譲ります。ここで押さえたいのは、抗原が取り込まれなければ、どれだけ強い薬物を選んでも働かないという点です。では、抗原は何を見て選ぶのでしょうか。
3. 抗原は、何を見て選ぶのか
腫瘍と正常な組織での出方の差、血中に出ていないこと、十分な数が出ていることの3つを見ます。 どれも、抗体が腫瘍の細胞に結合して取り込まれる確率を左右します。
- 正常な組織での出方:抗原が正常な組織にも出ていれば、そこに結合した分の薬物が、その組織で働きます。どの臓器で毒性が出やすいかは、ADCの非臨床安全性で扱っています。
- 血中に出ていないこと:血中に分泌される抗原だと、腫瘍にたどり着く前にADCが結合してしまうとされます(Fu Z, et al. 2022)。CD30(ホジキンリンパ腫などの細胞に出る抗原)のように、酵素で切られて血中に出る抗原もあります。2021年の総説は、抗体が結合する部位によって、切られて出ていく量が変わると報告しています(Hammood M, et al. 2021)。
- 出ている数:2024年の総説は、効率よく働かせるための最低の目安として、1細胞あたり約1万個という受容体の数が提案されていると紹介しています。同じ総説は、実際の境目は対象ごとに実験で決める必要があるとしています(Metrangolo V, Engelholm LH. 2024)。
出方のばらつきも効き目を左右します。同じ腫瘍の中で、抗原を多く出す細胞とほとんど出さない細胞が混じるためで、承認の場面では、どこからを陽性とするかを検査法とともに決めています。
葉酸受容体αを標的にするADCは、この受容体を染める検査で、生きた腫瘍細胞の75%以上に中等度以上の膜の染色が見られることを陽性の定義として、対象となる患者を選ぶ検査(コンパニオン診断薬)とともに2022年に米国で承認されました(Dilawari A, et al. 2023)。
一方で、出ている数が少なくても効いた例があります。HER2(乳がんや胃がんの一部で多く出る抗原)の発現が低い(免疫染色で1+、または2+かつin situハイブリダイゼーション相補的な塩基配列を持つ核酸鎖同士が水素結合して二重鎖を形成する反応。詳しく →が陰性)乳がんを対象にした第3相試験では、トラスツズマブ デルクステカンを投与した群の無増悪生存期間の中央値が9.9か月、医師が選んだ化学療法の群が5.1か月と報告されています(Modi S, et al. 2022)。
出ている数だけでは決まらないとすれば、次に見るのは取り込まれ方です。
4. 取り込まれる速さは、抗原によってどれだけ違うのか
同じように結合しても、細胞の中へ入る速さは抗原ごとに違い、入ったあとに表面へ戻る抗原もあります。 2021年の総説は、承認されたADCの標的について、取り込みの経路と行き先を抗原ごとに整理しています(Hammood M, et al. 2021)。
- CD33(急性骨髄性白血病の細胞に多く出る抗原):取り込みの遅い抗原に分類され、細胞株を使った試験では2時間で約50%が取り込まれたと紹介されています。
- CD22(B細胞に出る抗原):刺激がなくても絶えず取り込まれ、速い取り込みを示します。ただし結合した抗体には、リソソームへ運ばれずに表面へ戻る分があると報告されています。
- HER2:細胞の表面で安定で、取り込まれても、リソソームへ運ばれるより表面へ戻る経路が優勢とされます。
この総説は、出ている数と取り込まれる速さが互いを補う関係にあるとも述べています。取り込みが遅くても表面に多く出ていれば、中に入る分子の数は確保され、逆に出ている数が少なくても速く取り込まれれば補えます。
ただし、補えない場合もあります。同じ総説は、ある下限を下回る発現は、効率のよい取り込みでは補えない例があるとしています。
つまり抗原は、出ている数と取り込まれる速さを組にして見ます。では、取り込ませるために、抗体は強く結合するほどよいのでしょうか。
5. 抗体は、強く結合するほど薬物が届くのか
強いほどよいとは限らず、親和性抗体が抗原に結合する強さ。解離定数などで表し、値が小さいほど強く結合することを示す。詳しく →が高すぎる抗体は、固形腫瘍の奥まで広がりにくいと報告されています。 親和性は、抗原と結合する強さを表す値です。
HER2の同じ部位に結合し、結合の強さだけが違う4種類の抗体を比べた2011年の研究があります。単価の解離定数抗体と抗原の結合の強さを表す値。小さいほど強く結合することを示す。詳しく →は、270 nmol/Lから0.56 nmol/Lまで開いています。
最も親和性の高い抗体は腫瘍の血管の周りにとどまり、血管からの距離の平均は20.4 µmでした。最も低い抗体は84.8 µmまで分布し、腫瘍への集積が最も多かったのは中程度の親和性の抗体でした(Rudnick SI, et al. 2011)。
著者らは、密度が高く速く取り込まれる抗原では、親和性の高い抗体ほど血管の近くで取り込まれて分解され、奥まで届きにくくなると考察しています。
結合の強さは、腫瘍のどこまで広がるかと、取り込まれやすさの両方に関わります。この2つは同じ方向には動かないため、親和性は高いほどよいとは決められません。
6. 自分の標的では、何から確かめるのか
ADC(抗体薬物複合体)の標的抗原は、腫瘍での出方、正常な組織での出方、結合の強さ、取り込まれ方の順に確かめます。 前の確認の結果が、次に選べる薬物とリンカーを狭めます。
- 腫瘍での出方を確かめる:組織の染色やフローサイトメトリー細胞を一つずつ測定し、表面マーカーや性質を調べる手法です。細胞の種類・純度・活性の確認に使います。詳しく →(細胞1つずつの蛍光を読む測定)で、抗原を出している細胞の割合と強さを見ます。装置はフローサイトメーターで比べられます。
- 正常な組織での出方を確かめる:ヒトの正常な組織の切片に抗体を反応させる組織交差反応性抗体が想定外の正常組織に結合しないかを網羅的に調べる評価。詳しく →試験で、腫瘍以外のどこに結合するかを見ます(組織交差反応性試験、受託は組織交差反応性試験(TCR))。出た所での毒性は、ADCの非臨床安全性で扱っています。
- 結合の強さを測る:SPR(表面プラズモン共鳴)やBLI(バイオレイヤー干渉法)センサー先端の膜での光の干渉変化から、分子の結合をラベルなしにリアルタイムで測定する手法。詳しく →で、結合と解離の速さから解離定数を出します(SPRとBLIの違いと読み方、装置はSPR装置)。
- 取り込まれ方を確かめる:蛍光を付けた抗体や複合体を細胞に加え、中に入る量と、リソソームに届く割合を時間を追って見ます。細胞を殺す力は、バイオアッセイ(力価試験)で読みます。
- 血中での姿を分けて測る:抗体全体、薬物が付いたままの複合体、外れた薬物は濃度の桁が違うため、分けて測ります(ADCの体内動態)。
工程の全体はADCの工程マップ、製造を頼める先はADC・バイオコンジュゲートの受託企業で探せます。
抗原が取り込まれ、リソソームまで運ばれても、薬物が放されなければ標的には届きません。では、薬物を放すリンカーは、切れやすいほうがよいのでしょうか。次の記事で、ADCのリンカーとは?切れやすいほど、よいのかを扱います。
参考文献
- Metrangolo V, Engelholm LH. Antibody-Drug Conjugates: The Dynamic Evolution from Conventional to Next-Generation Constructs. Cancers. 2024;16(2):447. doi:10.3390/cancers16020447(標的抗原は腫瘍に偏って出ていることが望ましく、取り込みとリソソームへの輸送の性質が要ること、効率よく働かせる目安として1細胞あたり約1万個の受容体が提案されているが境目は対象ごとに決める必要があること、HER2の発現が低い患者にも効いた例があること、静脈内投与したADCのうち腫瘍に届くのは約2%とされること)
- Hammood M, Craig AWB, Leyton JV. Impact of Endocytosis Mechanisms for the Receptors Targeted by the Currently Approved Antibody-Drug Conjugates (ADCs). Pharmaceuticals. 2021;14(7):674. doi:10.3390/ph14070674(CD33が取り込みの遅い抗原に分類され、細胞株で2時間に約50%が取り込まれたこと、CD22が恒常的に速く取り込まれる一方で結合した抗体に表面へ戻る分があること、HER2が表面で安定でリサイクルが優勢なこと、発現量細胞が目的のタンパク質を作る量。低いと必要量の確保に手間がかかり、製造コストが上がる。詳しく →と取り込みの速さが互いを補う一方で下限を下回る発現は補えない例があること、CD30が酵素で切られて血中に出ることと抗体の結合部位で切られる量が変わること)
- Erickson HK, Park PU, Widdison WC, et al. Antibody-maytansinoid conjugates are activated in targeted cancer cells by lysosomal degradation and linker-dependent intracellular processing. Cancer Res. 2006;66(8):4426-4433. doi:10.1158/0008-5472.CAN-05-4489(リソソームの働きを止めると、ジスルフィドのリンカーでもチオエーテルのリンカーでも効き目が失われること、放された分子がリジンの付いた形であること)
- Rudnick SI, Lou J, Shaller CC, et al. Influence of affinity and antigen internalization on the uptake and penetration of anti-HER2 antibodies in solid tumors. Cancer Res. 2011;71(6):2250-2259. doi:10.1158/0008-5472.CAN-10-2277(HER2の同じ部位に結合する4種類の抗体(単価の解離定数で270〜0.56 nmol/L)の比較。親和性が最も高い抗体の血管からの距離が平均20.4 ± 7.5 µm、最も低い抗体が84.8 ± 12.8 µm、腫瘍への集積は中程度の親和性で最も多かったこと)
- Fu Z, Li S, Han S, Shi C, Zhang Y. Antibody drug conjugate: the "biological missile" for targeted cancer therapy. Signal Transduct Target Ther. 2022;7(1):93. doi:10.1038/s41392-022-00947-7(標的抗原は血中に分泌されないものを選ぶこと、抗原に結合したADCが取り込まれてエンドソームからリソソームへ運ばれること)
- Modi S, Jacot W, Yamashita T, et al. Trastuzumab Deruxtecan in Previously Treated HER2-Low Advanced Breast Cancer. N Engl J Med. 2022;387(1):9-20. doi:10.1056/NEJMoa2203690(HER2の発現が低い(免疫染色抗体を用いて、組織のどこに目的のタンパク質があるかを色素で染め出して調べる手法。詳しく →で1+、または2+かつin situハイブリダイゼーションが陰性)転移乳がんの第3相試験。全体の無増悪生存期間の中央値がトラスツズマブ デルクステカンで9.9か月、医師が選んだ化学療法で5.1か月)
- Dilawari A, Shah M, Ison G, et al. FDA Approval Summary: Mirvetuximab Soravtansine-Gynx for FRα-Positive, Platinum-Resistant Ovarian Cancer. Clin Cancer Res. 2023;29(19):3835-3840. doi:10.1158/1078-0432.CCR-23-0991(2022年11月14日の迅速承認と、患者を選ぶ検査としてのVENTANA FOLR1アッセイの同時承認。陽性は、生きた腫瘍細胞の75%以上に中等度または強い膜の染色が見られることと定義されていること)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/adc-target-antigen-internalization