URS(要求仕様書)とは?仕様書があるのに自分で書く理由

新しいバイオリアクター細胞や微生物を、温度・pH・溶存酸素などを制御しながら培養する槽です。数リットルの開発用から数千リットルの商業生産用まであり、ステンレス製と使い捨て(シングルユース)があります。詳しく →を入れるとき、「メーカーの仕様書に性能が細かく書いてあるのに、自分たちで要求仕様書を書く意味はあるのか」と思ったことはないでしょうか。URSそのシステムに何をさせたいかを定義する文書。Vモデルで検証項目をひもづける起点になる。詳しく →(ユーザー要求仕様書)は、装置に求める要件を、導入する側が装置を選ぶ前にまとめる文書で、選定、見積の依頼、据え付け後の確認は、どれもこの文書を基準に進めます。
ただし、仕様書に書いてあるのは「その装置に何ができるか」で、「自分たちの工程に何が要るか」ではありません。足りないのは情報の量ではなく、合否を決める基準です。
この記事では、仕様書だけで選ぶと何に困るのか、書いた要件がどの段で確かめられるのか、合否の付く書き方、書き漏れやすい条件、見積の前に確かめる4ステップを説明します。
- URSには何を書くのか:装置の機種や方式ではなく、自社の工程に何が要るかを、1行に1つの要件として書きます。
- なぜ使う側が書くのか:自社の工程が要求する値は、どのメーカーの仕様書にも書かれていないからです。
- 書いた要件はどう使われるのか:設計の確認から据え付け後の試験まで、要件ごとに合否を判定する基準として使い続けます。
1. 仕様書だけで選ぶと、なぜ最初の培地の量が合わないのか
使い捨てのバッグを培養槽にするシングルユースバイオリアクター使い捨ての樹脂製バッグを培養容器に用い、洗浄・滅菌の手間を省いて交叉汚染のリスクを下げる培養装置です。詳しく →で、液量の下限を考えます。
槽には最小液量(最小作動容量)があります。液が浅すぎると、インペラ(撹拌翼)や pH・溶存酸素培養液に溶けている酸素の濃度。細胞の呼吸を支えるため一定に保つ制御対象。詳しく →のセンサーが液に十分浸からず、混合と通気を設計どおりに制御できないからです。最大液量との比をターンダウン比と呼びます。仕様書に載っているのは、この機種ごとの値です。
- Sartorius の 2,000 L の槽:ターンダウン比は4対1で、最小液量は500 L(データシート)。
- Thermo Fisher Scientific の 500 L の槽:20対1で、最小液量は25 L。
機種によって、桁が違います。ところが、自社の種培養少量の細胞を段階的に大きな容器へ植え継ぎ、本培養に必要な量まで増やしていく一連の種培養です。各段階で健全に増えているかを確認します。詳しく →(シードトレイン)で最初に何リットル入れたいかは、どちらの仕様書にも書いてありません。
種培養は、小さな槽から順に大きな槽へ細胞を移していく工程で、手前の槽が出せる細胞の量が、次の槽の液量の上限を決めます。仕様書だけを見て最小液量の大きい槽を選ぶと、その液量を満たす細胞をそろえるために、手前にもう1段の槽が要ることがあります(ターンダウン比の記事)。
自社の工程が要求する値は、どのメーカーの仕様書にも書かれていません。 カタログを先に見てから書くと、その機種にできることが、そのまま要件にすり替わります。URSに書く数値は、仕様書からではなく、自社の工程の計画と品質の要件から決めます。
2. URSには、工程に何が要るかを1行ずつ書く
URSに書くのは、装置の機種や方式ではなく、自社の工程に何が要るかを、確かめられる形にした要件の一覧です。 バイオリアクターなら、たとえば次のような行が番号つきで並びます。
- 温度:設定温度に対して、工程で決めた許容幅の中に保てること。
- 液量:工程の計画で決めた最初の液量で、撹拌と通気を制御できること。
- 変更の履歴:記録を変えたとき、誰が・いつ・何を変えたかが残ること。

書くのが選定の前なのは、文書の役目から来ています。適格性評価の対象は、URSを作るところから装置を使い終えるまでのすべての段階で(EU GMP Annex 15適格性評価とバリデーションを扱うEU GMPの附属書。継続的工程確認に相当する概念を含む。詳しく → の 3.1)、品質に欠かせない要素はこの段階で組み込み、GMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく → 上のリスクを許容できる水準まで下げることが求められています(3.2)。
設計が固まったあとで「本当は何が要ったのか」を書き足しても、組み込む先はもう残っていません。
3. 書いた要件は、作る前は書類で、できてからは現物で確かめる
URSの要件は、装置を作る前に設計の書類で確かめ、装置ができてからは現物の試験で確かめます。 URS は、バリデーションのライフサイクル全体を通じた基準点とされています(Annex 15 の 3.2)。見積で一度使って終わる書類ではありません。Annex 15 は PIC/S の GMP ガイドラインにも同じ番号で入っており、日本も2014年に PIC/S に加盟しています。

- 作る前(DQ):メーカーにURSを渡し、要件ごとに「満たす・満たさない・別の方法で満たす」を答えてもらいます。その回答と設計の図面や書類を照らして、URSの要件を確かめる段が設計時適格性評価(DQ)です(3.3)。食い違いを設計の段で見つければ、作り直しの費用を抑えられます。
- メーカーの工場と現地(FAT装置を工場から出荷する前に供給者側で行う受入試験。適格性評価に活用されることがある。詳しく →・SAT装置を現地に据え付けた後に行う受入試験。適格性評価の一部として使われることがある。詳しく →):据え付けの前に、該当すればメーカーの工場でURSや機能仕様ユーザ要求仕様を受けて、システムが実現すべき各機能を技術的に詳述した仕様書。詳しく →への適合を確かめるのが工場受入試験(FAT)、納入後に自社で加えるのが現地受入試験(SAT)です(3.4〜3.7)。
- 据え付けたあと(IQ・OQ・PQ):据え付けが設計どおりか(IQ)、運転範囲で意図どおりに動くか(OQ)、実際の使用条件で性能が再現よく出るか(PQ)を確かめます(IQ/OQ/PQとは)。
FAT で済ませた確認を IQ や OQ で繰り返さずに済むのは、輸送と据え付けで機能が変わらないと根拠を示せる場合で、対象は文書の確認と一部の試験です(3.6)。
各要件がどの段のどの試験で確かめられたかを並べた一覧が、トレーサビリティマトリクスURSの各要件がどの試験で確認されるかを対応づけ、検証の抜け漏れを防ぐ一覧表。です。監査で「この要件はどこで確かめたのか」と聞かれたときに答える資料になり、要件が変わったときに確かめ直す試験の範囲もここからたどれます(コンピュータ化システムでは Annex 11コンピュータ化システムに関するEU GMPの付属書。監査証跡の定期的なレビューなどを求める。詳しく → の 4.4 も、ユーザー要求事項をライフサイクル全体で追跡できるよう求めています)。
4. 「十分な精度で」と書くと、OQで合否が付かない
URS に「十分な精度で温度を制御できること」と書いたまま、OQ の日を迎えたとします。37℃±0.5℃なら合格なのか、±1℃でもよいのか。答えはどこにも書いてありません。試験はできても、合否は決められません。
OQ には運転範囲の上下限、および/またはワーストケース溶けにくく毒性が高い製品や洗いにくい箇所など、最も厳しい条件を選んで代表評価する考え方。詳しく →の条件を確かめる試験を入れ(Annex 15 の 3.11)、PQ は実製造の原料か同等の挙動が確かめられた代替品で、ワーストケースのバッチサイズで行います(3.14)。上下限とワーストケースで確かめる試験に対して、「十分な精度で」「少量からでも」と書いた要件は、確かめる条件を1つも指定していません。
だから、1行に1つの要件を番号つきで書き、どの段で何によって確かめるかを添えます。 「どう作るか」ではなく「何ができればよいか」を書けば、メーカーが別の方式を出す余地も残ります。
| あいまいな書き方 | 合否の付く書き方の例 | 確かめる段の例 |
|---|---|---|
| 十分な精度で温度を制御できること | 設定温度に対し、工程で決めた許容幅の中に保つこと(例:37℃±0.5℃以内) | OQ |
| 少量からでも培養できること | 工程の計画で決めた最初の液量で、設定した撹拌と通気を保つこと | OQ |
| 変更の履歴を残せること | GMP上重要なデータを変えたとき、誰が・いつ・何を・なぜ変えたかを監査証跡いつ誰が何をしたかを記録し、改ざんや削除ができないようにした操作履歴。記録の信頼性を支える。詳しく →に残すこと | システムの機能試験 |
| 異常を知らせること | 温度が設定した許容範囲を外れたら警報を出すこと | OQ |
表の値と段は説明用の例です。温度なら実際には、どの位置のセンサーで測り、どの液量と撹拌の条件で、どれだけの時間その幅に収まれば合格かまで決めます。
- 数値には根拠を添える:「念のため厳しめに」書いた要件は、満たせないときに変更の手続きが要り、必要以上に高い装置を選ぶ原因にもなります。どの品質要件や工程の計画にもとづく数値かを一言添えます。
- 要件に区分を付ける:製品の品質や患者の安全に直接関わる GMP 要件、記録の保存や監査証跡のようなデータや法令の要件、作業性のような運用上の要件、満たせれば望ましい希望事項、のように分けます。
区分があれば、品質リスクマネジメント(ICH Q9)の考え方で、影響の大きい要件ほど確認を厚くできます。DQ でメーカーの回答が「満たさない」だったときも、GMP 要件なら機種を替えるか設計を変えてもらい、希望事項なら交渉か見送りで済みます。
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- 5. 書き漏れやすいのは、装置の周りの条件
- 6. 見積を頼む前に、1行ずつ確かめる4ステップ
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ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- European Commission, EU GMP Annex 15: Qualification and Validation(2015年10月1日施行。3.1 対象の段階、3.2 URS、3.3 DQ、3.4〜3.7 FAT/SAT、3.9 IQ、3.11 OQ、3.14 PQ)
- European Commission, EU GMP Annex 11: Computerised Systems(2011年6月30日施行。4.4 URSと追跡性、9 監査証跡。2025年7月に改訂案を公表)
- PIC/S, Publications(PE 009 GMP Guide、Annex 15 を含む)
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく →, Q9(R1): Quality Risk Management
- Sartorius, BIOSTAT STR® Generation 3 Bioreactors and Flexsafe STR® Bags(Product Datasheet、2020年)(Flexsafe STR 2,000 L の最大2,000 L・最小500 L。データシートの表記は 1:4)
- Thermo Fisher Scientific, 500 L HyPerforma DynaDrive Single-Use Bioreactor(Data Sheet)(最大500 L・最小25 Lの作動容量、ターンダウン比20対1)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/urs-user-requirement-specification