抗体医薬研究・非臨床安全性

ICH S6(R1)とは?抗体医薬の非臨床パッケージ

抗体医薬の開発で非臨床の担当になると、低分子で慣れた試験の一覧を、そのまま組み直そうとして手が止まります。げっ歯類と非げっ歯類の2種で反復投与毒性を見る。遺伝毒性はバッテリーで押さえ、安全性薬理はコアバッテリー生命維持に直結する心血管系・中枢神経系・呼吸系の三系を、ヒト初回投与前に最低限評価すべき共通試験セットとしてICH S7Aが定めた枠組み。詳しく →で別に組み、慢性に使うならがん原性まで回す。この定番の並びが、抗体やタンパク質ではところどころ空振りします。

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ICH S6(R1)とは?抗体医薬の非臨床パッケージ

核心は一点です。効き方が違えば、試験の中身も変わります。低分子はさまざまな分子にゆるく作用しますが、バイオ医薬品抗体・タンパク質・核酸など生体由来の分子を利用して製造された医薬品の総称。詳しく →は狙った標的にだけ強く結合します。だから毒性の多くは、無関係な臓器ではなく、標的への薬理作用が出すぎた先に現れます。試験する相手の動物に、その標的が無ければ、そもそも何も起こりません。効かない動物にいくら投与しても、人の予行演習にはならないのです。

この違いを国際的に整理したのが ICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。詳しく → です。本稿では、低分子の試験パッケージを一つずつ取り上げ、動物種の選択、相同タンパク、免疫原性、反復投与毒性、生殖発生毒性薬が受胎・胚胎児の発生・出生後の発育など次世代に及ぼす影響を調べる非臨床安全性試験。詳しく →、遺伝毒性化合物が遺伝子や染色体を傷つける性質。点突然変異や染色体損傷を含み、複数の試験で分担して調べる。詳しく →とがん原性、そして初回投与量まで、S6(R1) で何がどう変わるかを順に整理します。考え方の全体像は バイオ医薬品の非臨床安全性(ICH S6) でも扱っています。

この記事の要点
  • バイオ医薬品の毒性は標的への薬理作用として出やすく種差も大きいため、低分子の定番試験をそのまま流用せず、分子ごとに設計します。
  • 薬理が出る関連動物種を選び、1種でよいこともあれば、いなければ相同タンパクや遺伝子改変動物で補います。
  • 遺伝毒性とがん原性の定番試験は通常行わず、生殖発生毒性はサルのePPND、初回投与量はMABELで考えます。

低分子のパッケージが、そのまま載らない ― 大きさ・特異性・種差

崩れる前提が三つあります。どれも分子の素性に関わります。

低分子の試験の組み方は ICH M3(R2)臨床試験を支える非臨床安全性試験の実施時期や内容の全体像を示すICHガイドライン。詳しく → が敷いています。バイオ医薬品の本体の ICH S6バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を定めた国際ガイドライン。標的が動物種間で保存されているかを重視する。詳しく → が合意されたのは1997年7月16日、追補は2011年6月12日で、まとめて S6(R1) と呼ばれます。14年ぶんの経験が、追補に積み増されています。

一つめは大きさです。抗体やタンパク質は大きく、体の中では最後にアミノ酸へ分解されます。細胞に入り込んでDNAを直接傷つける、という低分子型の毒性は起こりにくいのです。だから遺伝毒性のバッテリーは、はじめから相手が違います。

二つめは結合の特異性分析法において、共存する不純物・分解物・添加剤などが存在しても目的成分だけを正確に測定できる能力。詳しく →です。低分子はあちこちの分子にゆるく効きます。バイオ医薬品は狙った一点に強く効きます。毒性の多くは、無関係な臓器ではなく、標的への作用が出すぎた先に現れます。

三つめは種差です。標的のかたちや分布が動物と人で違えば、効き方も変わります。だから「どの動物で試すか」という入り口の問いが、低分子よりずっと重くなります。

POINT

バイオ医薬品の毒性は、標的への薬理作用が強く出すぎた結果として現れやすく、標的の種差も大きい。だから低分子の定番メニューをそのまま流用できません。画一的な試験の箱ではなく、分子ごとに科学的根拠で設計するのが ICH S6(R1) の出発点です。

動物種を選ぶことが最初の設計 ― 薬理が出る関連動物種

最初の仕事は、試験の中身ではありません。試験する相手を選ぶことです。

動物で毒性を見る大前提は、その動物にも標的があり、人と同じように薬理作用が出ることです。この条件を満たす種を関連動物種標的があり抗体がヒトと同様に結合する、毒性試験に適した動物種。TCRが選択の手がかりになる。詳しく →と呼びます。S6(R1) は選び方を段階で示します。まず標的タンパクのアミノ酸配列が、人とその動物でどれだけ似ているか。次に、試験管の中で薬がその動物の標的にどれくらいの強さで結合し、受容体をどれだけ占めるか。そのうえで、細胞を使った試験で実際に機能が出るか。最後に 組織交差反応性試験 で、結合の分布が人と似ているかを見ます。

抗体医薬では、げっ歯類が標的をうまく持たず、サルなどの非ヒト霊長類サルなど、ヒトに生理が近く標的交差を得やすい実験動物。費用・福祉の制約が大きい。詳しく →が唯一の関連動物種になることが少なくありません。ここで低分子の常識から離れます。低分子は、げっ歯類と非げっ歯類の2種で見るのが定番でした。S6(R1) は、適切な種が1種しかなければ1種でよいとします。2種が関連する場合でも、短期の試験は2種、長期の試験は科学的に正当化できれば1種に絞れます。

2種そろえること自体が目的ではありません。薬理が出る種で見ることが目的で、揃わない動物を足しても人の予測には届きません。

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関連動物種がいないときの受け皿 ― 相同タンパクと遺伝子改変動物

どの実験動物にも薬理作用が出ない。そういう分子があります。

受け皿は二つです。一つが相同タンパク、いわゆるサロゲート分子です。その動物種の標的に合わせて作り替えた、よく似た別のタンパクを使います。本命の分子そのものではありませんが、標的に作用する系を用意して、リスクを見積もれます。

もう一つが遺伝子改変動物です。人の標的を入れたトランスジェニック動物を使い、そこで本命の分子を試します。どちらも妥協です。相同タンパクなら分子が違い、遺伝子改変動物なら生理の背景が人とも野生型とも違います。

関連動物種がいないという事実そのものが、その分子の種差の大きさを物語ります。受け皿は、その差を承知のうえで置く代用です。

免疫原性という変数

低分子には無い変数が一つ増えます。免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →です。

バイオ医薬品は人のタンパクをもとに作られることが多く、動物にとっては異物です。繰り返し投与すれば、薬に対する抗体、つまりADA投与した抗体医薬を異物とみなして患者の免疫系が作る抗体。薬の効果低下や安全性の問題を招く。詳しく →ができます。困りごとは二通りです。ADAが薬に結合して薬理作用を打ち消し、体内の曝露が下がる。曝露が落ちれば毒性も出にくくなるので、毒性が出なかったのが本当に安全だからか、薬が届いていないだけかが分からなくなります。逆に、薬とADAの塊が炎症を起こし、別の毒性を招くこともあります。

肝心なのは、動物でADAができやすいことと、人で免疫原性が問題になるかは別だという点です。人のタンパクは、動物には異物でも、人には異物とは限りません(免疫原性とADAの予測)。だから毒性の所見は、ADAと曝露量をセットで読みます。曝露を測る トキシコキネティクス(TK) が、ADAの測定と一組になるのはこのためです。

反復投与毒性 ― 期間と、安全性薬理の組み込み

反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。詳しく →は、バイオ医薬品でも土台です。ただし中身が変わります。

まず期間です。低分子では、慢性に使う薬で、げっ歯類6か月・非げっ歯類9か月まで回すのが目安でした。バイオ医薬品では、慢性使用でも6か月が最長で足りることが多いとされています。免疫原性で長期投与そのものが続けにくい事情もあります。

次に安全性薬理です。低分子では、心血管・中枢神経・呼吸のコアバッテリーを ICH S7A日米欧の規制当局が合意した、ヒト用医薬品の安全性薬理試験に関する国際的なガイドライン。詳しく → に沿って独立に組みます(安全性薬理のコアバッテリー)。バイオ医薬品では、これらの指標を反復投与毒性試験の中に組み込んで測ることが推奨される場合が多いのです。抗体のような大きな分子は、hERG心筋の再分極を担うカリウムチャネルの一種。薬が塞ぐとQT延長や不整脈につながるため早期に評価する。詳しく →のような小さな通り道を直接ふさぐ懸念が一般に低いからです。

低分子では別立てにする安全性薬理心血管・中枢神経・呼吸への急な影響を、臓器毒性とは別枠で見る評価(コア・バッテリー)。詳しく →を、バイオ医薬品は反復投与毒性の中に抱き込ませます。試験の数ではなく、組み方が変わります。

生殖発生毒性 ― サルのePPNDとFcRn

ここは、種選択の難しさがそのまま響きます。

抗体でサルが唯一の関連動物種になると、生殖発生毒性もサルで見るしかありません。低分子で使うラットやウサギの定番デザインは、薬理が出ないので意味を持ちません。S6(R1) 以降で広く使われるのが、カニクイザルを使うePPND霊長類で母動物に投与し、生まれた子を出生後に評価する拡張型のPPND。古典的EFDが組みにくい場合に採る。、つまり拡張型の出生前後発生試験です。胚・胎児の発生と、出生前後の発生を一つの試験にまとめた設計です。

なぜ一本化するのか。抗体はFcRnIgGを細胞内でリサイクルして血中半減期を延ばす受容体。サイレンシング設計でも結合を残すことが多い。詳しく →という仕組みで胎盤を通ります(抗体のPK/PDとFcRn)。この移行は妊娠の後半、第2・第3三半期に大きくなります。器官形成期胚で各器官が作られる妊娠中の特定の時期。この時期の影響は奇形として現れやすい。の初期だけ投与しても、胎児はほとんど曝露しません。だから妊娠後期から出生後まで追えるePPNDのほうが、抗体の実態に合います。

薬理が出ないサルでは、低分子の生殖発生毒性の型を置き換えるしかなく、FcRnによる胎盤移行の遅さまで織り込んだのがePPNDです。

遺伝毒性とがん原性 ― 定番試験を外す理由

低分子の定番が、まるごと外れる場所です。

遺伝毒性の標準バッテリー遺伝毒性評価において、性質の異なる複数の試験を組み合わせ、主要な遺伝的損傷をもれなく検出できるよう設計された標準的な試験セット。詳しく →は、DNAに直接作用する小さな化学物質を想定して組まれています(遺伝毒性の標準バッテリー(ICH S2))。抗体やタンパクは大きく、細胞内に入ってDNAと直接反応することは考えにくく、最後はアミノ酸へ分解されます。S6(R1) は、こうした製品に標準的な遺伝毒性試験医薬品候補物質がDNAや染色体に損傷を与えるかどうかをヒトへの投与前に評価するための試験の総称。詳しく →は通常適用しないとしています。

がん原性も同じです。ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → S1 が定めるげっ歯類の2年試験は、多くのバイオ医薬品では向きません(がん原性試験(ICH S1))。関連動物種でないげっ歯類で試しても意味が薄く、免疫原性で長期投与が続かないこともあります。代わりに、標的の生物学からリスクを考えます。細胞の増殖を促す作用や、免疫を抑える作用があるなら、それが腫瘍リスクにどうつながりうるかを、手持ちの知見を束ねて評価します。

POINT

バイオ医薬品では、遺伝毒性の標準バッテリーも、がん原性の2年試験も、通常は行いません。分子の素性に合わないからです。定番を省くぶん、標的の性質に立ち返って腫瘍リスクを個別に評価する負担が増えます。

初回投与量とMABEL ― S6(R1)の文脈

非臨床の積み上げは、最後に一つの数字へ集まります。初回投与量です。

低分子では、動物のNOAEL無毒性量。毒性試験で有害な影響が認められなかった最大の用量。PDE算出の出発点になる。詳しく →(毒性が出なかった最高用量)を体表面積でヒト用量へ直し、安全係数動物からヒトへの当てはめに残る不確かさを見込んで初回量を下げる除数で、標準は10とされる。詳しく →で割って初回量を出します(初回投与量(NOAEL/HED))。効果が強く、標的への感受性に種差のある抗体では、この道筋が危うくなります。毒性が見える前に、薬理作用そのものが人で暴走しうるからです。

2006年のTGN1412初回ヒト投与でサイトカイン放出の重篤な反応を起こした抗CD28抗体で、MABEL普及の契機。詳しく →事故が、その典型でした。カニクイザルでの無毒性量は50 mg/kg、第I相の開始用量はその500分の1の0.1 mg/kgです。十分に保守的に見えたのに、0.1 mg/kgは人のCD28受容体の86.2〜90.9%を占める量で、6名の志願者全員が重篤な状態に陥りました。ここからMABEL、つまり薬理が立ち上がる手前から組む考え方が前に出ます。受容体占有率細胞表面などの受容体のうち、薬に結合されて埋まっている割合。標的結合の直接的な指標。詳しく →から初回量を決める具体は 初回投与量はNOAELとMABELのどちらで決まるか にまとめています。

効果が強く種差のある分子では、NOAELから何分の1という掛け算が成り立ちません。だから薬理の立ち上がりを基準に置き直します。

試験パッケージを組む順番

最後に、組む順番を並べます。順番を守れば、動物のデータが出てから基準を選び直す事態を避けられます。

先に決まるのは関連動物種です。配列の相同性、結合親和性抗体と抗原の結合の強さのことで、解離定数KDが小さいほど強く結合する。詳しく →、細胞での機能、そして組織での結合分布を突き合わせ、薬理が出る種を選びます。決まらなければ、相同タンパクか遺伝子改変動物かへ進みます。

次に、曝露とADAをセットで測る体制を組みます。毒性が出なかったという所見を、薬が届いたうえでの所見だと言えるようにしておきます。これができていないと、非臨床のデータそのものが使えません。

そのうえで、反復投与毒性に安全性薬理を組み込み、サルが関連種なら生殖発生毒性はePPNDで設計します。遺伝毒性とがん原性の定番を省くかわりに、標的の生物学からリスクを並べます。

最後に初回投与量を決めます。毒性側のNOAELと、薬理側のMABEL薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。詳しく →を並べ、低いほうを採る。標的が免疫系に効く分子では、MABELから始めます。この判断は、動物のデータが十分に見えたあとでは遅すぎます。

順番の勘どころは、試験を選ぶ前に相手の動物を選ぶことです。種を選び損ねた試験は、何頭使っても人の予測には届きません。

参考文献

  • ICH S6(R1), Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals(本体1997年7月16日、追補2011年6月12日。関連動物種・免疫原性・遺伝毒性/がん原性・生殖発生毒性の一次情報)。ICH 安全性ガイドライン一覧
  • ICH M3(R2), Nonclinical Safety Studies for the Conduct of Human Clinical Trials and Marketing Authorization for Pharmaceuticals(低分子の試験パッケージと実施時期の一次情報)。ICH 安全性ガイドライン一覧
  • ICH S5(R3)生殖発生毒性の評価法を国際調和で示すICHガイドライン。生殖過程を時間軸で区切る枠組み。詳しく →, Detection of Reproductive and Developmental Toxicity for Human Pharmaceuticals(生殖発生毒性の枠組み)。ICH 安全性ガイドライン一覧
  • FDA, S6(R1) Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals(米国での採用ガイダンス)。fda.gov
  • PMDA(医薬品医療機器総合機構)(ICHガイドラインの国内適用・関連通知)。pmda.go.jp
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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。